第512話 円塔都市『ボレストン』②
「改めて相談があります。師匠」
その日の夜。
三階の街で宿をとったアッシュは、同室のサンクにそう告げられた。
青年は床の上で正座している。その顔は真剣そのものだ。
あの後、二階では空いた宿が見つけられず三階にまで足を延ばした。
そこもかなり満室の状態だったが、運よく七人泊れる宿を見つけることが出来た。
ただ、それでも部屋数が限られており、ルカとユーリィとシャルロット。ジェシーとエイミーのビレル姉妹。アッシュとサンクで、三部屋借りるのが限界だった。
ちなみに、シャルロット――なおビレル姉妹とサンクも――一人部屋を取れなかったことを内心で残念がっていたことは秘密である。
ともあれ、アッシュとサンクは同室になった。
そうして切り出されたのが『相談事』である。
「ああ。そういや馬車で言ってたよな」
アッシュも床に腰を降ろして胡坐をかいた。
室内には、二つのベッド以外にも椅子もあるのだが、サンクが正座しているので、それに合わせたのだ。
「実は……」
サンクは喉を鳴らして、話を切り出した。
「オレには好きな人がいます」
「おう。そっか」
どうやら恋の相談のようだ。
アッシュにとっては、あまり得意な分野ではないのだが……。
「それも二人」
……どうやら、難易度まで高いようだ。
「いや、おい。お前……」
アッシュは頬を引きつらせた。
「それって、どっちが好きかで悩んでんのか? それとも二股なのか?」
それによって話は変わってくる。
すると、サンクは、
「オレはまだ二人のどちらとも付き合っていません」
「ああ。そういう……」
「けど、二人のどちらとも付き合うつもりです」
「……いや。二股するって宣言されても……」
アッシュは気まずい表情を見せた。
一体、何をどう答えればいいのだろうか?
「あ、違うんです」
サンクは、バタバタと手を振った。
「オレは、二人ともオレの嫁さんにしたいんです」
「…………は?」
アッシュは目を丸くした。
サンクは言葉を続ける。
「けど、そのことはまだ二人に告げていません。だから師匠」
ようやく、サンクは本題を告げた。
「どうやったら二人を説得できますか?」
「ハードルが高けえっつうか、マニアックすぎる相談だなッ!?」
「けど、師匠は大勢恋人がいるんでしょう? それも生涯を一緒にするつもりの」
「否定は出来ねえけどさ!? つうかそれって知れ渡ってんのか!?」
思わず、アッシュは絶叫した。
しかし、その絶叫にもサンクは一切構わない。
構うだけの余裕がないのだ。
「オレも、あいつらとは生涯を共にするつもりです。その覚悟があります。けど」
そこで大きく息を吐いた。
「それを、あいつらが望んでいるとは限らない。オレには、あいつらをどう説得すればいいのかが分からないんです」
「い、いや……」
アッシュは困惑しつつも、尋ねてみた。
「その……お前が好きな二人は、お前のことをどう思ってんだ?」
「二人には告白されています。けど、オレはそれに返答できなくて……」
「……お、おう」
アッシュは呻いた。
少なくともその二人とは、すでに両想いらしい。
そうなってくると、三人の問題になるのだろうか?
「だからお聞きしたいんです」
サンクは相談を続けた。
「どうすれば二人を説得できますか?」
「いや、説得って言われてもなあ……」
アッシュは渋面を浮かべた。
「師匠はどうやって彼女たちを説得したんですか?」
「むうゥ……」
再び呻くアッシュ。
自分は、どうやってサクヤたちを納得させたのか。
それは正直に言えば分からない。どうも、サクヤたちは、彼女たちの間で独自の情報網を展開していて、説得云々以前に自分の状況が筒抜けだった気がする。
ただ、あえて、アッシュがしたことがあるとすれば……。
「……下手な隠し事はしなかったな」
ポツリ、と呟く。
サンクは、アッシュを凝視した。
アッシュは「う~ん……」と腕を組んだ。
「あいつらは、俺なんかよりもずっと鋭いからな」
アッシュは言う。
「だから、下手に隠そうとは思わなかった。ただ……」
それさえも、彼女たちには筒抜けだったようだが。
本当に、どんな情報網が築かれているのか不思議だった。
「――なるほど!」
アッシュは最後まで言葉を告げていない。
しかし、そこまでの言葉だけで、サンクの迷いを晴らすには充分だったようだ。
「下手な隠し事はしない! それがコツなんですね!」
「いや、コツって言うか……」
アッシュが顔を強張らせて口を開こうとした時。
「分かりました!」
サンクがいきなり立ち上がった。
「この想い、素直に伝えます! オレ、これから二人の所に行ってきます!」
「え?」
アッシュは目を瞬かせた。
「ちょ、ちょっと待て! お前、今からどこに行く気なんだ!?」
「はい! ジェシーとエイミーに想いを告げてきます!」
「はあっ!? あの二人だったのか!?」
アッシュは驚いた。
まさか、同行者の中に件の人物たちがいようとは――。
「そうです! それじゃあ行ってきます!」
鼻息荒いサンクは、そう叫んで、部屋を出て行ってしまった。
残ったのは、胡坐をかいたままのアッシュ一人だけだ。
しばし沈黙が続く。
そして、
「いや。なんで俺、こんな相談されてんだ?」
思わず、そう呟くアッシュだった。
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