第四章 決意の旅
第506話 決意の旅①
サンク=ハシブル。
彼は、第一騎士団所属の上級騎士である。
年齢は二十歳になったばかり。蒼い短髪が印象的な青年だった。
やや童顔ではあるが、精悍な顔つき、体格を持つ人物。そして彼は、アティス王国において六家しかない侯爵家の一つ、ハシブル侯爵家の長男でもあった。
六家の侯爵家の子弟たちは才ある者が多い。
シェーラ=フォクスしかり。アリシア=エイシスしかりだ。
彼もまた、優れた才覚を持つ者だった。
幼い頃から神童と謳われ、騎士学校では常に首席。三年間、十傑の称号も維持した。
そうして騎士団に入団後は、わずか二年で上級騎士の資格を得た。
若手最強。周囲にはそう呼ばれる人物である。
それゆえに、今回の任務にも抜擢されたのである。
騎士団長の信頼も、厚いということだった。
世間から見れば、まさに順風満帆な人生を送っているように見える。
しかし、そんな彼にも、長年に渡る悩みがあった。
(……オレは)
カタン、と微かに揺れる馬車。
結構大きな石を車輪で轢いてしまったのだが、王家御用達の特別な馬車だけあって、揺れはほとんど感じない。
壁際に立つ赤い騎士服を着たサンクは、馬車内を見渡した。
広い室内だ。十人は乗れるだろう。壁際には長椅子が設置されているが、基本的なコンセプトは自由に移動できることにあるためか、スペースが広い。
室内には今、サンクを含めて六人の人物がいた。
サンク以外は全員が女性である。
一人は、王女殿下。
サンクにとっては、懐かしさも感じる騎士学校の着ておられる。
今回の任務に限らず、身命を賭してお守りすべきお方だ。
二人目は、十三、四歳ほどの少女。
白いつなぎを着た翡翠の瞳と、空色の髪を持つ少女だった。
あまり表情を面に出さない少女のようだが、王女殿下とは、優しげな眼差しで談笑しており、仲が良いことがよく分かる。殿下と彼女は同じ長椅子に座っていた。殿下に対して不敬かもしれないが、二人とも凄い美少女なので、とても絵になる。
三人目は、メイドだった。
年齢は二十代半ばほどか。メイド服の上からも分かる抜群のプロポーションに、肩まである藍色の髪と、深い蒼色の瞳が印象的な美女である。
彼女は、殿下たちの傍らに立って控えていた。
その細い肩には、銀色の小鳥が止まっており、盛んに首を動かしている。
(噂通りの凄い美人だ)
と、率直な感想を抱きつつ、サンクは、視線を別の長椅子に向ける。
そこには、明るい赤色の髪を持つ二人の女性がいた。
サンクと同じ任務を担う女性騎士たちである。
しかしながら、正規の騎士ではない。
彼女たちは、王妃さま直属の
二人は、サンクとデザインこそ同じだが、色は白の騎士服を着ていた。
王宮内ではメイド服を着る彼女たちだが、正規任務においてはこの制服を着る。
(二人とも、騎士服も似合うな)
ついじっくりと見そうになってサンクは視線を少し逸らした。
実は、彼女たちとは顔見知りだった。
彼女たちの名は、ジェシー=ビレルと、エイミー=ビレル。
実の姉妹なのである。
姉のジェシーは二十歳。髪が長く、頭頂部辺りで結いでいる。
妹のエイミーは十九歳。かなり短く髪をカットしていた。
二人の顔立ちは、姉妹だけあってかなり似ているが、ジェシーがやや気が強そうで、エイミーの方が、少し淡々とした印象だった。
実際、性格もそんな感じだった。
王女殿下たちに比べると、素朴さが強く、圧倒するような華やかさはない。
しかし、それは彼女たちが醜女という訳ではなかった。
もし、彼女たちを不細工などと言う輩がいるのならば、サンクがぶん殴っている。
ジェシーたちは充分に可愛いのだ。騎士団内でも何気に人気が高い。この場で影が薄いのは、ただただ、王女殿下たちが群を抜きすぎているだけなのである。
(ああ。そうさ。二人とも美人だ)
うんうん、と内心で首肯するサンク。
ビレル姉妹は、サンクの幼馴染であった。
彼女たちは、爵位を持たない下級貴族の出自。
一方、サンクは侯爵家の跡取り。
生まれの違う三人だったが、幼少期に偶然出会い、そこから共に遊ぶ機会が多くなり、騎士学校でも一緒にいることが多かった。男女の幼馴染は、成長と共に疎遠となることも多いものだが、サンクたちはそうならなかった。今も仲はかなり良いと言える。
