第507話 決意の旅②
「……お
不意に、声が零れる。
それは馬車の中、長椅子に座るエイミーの声だった。
スレンダーな肢体と、常にジト目なのが、印象的な女性だ。
「サンクの鼻が膨れてる。あれは何か意気込んでいるよ」
「そうね」
そう答えるのは、妹の隣に座るジェシーだった。
勝気な印象が強い釣り目な眼差し。
白い騎士服の上からも、良いスタイルが分かる女性である。
エイミーは、少し羨ましそうに姉の方を見た。
「……決めたのかな?」
それから、自分の胸元を見やる。
姉に比べると、ストンとしたラインだ。
「やっぱりお
再び姉の方を見る。
「お
「……それは、どうかしらね」
ジェシーは嘆息した。
次いで、遠い目をする。
二人して、幼馴染のサンクに告白したのは二年前のことだ。
サンクはどこか天然も入っているが、ここぞというところで頼りになる少年だった。
『ラフィルの森』に迷い込んだ時、真っ先に助けに来てくれたのは彼だった。
妹と共に、街の不良に絡まれた時は、彼が盾になってくれた。
いつも、いつも、本当に危ない時には必ず助けてくれる人だった。
そんな彼に、自分も妹も心惹かれた。
だから、身分違いは承知の上で、気持ちだけは伝えようと考えたのだ。
結果、二人ともフラれることになっても仕方がない。
そう思っていたのだが、意外にも、サンクは自分たちを幼馴染としてだけではなく、女性としても見てくれていたらしい。
そのこと自体は、とても嬉しかったのだが……。
『す、少し考えさせてくれ』
その時から、サンクは悩み始めた。
ジェシーにしても、エイミーにしても、目を丸くする事態だったが待つことした。
フラれる可能性が一番高いと思っていたのだ。待つことぐらい何でもない。
まあ、流石に、それが二年も続くとは思ってもいなかったが。
ジェシーは小さく嘆息してから、
「サンクは何だかんだでエイミーの方に気をかけていたわ。選ぶのはあなたの方よ」
妹を一瞥して、そう告げる。
サンクにとっては、エイミーは可愛い妹分でもある。
その分、ジェシーに対する時よりも、明確な愛情を示すことが多かった。
「「…………」」
二人とも無言になる。
今回の任務。
これが終われば、二人には見合いが待っている。
二人の見合い相手は、どちらも格上の爵位持ち貴族だ。資産も申し分なく、父もかなり乗り気だ。恐らく話はトントン拍子に決まるだろう。
その後、彼女たちは、それぞれ伯爵家と男爵家に嫁ぐことになる。
仮に、サンクが、二人の内のどちらかを選んだとしても。
確実に、どちらかは、サンクではない男性の妻になるということだった。
ジェシーとエイミーは、視線を微かに伏せた。
「……この任務が」
「うん。多分、三人で過ごせる最後の時間……」
この最後の時間を与えてくれた《夜の女神》さまと、国王陛下と王女殿下には、本当に感謝しなければならない。
ジェシーも、エイミーも、感謝と共に王女殿下を守り通す心構えだった。
ただ、それと同時に密かな願いもある。
ジェシーは想う。
(サンクには、エイミーを選んで欲しい)
妹には幸せになって欲しかった。
一方、エイミーも想う。
(サンクには、お
姉には幸せになって欲しかった。
二人は、本当によく似た姉妹だった。
それゆえか、心の奥に秘めた想いまで同じだった。
(もう結婚は避けられない)
ジェシーは、熱を帯びた眼差しで、サンクを見つめる。
(私は別の人のところに嫁ぐことになる。けれど……)
エイミーは、情熱を秘めた瞳で、サンクを見つめた。
幼馴染の青年は、両腕を組んで沈黙していた。
(……せめて)
ジェシーとエイミーは熱く想う。
(……
そこまで思ったところで、姉妹は同時に顔を赤く染めた。
(サンクは、エイミーの恋人になる人だけど)
(サンクは、お
二人は、熱い吐息を零す。
(でも、これぐらいは……)
姉妹は、揃って口元を片手で押さえた。
(最後の思い出ぐらいなら、別にいいよね?)
カアアアっと耳まで赤くする。
顔を赤くするタイミングまで同じ。本当に息がピッタリだった。
ちなみに、サンクが二人を嫁さんにすると、心の内で叫んだのはこの時だった。
(う、うん。私は今回の機会に……)
ジェシーは拳を強く固めた。
(私はこの機会に……)
エイミーも拳を固めた。
(選ばれなくてもいい。ただ、私は……)
願うのは、これからの長い人生でも色褪せない思い出。
二人は、同時に熱い眼差しをサンクに向けた。
自分の決意に意気込んでいるサンクは、全く気付かないが。
((……サンクとの思い出を作る!))
二人の女中騎士は、そう決意していた。
(二人とも、絶対に幸せにするからな!)
と、サンクも決意していた。
王女殿下を守る精鋭の騎士たち。
中々どうして拗らせた想いを持つ者たちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます