第504話 いざ行かん! 宝の都市へ②
場所は変わって、アティス王国騎士学校。
その二回生が講習を受ける講堂の一室。
そこは今、騒然としていた。
「「「ええええええええ~ッ」」」
不満の声が上がる。
教官から告げられた内容に、思わず不満が爆発したのだ。
「どうして俺らが不参加なんすか!」
そう叫んで立ち上がったのは、ブラウンの髪を持小柄な少年。
エドワード=オニキスだった。
「一言でいうならば」
教壇に立つ教官がはっきりと告げる。
「もし参加すれば、その期間は講習が停滞してしまうからだ」
「……うぐ」
正論に、エドワードは呻いた。
「学生が勉学を疎かにしてどうする。お前たちの気持ちも分からなくはないが……」
言って、教官はエドワードから順に、三人の生徒に目をやった。
まずはエドワードの相棒とも呼べる大柄な少年。ロック=ハルト。
彼は腕を組み、「……ぬう」と唸っていた。
次いで、長い髪の女生徒。
凛とした雰囲気を持つ少女。アリシア=エイシス。
彼女も少し不満そうに眉をしかめていた。
最後に目をやったもの女生徒。
ヘルムを机の上に置いた、銀髪の少女。
サーシャ=フラム。
穏やかな性格で知られる少女だ。
しかし、彼女も、微かに不満を抱いているような気がした。
エドワードを筆頭に、彼らは言うなれば『当事者』だ。
この状況に不満を抱くのも仕方がない。
他の生徒たちも、次々と不満の声を上げていた。
「俺らは騎士候補生っすよ!」
生徒の一人。グレイ=ロードマンが立ち上がって叫んだ。
「調査を講習の一環に出来ないんすか!」
「……それも検討には挙がったんだが」
教官は「う~ん」と唸って言う。
「やはり期間が長すぎる上に、今回は街の工房や商会、企業などからも多くの参加者が集まってくる。拠点となるボレストンにも受け入れ容量はあるだろうし、かなり煩雑となるのは予測できるからな。結局、その案は通らなかった」
「「「ええ~!」」」
不満の声が大きさを増した。
「まあ、今回は見送りということだ」
教壇に両手を置いて、教官は言葉を続けた。
「『ドラン』の調査は、これからも定期的に行われる予定だそうだ。お前たちも知っての通り、あそこは恐ろしく広大だからな。簡単には調査しきれない。次の機会は確実にあるだろうから、その時に向けて学校でも対応を検討するつもりだ」
「……むむ」「……そういうことなら……」「う~ん、けどよォ」
と、まだ不満の声はあったが、今後の機会が完全に断たれた訳ではないようなので、生徒たちは、とりあえず納得した。
教官は少しホッとした表情を見せてから、
「ともあれだ」
改めて告げる。
「この話はここまでだ。あくまで学生の本文は勉学にある。今日の講習を始めるぞ」
言って、教官は教鞭を振るった。
◆
一時間後。
十分の休憩時間。
サーシャは、ある場所に向かっていた。
ヘルムを片手に持って、少し早足に進んでいる。
そしてその場所に到着する。
個人に割り当てられた教官室である。
サーシャがノックすると、「入れ」という声が返ってきた。
サーシャは「失礼します」と言って、ドアを開けた。
ほぼ執務席しかないような小さな部屋。
その執務席には、校内でも最高の美貌と実力を持つ女教官がいた。
オトハである。
彼女は、サーシャを一瞥した。
「どうした? フラム」
用件を尋ねると、サーシャはドアをしっかりと閉めた。鍵までカチャリとかける。
それから、オトハの元へと歩み寄り、
「……オトハさん!」
ドンっ、とヘルムを執務席の上に強く置いて、声を張り上げる。
「『ドラン』の件って本当なんですか!」
「……ああ。その件か」
オトハは嘆息した。
「本当だ。調査は一週間後には解禁となる」
「それは聞きました! 私たち学生が参加できないことも! けど!」
サーシャは、一番気になることを尋ねた。
