第476話 激戦の準決勝➂

 サーシャは琥珀色の瞳で、その鎧機兵を見据えていた。

 改めて見ると、本当に変わった機体だ。

 丸みを帯びた真紅の機体。全高は《ホルン》とさほど変わらない。

 機体のタイプとしては《朱天》と同じ闘士型。拳を使って戦う機体だ。

 装備もそれを前提にしているようで、両腕の手甲は、錆び色の三角錐状の鋲を引き締めたような形状をしている。その手甲が戦闘になると高速回転を行うのだ。攻撃を受ければ弾き、敵機の装甲に当たれば削る。まさに攻防一体の装備である。

 背中の竜尾は、セラ大陸製と大きくは変わらないが、両足の構造は違う。ダインの《ダッカル》同様に四つの車輪を付けた、特殊なギミックを持つ構造だった。

 あの足のギミックは、かなり厄介な代物だ。《雷歩》や《天架》のような瞬発力はないが、高速移動が持続して行えるのである。

 慣れるまで、かなり翻弄されるかもしれない。


(その上、恒力値は二万超えなんて……)


 サーシャは、静かに息を呑む。

 未知の機体に、規模が違う高出力。

 サーシャが緊張するのも仕方のないことだった。

 ――と、


『そんじゃあ、始めようぜ。サーシャ!』


 レナがそう告げた。

 彼女の方は、全く緊張していないようだ。

 まあ、彼女は、見た目こそサーシャよりも幼く見えても熟練の傭兵だ。まだ学生に過ぎないサーシャ相手に緊張するはずもないか。


『……はい』


 サーシャは、こくんと頷いた。


『レナさん。お手合わせ、お願いします』


『おう!』


 レナは、愛機の中でニカっと笑った。

 同時に、ギュルルルッと、《レッドブロウⅢ》の手甲が高速回転を始めた。


『そんじゃあ行くぜ!』


 そう告げると、レナの操る《レッドブロウⅢ》は重心を下げた。

 次の瞬間、

 ――ゴウッ!

 真紅の機体は車輪を唸らせて、高速移動を開始した。


(――速い!)


 砂煙を上げて疾走する。

 しかし、真っ直ぐには来ない。《ホルン》を中心に円を描くように加速する。

 《ホルン》も《レッドブロウⅢ》の姿を追って、方向を転換するが、移動する速度に追いついていけない。《レッドブロウⅢ》は徐々に間合いを詰めてきた。

 そして――。


『――クッ!』


 サーシャは、《ホルン》を反転させて剣を振らせた。

 かなり勘頼りの攻撃だ。

 けれど、《レッドブロウⅢ》の軌道を推測した上での攻撃でもあった。

 斬撃の軌跡は見事に的中した。――が、当たらない。《レッドブロウⅢ》の両足が唸りを上げて、機体を後方に下げたからだ。姿勢も変えずに後ろにスライドしたのである。


 どうやら、あの両足の車輪は、逆回転も可能のようだ。

 しかも、後方に回避した直後に、今度は真横にスライドして加速する。今回もほとんど姿勢は変えていない。車輪だけが向きを変えたのだ。

 サーシャは慌てて《ホルン》を方向転換させるが、機体がついていけない。視線では追えても、振り返る頃には《レッドブロウⅢ》は別の場所にいるのだ。


(……まずい! これは――)


 表情が強張ってくる。

 《レッドブロウⅢ》の速度は、例えばオトハの《鬼刃》ほどの速さはない。《天架》を用いた速度は目でも追えない速さだ。

 それに比べると、レナの《レッドブロウⅢ》は遅いのだろう。

 けれど、それは《レッドブロウⅢ》が《鬼刃》よりも劣るという意味ではない。

 目でなら追える速度というのが、《レッドブロウⅢ》の場合は厄介なのだ。

 目だけでなら追えるが、機体はついていけない。

 真紅の機体の残影に、完全に翻弄されてしまっていた。

 ――いや、その気になれば、さらに加速することも可能なのかもしれない。恐らくだが、レナは意図的に、この速度を維持しているのではないかと直感が告げていた。


 移動するだけで相手を困惑させる。

 認識できない速度も恐ろしいが、これもまた厄介な速度だった。


(……クッ)


 残影だけが、視界に映る。

 再び《レッドブロウⅢ》は《ホルン》に迫っていた。

 サーシャは、再び勘と予測に頼って愛機に長剣を振るわせた。

 ――しかし。

 ――ギャリンッッ!

 《ホルン》の斬撃は、高速回転する《レッドブロウⅢ》の手甲に弾かれてしまった。

 盛大な火花が散った。

 衝撃で右腕が強く震えるが、どうにか剣を手放なさずには済んだ。

 だが、その代償に《ホルン》は、バランスを崩して隙だらけになってしまった。

 不敵に笑って、レナが告げる。


『隙ありだぜ! サーシャ!』


『――くうッ!』


 拳を構える《レッドブロウⅢ》に、サーシャは息を呑んだ。

 直後、真紅の拳が繰り出される!

 ――ズドンッ!

 強い衝撃が奔った。

 人間でいうところの脇腹に直撃を受けた《ホルン》だが、後方に吹き飛ばされつつも、大きな損傷はない。土壇場で《天鎧装》が発動したのだ。


『――くうッ! まだまだ!』


 《ホルン》はたたらを踏みながら、体勢を整え直した――が、


(……え?)


 愛機の損傷具合を確認しようと、《星系脈》に目をやったサーシャが唖然とする。


「え? なんで?」


 困惑した。

 損傷自体は、ほとんどない。機体の全体像に紅い箇所はなかった。

 しかし、どうしてか、恒力値が大幅に減っていたのだ。

 元々、三千五百ジン程度の高い恒力値ではないが、それが今は半分以下になっている。

 自動供給で恒力値はすぐに回復していくが、困惑だけは残る。


(ど、どうして?)


 サーシャが、眉をひそめると、


『おい! 油断すんなよ! サーシャ!』


 レナが叫び、同時に《レッドブロウⅢ》が加速して、再び拳を繰り出した。

 サーシャはハッとするが、

 ――ガンッ!

 その拳は、咄嗟に動かした円盾で防ぐことが出来た。

 しかし、


「ええッ!?」


 サーシャは、目を剥いた。

 再び《ホルン》の恒力値が、ごっそりと削られたのだ。

 拳は盾で防御したのにも関わらずにだ。

 ――いや、そもそも、攻撃を受けてどうして恒力値が削られるのか?


『…………ッ!』


 《ホルン》は長剣を振った。

 その斬撃は、拳を構えた姿勢のまま後方に加速した《レッドブロウⅢ》にあっさりとかわされるが、その隙に《ホルン》は後方に跳んで間合いを取り直した。


 対峙する二機。

 神妙な様子で、《ホルン》は長剣を構え直す。

 サーシャの心には、困惑だけが残った。

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