第五章 円塔都市『ボレストン』

第511話 円塔都市『ボレストン』①

 円塔都市『ボレストン』。

 本来、この場所は都市ではなかった。

 その成り立ちは、十年に一度、『ドランの大樹海』にて起きる大暴走の予兆の監視を常時行う施設。要は監視塔だった。


 当然ながら、この塔は大暴走が起きるたびに暴走する魔獣に破壊されてきた。

 だが、必要なため、大暴走が収束してから再び建築。

 それを繰り返してきた施設なのである。


 十年に一度、必ず破壊される監視塔。

 最初は簡素な塔を建築していたのだが、それでは十年間維持できないことも多く、そもそも『ドラン』に近いゆえに、時折、魔獣が襲来する時もある。

 監視塔は、徐々に強固かつ巨大なモノへと変わっていった。

 さらには、塔を囲うように巨大な防壁も建築され、他の都市へ行く際の休憩場としても利用されることとなり、必然的に宿の設置、食料や旅の必需品の売買なども行われるようになった。監視塔の規模は着実に大きくなっていった。

 商売が成り立つようになれば、人も住む。

 いつしか、多くの人間が塔内にて暮らすようになったのだ。


 そうして、今からおよそ四十年前。

 四つの多重防壁に囲われた、頑強なる巨塔と化したかつての監視塔は、大暴走にも耐えうることが出来たのである。

 大暴走とは、魔獣たちの『ドラン』からの逃走なので、付近にあるこの監視塔が襲われる時間は、他の都市よりも短い。

 それに加えて、四つの防壁が魔獣の猛攻を凌いでくれた結果だった。

 初めて、この塔は破壊されなかったのである。

 これが、円塔都市『ボレストン』誕生の瞬間であった――。




「……これは、想像より凄い光景ですね」


 そう呟くのは、馬車から降りたシャルロットだった。

 四つの防壁を通り抜け、アッシュたち一行は塔内にまで移動していた。

 多くの馬車が並ぶ停留所に馬車を預けて、七人は馬車から降りる。


「おお~」


 煉瓦造りの高い天井を見上げて、ユーリィも感嘆の声を上げる。

 円塔都市『ボレストン』。

 その名の通り、この都市は円塔だ。

 高さにして三百三十セージル。半径にして二千セージルもある巨大な円塔。

 一階は、主に馬車の停留所に占められているが、二階から六階までは、それぞれの階層で小規模な街を展開しているらしい。

 この巨塔の中のみで、ボレストンの住人は生活しているのだ。

 そして、今はかつてないほどの盛況さを見せているようだ。


「これ、全員が調査の参加者なんでしょうか?」


 と、サンクが呟く。

 見渡す限り停車した馬車ばかり。

 停留所の管理者たちが、次々と馬を馬舎にまで連れて行っている。

 二人の女中騎士も、その光景に目を丸くしていた。

 ここまで人が多いとは思っていなかったのだ。


「多分、そうなんだろうな」


 アッシュも呟く。

 これは、相当な激戦になる予感がした。

 ――と、


「仮面さん」


 肩にオルタナを乗せたルカが、アッシュの袖を引いた。


「上に行ってみたい、です」


 少しキラキラした眼差しでそう告げる。


「おう。そうだな」


 ここで立ち往生しても仕方がない。

 まずは街があるという二階に上がるべきだった。

 アッシュたち一行は、それぞれ荷物を持つと、壁沿いにある階段を昇り始めた。

 十セージル程の幅を持つ広い階段だ。

 天井までは高いので、中々に長い階段でもあった。

 体力が少ないユーリィは、しんどそうなので荷物を持ってやった。

 階段の途中には広場があり、そこでは人が休憩していた。

 そうして、二十分ほど昇り続けて。


「おお~」


 ユーリィが再び感嘆の声を上げた。

 ちなみにこの時になると、彼女は荷物(サック)ごとアッシュに背負ってもらっていた。


「これは凄い」


「おう。確かにすげえな」


 ユーリィをおんぶしつつ、アッシュも感嘆する。


「本当に街なのですね」


 と、大きなサックを背負ったシャルロットが、アッシュに並んで呟く。

 アッシュたちが今いる二階の入り口は、少し高台になっているのでよく分かる。

 ボレストンの二階。そこは確かに街だった。

 主に煉瓦造りが目立つ建造物。

 中央辺りには教会なのか、鐘を吊るした巨大な塔が見える。


「……塔の中に塔があるのも中々シュールだね」


 と、女中騎士の一人。エイミーが呟く。「はは、そうだな」とサンクも言う。

 しかし、それ以外は、本当に街だった。

 どうやら塔内に土まで持ち込んでいるらしく、床には地面が見える。

 道には街路樹まで設置されており、買い物に出向く主婦。子供たちが遊ぶ姿もある。天井こそ青空ではないが、代わりに小さな窓が幾つも壁に設置されていた。これで空気の換気もしているようだ。


「……太陽……照明には、恒力を使っている、みたいです」


 と、ルカが遥か天井を指差して告げる。

 そこには均等に、数百の光源が輝いていた。

 人工の太陽といったところか。

 ルカの水色の瞳も、興味津々そうに輝く。と、彼女の肩から「……ウム! ヒロイ! ヒロイゾ!」と叫んで、オルタナが飛び立った。

 銀色の小鳥が羽ばたくのを見届けながら、アッシュは双眸を細めた。


「しかし、これはマジですげえな」


 街自体は小規模だ。この階の人口としては千人規模だろう。

 だが、これと同規模の街が、さらに四つあると考えると凄い。

 これだけで見る価値はありそうだ。


「けど、最上階まで行くとなると、流石にうんざりしそうだわ」


 そう呟いたのは、ジェシーだった。

 現役騎士だけあって体力には自信があっても、九階までこの行軍が続くとなると、うんざりしてくるのもよく分かる。


「あ、それなら大丈夫そうだよ。おねえ


 その時、エイミーがとある場所を指差した。

 全員が、視線をそちらに向ける。

 と、そこには、上階へと向かう巨大なゴンドラがあった。

 壁沿いに設置された上下降の装置だ。

 遠目からでも、多くの人間が利用していることが分かる。


「ああ。なるほどな。二階以降にはゴンドラもあんのか」


 アッシュがそう呟くと、ユーリィは「むむ」と唸った。


「どうせなら一階から設置してくれたらいいのに」


「一階は停留所としてのスペースを広く確保したかったというところでしょう」


 シャルロットが、サックを背負い直して言う。


「それに、クライン君に、ずっと背負ってもらっているユーリィちゃんが言っても、説得力はありませんよ」


 少しだけ嫉妬混じりにそう告げる。


「……むむ」


 アッシュの首にしっかりと掴まってユーリィが唸った。

 しかし、降りる気配はない。


「まあ、ともあれだ」


 アッシュは苦笑を浮かべて提案する。


「とりあえず、今は宿を探そうぜ」

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