「アッシュは、その調査に参加するんでしょう!」
「……よく分かったな」
オトハは、少し驚いた顔をした。
「分かりますよ! アッシュの考えていることくらい!」
サーシャは叫ぶ。
「けど、それって数週間もアッシュに会えないってことでしょう! あ……」
サーシャは瞳を瞬かせて、オトハを見据えた。
「まさか、オトハさんは、ついていくんですか……」
「いや。ついて行きたいのは山々だが」
オトハは大きな胸を揺らして溜息をついた。
「私にはこの職がある。今回は留守番だ。エマリアの護衛の九号も居残る。クラインについて行くのは……」
う~むと唸って、言葉を続ける。
「エマリアと、シャルロットになる」
「え……」
サーシャは目を剥いた。
「シャルロットさんも……?」
「ああ」とオトハは頷く。
「そ、それって……」
サーシャは、ごくんと喉を鳴らした。
「いよいよ、シャルロットさんも……? けど、もしそうなら、数週間って無茶苦茶愛されませんか?」
「……まあ、エマリアもいるから、機会自体は少ないだろうが……」
ふうっ、とオトハは息を吐いた。
「いずれにせよ、いよいよ、あいつも愛される。シャルロット本人もその予感をしているようだ。ずっとガチガチに緊張していた」
今朝見たシャルロットの様子には、苦笑を零すしかない。
まるで錆びた鎧機兵のような動きだった。九号が真似して遊ぶぐらいだ。
しかし、一方、サーシャは、かなり不満そうだった。
「……私たちは数週間も、成分が枯渇状態になるんですか?」
数週間に渡って、アッシュ成分が枯渇状態になるのは、アリシアたちも同じだ。
だが、サーシャとオトハは、すでに『ステージⅢ』なのである。
愛が完全覚醒している状態なのである。必要とする成分の量が全く違うのだ。
特にサーシャは、目覚めたばかり。
数週間ともなると、寂しさで死んでしまいそうになる思いだった。
「い、いやまあ」
と、そこでオトハは自分の髪先を指で絡めた。
「最近、クラインの奴も、私たちに対してだけは、鈍感がマシになってきたからな。あえて九号を残すのも、私を一人にさせたくないかららしい。ともあれ、その辺りはあいつも気遣っているようで……」
ポツポツと語る。
オトハらしくない歯切れの悪さだ。
サーシャは、数瞬ほど、キョトンとしていたが、
「ああ――っ!?」
いきなり声を上げた。
「ずるい! オトハさん! 昨晩、アッシュとエッチしたんですか!」
「は、はっきりと言うな!?」
顔を真っ赤にして、オトハは叫び返した。
「ずるい! やっぱり一緒に住んでいるのはずるい!」
サーシャは不満の声を上げる。と、
「そ、それは、お前もいずれのことだろう! お前だって『ステージⅢ』なのだから! ともかくだ!」
オトハは赤い顔のまま、サーシャに告げる。
「トウ……クラインの奴もそこら辺は考えている! だからお前も近々だからな! 近々お前もきっともの凄く甘やかされるからな!」
「――ひゃあっ!?」
オトハの宣言に、まだまだ初心なサーシャは真っ赤になった。
もう叫ぶこともしなくなり、口をパクパクと動かしていた。
オトハは、赤い顔をパタパタと片手で扇いで、
「『ドラン』の件はもう決まったことだ。今回ばかりは私たちは留守番だ。私も、お前も、エイシスも。それと……」
そこで、オトハは一拍おいて小さく唸った。
「……オトハさん?」
サーシャが小首を傾げた。
「……どうかしたんですか?」
「……うむ。恐らくだがな」
一拍おいて、オトハは額に手を当ててかぶりを振った。
そして小さく嘆息して、
「クラインには、もう一人、同行者が増えると思うぞ」
教官として知る情報と、女の直感からそう告げた。
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