第477話 激戦の準決勝④

「……レナの奴」


 その時、オトハが、ポツリと呟いた。


「随分と変わった闘技を使うのだな」


「ん? そうなのか?」


 アッシュが、オトハの方に視線を向けた。

 彼女は眼帯を外していた。隠していた瞳――『銀嶺の瞳』が露になっている。

 オトハのみが持つ、恒力を見ることが出来る不思議な瞳だ。


「何か見えたのか? オト?」


 アッシュが尋ねた。

 舞台で戦う二機には、特に変わった様子はない。

 レナの《レッドブロウⅢ》の猛攻に、サーシャの《ホルン》が押されているが、二機が大きな損傷を受けたという訳ではなかった。


「ああ」


 オトハは、大きな胸を支えるように両腕を回して頷く。


「確かに一見変化はない。だが、レナは密かに闘技で攻撃しているのだ」


「そうなの?」


 と、尋ねるのはサクヤだ。

 彼女の目にも、特殊な闘技を使っているようには見えなかった。


「普通に戦っているように見えるけど?」


「うん」ユーリィも頷いた。


「特に損傷もない。何か別の効果があるの?」


「いや、効果というよりも、本来なら損傷を受けるはずのところを、フラムの《ホルン》が相殺している状況だな」


「相殺だって?」アッシュが眉根を寄せる。「どういうことだ? それ」


「……うむ」


 オトハは、双眸を細めた。


「レナはな。先ほどから拳を打ち出すのと同時に、手甲の周囲に粉塵のような恒力の礫を構築させているんだ。それをワンテンポ遅れで《ホルン》に叩きつけている」


「………は?」


 アッシュが目を丸くする。サクヤとユーリィも驚いた顔をした。

 オトハは、感心するように言葉を続ける。


「本来ならば、相手の装甲を徐々に削る闘技なのだろう。しばらくは機体のダメージにも気づかないはずだ。だが……」


 そこで、ふっと口角を崩す。


「残念ながら《ホルン》には《天鎧装》がある。攻撃はすべて相殺されているようだ」


「……いや待て。そいつは……」


 アッシュは顔を強張らせた。

 それから《ホルン》に目をやって。


「うわあ……メットさん、きっと今、気が気でない状況なんだろうな」


「……なに?」


 アッシュの呟きに、オトハは眉をひそめた。


「それはどういう意味だ? クライン」


「……《天鎧装》は連撃に弱いの」


 オトハの問いかけに答えたのは、ユーリィだった。

 彼女は、少し困ったような顔で告げる。


「《天鎧装》は、攻撃を感知すると、自動的に一秒間だけ全身から恒力を放出して防御壁にしているの。一度に放出するのは三百ジンぐらいだから、単発だったなら自動供給ですぐに回復するんだけど……」


 そこまで説明すると、オトハにも分かった。


「……ああ。なるほど。そういうことか」


 思わず、渋面を浮かべる。


「連撃を受け続けると、自動供給が追い付かなくなって、無傷であってもどんどん恒力値が減っていくということだな」


「うん。そう」


 ユーリィが頷く。


「元々、アッシュが思いつきで造った機能だし、欠陥付きなの」


「え? じゃあ、サーシャちゃんの機体って今、どんどん弱体化しているの?」


 サクヤが、パチパチと目を瞬かせて尋ねる。

 アッシュが「……まあな」と、頭をかいて答えた。


「まさか、あの大雑把なレナがこんな隠し技を持っているとはな。あいつも結構慎重になったんだなとは思うが、メットさんとは相性がいいのか悪いのか……」


 言って、微苦笑を浮かべた。


「……? それはいいんじゃないの?」


 ユーリィが、アッシュを見つめて言う。

 アッシュは「う~ん」と唸った。戦闘のプロであるオトハは、アッシュの考えをすぐに察したのか「ああ。なるほどな」と呟いていた。


「……どういうこと?」


 相変わらず、意志の疎通レベルが、すでに熟年夫婦の域に入っている二人に少しだけムッとしつつ、ユーリィが再度尋ねる。

 すると、アッシュは、頬をポリポリとかいて答えた。


「レナは《ホルン》の天敵だってことは確かだ。このまま殴り続けるだけで、いずれ《ホルン》は行動不能に陥ることになる。けど、レナは、まだ《ホルン》の《天鎧装》の具体的な特性までは知らねえんだよ」


「あっ、なるほど。そういうことね」


 ポン、とサクヤが手を打った。


「それってレナの視点だと、自分の闘技が全く効いてないように見えるんだ」


 言って、サクヤは舞台に目をやった。

 《レッドブロウⅢ》と《ホルン》の戦闘力の差は歴然だ。

 明らかに《ホルン》は苦戦している。《レッドブロウⅢ》の猛攻に、何度も拳を長剣や円盾で凌いでいた。危うい場面もあったが、未だ大きな損傷はない。


「あ、そっか……」


 ユーリィもようやく得心がいった。


「本当なら、もっとダメージがあっていいはずなんだ。けど」


 しかし、すぐに小首を傾げて。


「それって《万天図》を起動させていたら、すぐに分かることだと思う」


 攻撃のたびに恒力値が削れていけば、《天鎧装》の特性も察しそうなものだ。

 レナは天然っぽいアホの子だが、それでも現役の、しかも一流の傭兵なのだ。

 装甲は無事であっても、実のところ、効果があることには気付くだろう。


「まあ、確かにそうだよな」


 アッシュは呟く。


「けど、今は一対一の戦闘だ。しかも闘技場だぞ。多分、レナは《万天図》を起動させてねえと思うぞ」


「私もそう思うな。《万天図》は余計な情報も視界に入ることが多い。索敵が必要ない時にわざわざ起動させておくメリットもないしな」


 オトハの意見に、アッシュも頷く。


「そうだよな。多分、今の攻撃は《天鎧装》の防御力を図っているってとこだろう。あの闘技はそろそろ打ち止めにするんじゃねえか?」


 効果がない攻撃を続ける意味もない。

 レナほどの一流の傭兵ならば、すぐに次の対策を練るはずだ。


「今回は運に助けられたな。フラムは」


 オトハが、腕を組んで呟く。


「確かにな。けどよ」


 アッシュは双眸を細めた。


「レナが、メットさんよりも、圧倒的に強ェえってことには変わりねえ。ここから先は運だけじゃあダメだろうな」


 ――ドゴンッッ!

 《レッドブロウⅢ》の拳が《ホルン》の胸部装甲を強打した。

 大きく吹き飛び、両足で火線を引く《ホルン》。

 ふらつきながらも、長剣と円盾を身構える。


(……サーシャ)


 愛弟子の苦戦に、アッシュが静かに腕を組んだ。

 ここがまさに正念場だ。


「頑張れよ。サーシャ」


 アッシュは、小さな声で愛弟子に声援を贈った。

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