第505話 いざ行かん! 宝の都市へ③

 ニコニコと。

 場所は変わって、とある喫茶店。

 椅子に座って、ルカは、満面の笑みを見せていた。

 肩にはオルタナを乗せ、目の前のテーブルには果実水オレンジジュースが置かれている。

 そして、彼女の向かい側には、アイスコーヒーを注文したアッシュがいた。


「しかし、偶然だな」


 アッシュが笑って告げる。


「まさかルカ嬢ちゃんと、あんな場所で会うとはな」


 多くの工房が並ぶ大通りで。

 偶然出会ったアッシュたちは、日差しもそこそこキツかったので、そのまま近くあったこの喫茶店にやってきた。


「けど、なんでこんな時間に、あんな場所にいたんだ?」


 率直な疑問を口にすると、ルカは「あ、はい」と頷いて。


「実は、私、一ヶ月ぐらい、休学中なん、です」


「へ?」


 唐突な台詞に、アッシュは目を丸くした。


「なんでまた?」


「え、えっと」


 ルカは、少し困った表情を見せた。

 それから小首を傾げて、


「一言でいえば、王家のお仕事のため、です。仮面さんは、『ドラン』の調査の話は知っていますか?」


「ああ。知っているが……」


 まさに、そのためにあの大通りにいたのだ。


「わ、私も、その調査に参加するん、です。お父さん……王さまの名代として」


「マジか……」


 アッシュは少し驚いた。

 ルカは、果実水オレンジジュースで軽く喉を潤した。


「今回は、学生は不参加って聞いてたが、なるほど。王家の名代なら参加もありか」


「はい」


 ルカは頷く。


「今日は、どれぐらい、他の人が参加するのかな、って思って……」


「ああ。それで、あの場所に様子を見に来てたのか」


 アッシュは納得する。


「あの……」


 ルカはあごを上げて、アッシュの顔を見上げた。


「仮面さんは、どうしてここに?」


「ん? 俺か?」


 アッシュは、アイスコーヒーを取って口にする。


「俺も同じだな。お客さんたちに挨拶回りしていた」


「挨拶回り、ですか?」


 ルカが小首を傾げた。ちなみにオルタナも同じく首を傾げる。

 アッシュは「ああ」と頷いた。


「しばらく休業するってな。俺も調査に参加する予定なんだ」


「え?」


 ルカは目を丸くした。

 次いで、ポンと手を打つ。


「仮面さんも参加するんですか!」


 パアアッと表情を輝かせた。


「おう。けど、そうだな」


 アッシュは、ルカに尋ねる。


「ルカ嬢ちゃんは、何人ぐらいで参加する予定なんだ?」


「えっと……」


 ルカは頬に指先を当てた。


「今のところ、決まっているのは私を含めて、三人です。お母さんの直属のメイドさんが二人。あと、何人かは検討中で……」


(メイド? ん? ああ……)


 アッシュは、少し思い出す。

 ルカと初めて出会った頃。彼女を護衛する女性騎士たちがいた。

 友人ザインの話では、『女中メイド騎士』と呼ばれる王妃直属の騎士らしい。

 今回も、彼女たちが、ルカの護衛としてつくということなのだろう。

 王妃直属の騎士。

 その実力は、騎士団の中でも、トップクラスなのは分かる。

 しかし、この間の《夜の女神杯》を思い出す限り……。


(……実際のところ)


 アッシュは、ルカをまじまじと見つめた。

 不意に見つめられたせいか、ほんわか王女さまは「……仮面さん?」と、少し恥ずかしそうに上目遣いを見せた。

 アッシュは、内心で嘆息する。


(どんな騎士がつくかは知んねえけど、多分、ルカ嬢ちゃんの方が強いんだろうな)


 ルカの実力は、正直侮れない。

 エリーズ国に留学していた経験も、しっかりと自分の力にしている。

 しかし、『ドランの大樹海』は、鎧機兵でも探索できる広大かつ巨大な森といえ、視界も悪く障害物も多い。トリッキーな武器を得意とする彼女の愛機とは相性の悪い場所だ。

 ルカも、十全には実力を発揮できないだろう。

 護衛の騎士たちも、不慣れな場所であることは変わりない。

 だったら、


(ん。そうだな)


 アッシュは頷き、提案してみた。


「なあ、ルカ嬢ちゃん」


「? 何ですか?」


 ルカが果実水オレンジジュースを呑み干して、アッシュに尋ね返す。


「俺のところは、ユーリィとシャルも参加する予定なんだが……」


 一拍おいて。


「どうせなら合同にしねえか? ルカ嬢ちゃんたちと」


「……え?」


 ルカは目を見開いた。

 それから、テーブルに両手をついて前のめりになり、


「い、いんですか! 仮面さん!」


「……ギャア! ルカ! オチル!」


 いきなり立ち上がられて、オルタナがバランスを崩してわめいていたが気にしない。

 ルカは、水色の瞳を、キラキラと輝かせてアッシュを見つめていた。


「まあ、ルカ嬢ちゃんも、生真面目な騎士たちだけとじゃなくて、ユーリィやシャルと一緒にいる方が気も安らぐと思ってな」


 と、アッシュは告げる。

 しかし、それは理由の一つだった。

 一番の本音としては、


(まあ、放っておけねえよな)


 アッシュはルカを見つめて、内心で苦笑を浮かべる。

 同じ地にいるというのに、彼女だけで危険な場所に行かせることなど見過ごせない。

 彼女には、自分の手で守れる場所にいて欲しかった。

 シャルロットや、ユーリィのように。


(……ん?)


 そこでふと気付く。


(いや。待て。これって、もしかして危険な兆候じゃねえか?)


 大切な者は自分の手で守りたい。

 ようやく自覚した、アッシュの根源とも呼べる意志。

 これは、それと同じことではないだろうか?

 詰まるところ、それは――。


(いや。待て待て俺。相手は王女さまなんだぞ)


 少しばかり――気休め程度ともいう――鈍感も改善してきたアッシュが、自分の心境に少し危機感を覚えていると、


「はいっ! お願い、します!」


 満面の笑みで、ルカがそう答えてきた。

 その笑顔に、アッシュはホッコリとした。

 とても喜んでくれて、ただただ嬉しくなった。


「おう! 任せておけ!」


 純粋な善意で、そう応えた。

 そうして――……。



 一週間後。

 いよいよ旅立ちの日。

 オトハと九号。サーシャとアリシア、エドワードたちに見送られて、アッシュたち一行は馬車で旅立つのだった。

 アッシュとユーリィ。シャルロット。

 ルカと、二人の女中騎士。

 さらに、色々あって――アッシュが同行すると知ってアロスが駄々をこねた――騎士団からも派遣されることになったという一人の男性騎士。

 総勢で七名となった一行だ。

 全員が今、王家が用意してくれた大型馬車に乗っている。

 王城でルカたちが見送られ、そのままクライン工房へと寄り、アッシュたちが同行した流れだ。アッシュは男性騎士と御者を代わった。


 目的地は、『ドランの大樹海』。

 その近隣にある調査の拠点。ボレストンだ。

 果たして、そこに、何が待ち構えているのか。

 それは、まだ誰にも分からない。

 ただ、今は……。

 ――ヒヒイィン。

 二頭の馬が、いななきを上げて。

 晴天の下。アッシュたち一行は進むのであった。


「さて、と」


 御者席。アッシュは手綱に握って不敵に笑う。


「そんじゃあ、行ってくっか!」


 いざ行かん。

 ボレストンへ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る