そして、そんな彼女たちこそが、サンクの悩みそのものだった。
(オレは、ずっと悩んでいた)
サンクは、遠い目をした。
勝気で活発。少し男勝りなジェシー。
淡々として、あまり感情を見せないエイミー。
いつも三人で行動していた。
その想いが、恋へと昇華されるのは自然の流れだった。
学生時代。サンクが三回生の時。
サンクは二人に校舎裏に呼び出されて、同時に告白されたのだ。
その時、サンクは何も答えられなかった。
どちらも魅力的な女性だったからだ。
――そう。サンクは二人の幼馴染、両方に心を奪われて悩んでいたのだ。
どちらを選ぶべきなのか。
それを決められず、今に至るのである。
(ああ、そうだ。オレは悩んだ)
サンクは遠い眼差しを細めた。
(ジェシーとエイミー。どちらを選ぶべきなのかを)
ずっと。
ずっと、悩んでいた。
その悩みを誤魔化すように仕事に励み、驚くほどの早さで昇進もした。
家族や同僚は称賛したが、それは、すべて現実から目を叛けた結果にすぎない。
この上なく、情けない話だった。
幼馴染だけあって、二人ともサンクの悩みは察してくれていた。だからこそ、今はまだ返事を保留にしてくれているが、いつもでもこのままではいられない。
――決断しなければならない。
出なければ、二人とも失うことになるのだ。
(ああ、そうだ。もう時間は迫っている)
サンクは、強く拳を固めた。
ジェシーたちも年頃。
それぞれに、見合いの話が持ち上がっているのである。
ジェシーは伯爵家の後妻として。エイミーは男爵家の長男とだ。
相手は、共に爵位持ち。
エイミーの方は、位の低い男爵家ではあるが、相当な資産を持つ家だった。
名ばかりの貧乏貴族であるビレル家にとっては、実に良縁の話だった。
彼女たちの父親も、かなり乗り気になっているらしい。
サンクは悩み、焦っていた。
ここで、サンクが二人の内のどちらかを選べば、一人はその見合い話をなかったことに出来るだろう。なにせ、恋人が侯爵家の跡取りなのだ。相手が伯爵であるジェシーであっても、彼女たちの父親は納得するに違いない。
どちらかを選べば、一人は失わない。
だが、逆説的に言えば、一人は確実に失うのだ。
その事実が、より悩みを深刻化させていた。
そんな時だった。
電撃に撃たれるような噂を耳にしたのである。
(まさに、目が覚めるような想いだったな)
サンクは、馬車の前方を見た。
そこにはドアがある。御者台へと続くドアだ。
その先には、一人の人物がいるはずだった。
(……師匠。そう。オレの人生の師匠……)
自分と、さほど年齢が変わらない青年。
驚くことに、彼は幾人もの女性と付き合っているらしい。
この室内にいるメイドさんも、青年の彼女の一人とのことだ。
しかも、二股や三股といった話ではなく、付き合っている女性を全員嫁にするつもりだという話だった。そのために、男爵位の取得も考えているらしい。
騎士団内で聞いた、かなり信憑性の高い噂だった。
凄い話である。
はっきり言えば容易な道ではない。まさしく茨の道だ。
そのため、賛否両論もある。
ただ、概ね、男性陣は畏怖を抱く者が多かった。
師匠ならば成し遂げるのではないか。
そんな期待もあるからだ。
(……ああ。そうだ)
サンクは、天啓を得た気分になった。
(嫁さんが一人だけなんて誰が決めたんだ……)
自分は、侯爵家の跡取り。
一夫多妻の資格は、生まれながら持っているのだ。
とうに悩みは解決していたのである。
(……オレは)
サンクは、グッと拳を固めた。
今回の護衛任務は、まさに天が与えた大いなる機会だった。
生き様を見せてくれた我が心の師と。
奇跡的に同行が叶った二人の幼馴染。
まるで、運命が後押ししているような任務だった。
(まさに僥倖だ。まさに奇跡だ)
すっと瞑目する。
そして、
(ジェシーも、エイミーも失わねえ。あいつらを奪われてたまるか! オレは――)
目を見開き、決意を抱く。
(二人とも嫁さんにする! 嫁さんにするんだッ!)
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