第三章 いざ行かん! 宝の都市へ
第503話 いざ行かん! 宝の都市へ①
その日。
アッシュは市街区に来ていた。
しばらく臨時休業するための挨拶回りだ。
店の留守番は、ユーリィとシャルロット――ちなみに九号も――に任せていた。
パカパカ、と愛馬・『ララザDX』が街中を進む。
まずは近所の農家から回り、この市街区まで足を延ばした。
そうして、先程、すべてのお得意さまに挨拶を終えたところだった。
アッシュはララザの手綱を握りながら、周囲に目をやった。
ここは、鎧機兵の工房が多く並ぶ大通りだ。
比較的に個人経営が多い区間だ。
少し速度を落として、店に目をやると張り紙がしてある。
しばらくの臨時休業を伝える張り紙だった。
この店の店主も、人でも雇って『ドラン』へ向かうつもりらしい。
大規模な店舗ならば人も残せるが、個人経営では店を閉めるしかない。
アッシュ自身も痛感するが、中々の痛手だった。
しかし、それ以上に『ドラン』の資源の所有権は魅力的なのである。
やり手ならば、その資源を元手に店舗を拡大することも出来るだろう。
「……流石に皆やる気だな」
ポツリ、と呟く。
ここの通りの職人たちは、アッシュの友人も多い。
その意気込みは、酒の席でよく聞いていた。
しかし、アッシュとて負けられない。
なにせ、自分には家族が多いのだ。
「しっかりと稼がないとな」
決意を固める。
それに答えるように、ララザが「ヒヒン」と鳴いた。
とりあえず用件は終えた。
アッシュは真っ直ぐ、クライン工房に戻るつもりだった。
――が、その時だった。
(……ん?)
ふと、視界の隅に銀色の影が横切った。
顔を上げる。と、そこには、
「……オルタナか」
銀色の鳥が、空を飛んでいた。
――いや、鳥ではない。
あれは、鳥型の自律型鎧機兵。
とある知り合いの少女が造り上げた、飛行する鎧機兵だ。
飛行する鎧機兵はもう一機だけ知っているが、恐らく、自律的に動くのは世界でもあの一機しかいない機体である。
アッシュは、オルタナに向けて手を上げてみた。
すると、オルタナは、アッシュに気付いたようで。
「……オオ! ヘンジンカ!」
そう言って、アッシュの元にまで滑空してくる。
ちなみに、オルタナはアッシュを『変人』と呼んでいる。
出会った時に仮面を被った変人スタイルだったのが、今も尾を引いているようだ。
「……いい加減、『変人』は止めて欲しんだが……」
アッシュは苦笑を浮かべつつも、右腕を横にして前に出した。
その腕に、オルタナがとまった。
陽光に照らされて銀色に輝く装甲。
こうやって間近で見ると、改めてオルタナが鎧機兵だと分かる。
しかし、その丸い瞳には、確かな意志の光があった。
「……ウム! ゲンキカ! ヘンジン!」
口も悪かった。
アッシュは苦笑いしつつ、
「ああ。俺は元気だよ」
そう答えた。
オルタナは「……ウム! ソレハヨカッタ!」と満足げに頷いた。
「それよりオルタナ」
今度は、アッシュが尋ねる。
「どうしてこんな所にいたんだ?」
「……ン?」
オルタナは首を傾げた。
「……ココニ? ルカガイルカラダゾ」
「あ、そっか」
アッシュは納得する。
オルタナがいるということは、この鎧機兵の主人もいるということだ。
アッシュは周囲を見渡した。
幾つかの店舗がすでに臨時休業しているので、この大通りの人通りは少ない。
大雑把に目をやるだけで、大体の人物は把握できる。
目当ての人物は、すぐに見つかった。
淡い栗色のショートヘア。前髪に隠された澄んだ水色の瞳が印象的な少女。
ルカ=アティス。
オルタナの主人であり、この国の王女さまでもある少女だ。
珍しく、彼女は学校の制服でもなく、お気に入りのオーバーオール姿でもない。
ゆったりとした、白いワンピースという私服姿だった。
初夏の日差しの中ではよく映える姿である。
愛らしい彼女には、とてもよく似合っている。
ただ、少し疑問にも思う。
今日は平日。時間も昼の二時過ぎだ。
本来ならば、ルカは学校に通っているはずの時間帯だった。
彼女は、キョロキョロと周囲に目をやっていた。
時折、空も見上げている。オルタナの姿を探しているのだろうか。
「……ルカ! ルカ!」
その時、オルタナがルカの名を呼んだ。
ルカは視線をこちらに向けた。
「あ、いた。あれ?」
目を瞬かせる。
アッシュの姿にも気付いたからだろう。
「仮面さん!」
トコトコ、とアッシュの方へと駆けてくる。
アッシュはオルタナを腕にとまらせたまま、ララザから降りた。
と、ほぼ同時に、ルカはアッシュの元に到着した。
「か、仮面さん。偶然、ですね」
と、ルカが満面の笑みで告げてくる。
相変わらず、小動物のような愛らしさを持つ王女さまだった。
「おう。偶然だな。ルカ嬢ちゃん」
アッシュもそう答えて、優しく笑った。
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