第478話 激戦の準決勝➄
(う~ん、やっぱ効かねえか)
愛機・《レッドブロウⅢ》の操縦席にて。
操縦棍を強く握るレナは、小さく嘆息していた。
(オレの《
――《黄道法》・構築系の闘技、《砕塵拳》。
手甲の周辺に微罪な礫を構築し、拳を打ち出すタイミングで叩きつける闘技だ。
小手先の技にも見えるが、これがまた効果抜群なのである。
大きな破壊力には乏しい闘技だが、確実に装甲にはダメージを蓄積できる。
それも相手が気付かない内にだ。
レナは、初見の敵には、この闘技でまず挑むことにしていた。
だが、残念ながら《ホルン》には効果がないようだ。
(アリシア戦で見せた防御技。やっぱ、あれで相殺してるってことだよな)
恐らく、全身を恒力の防御膜で覆うような闘技なのだろう。
《砕塵拳》の攻撃力では、突破は難しいようだ。
(だったらよ)
レナは双眸を細めた。
《砕塵拳》が通じないのならば、別の手段を取るまでだ。
『――行くぜ! 相棒!』
――ゴォウッ!
両足の車輪が加速する!
重心を下げた《レッドブロウⅢ》は、一瞬で《ホルン》との間合いを詰めると、拳を突き出した。
――ズドンッッ!
強打される白い胸部装甲。《ホルン》は大きく吹き飛ばされた。
しかし、装甲にダメージはない。例の不可視の防御膜で凌いだようだ。
『なら、根を上げるまで行くぜ!』
レナの声と共に、《レッドブロウⅢ》はさらに加速する。
拳を縦にしての三連撃。順突きと呼ばれる拳撃だ。
それが、見事にすべてヒットする。
『――くうッ!』
サーシャが呻き、《ホルン》を後退させるが、その隙をレナは見逃さない。
《レッドブロウⅢ》が、両の拳を固めて間合いを詰めた。
そして――。
――ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ!
凄まじい速さで拳撃を繰り出す。
単調な攻撃ではない。フェイントも交えて隙を突く。多彩な拳の乱舞だ。
胸部に一撃を喰らった次の瞬間には、額を撃ち抜かれている。後方に跳べば追走、脇腹に一撃をもらう。拳がゆらりと動いたと思えば、頭部、胸部、腹部に三連の衝撃。
《ホルン》は為す術もなく、拳の猛攻に呑み込まれた。
『くう、あ!』
大きく揺さぶられる《ホルン》の操縦席。
サーシャは歯を喰いしばり、太股に力を入れて踏ん張った。
これだけの猛攻を受けても、《天鎧装》のおかげで大きな損傷だけは免れている。
だが、このままでは非常にマズい!
『――やあっ!』
《ホルン》は、わずかに空いた連撃の隙に、長剣を大きく振って、《レッドブロウⅢ》を遠ざける。《レッドブロウⅢ》は滑るように車輪を後進させて間合いを取り直した。
華麗なフットワークに「「「おお……」」」と、観客席から感嘆の声が上がった。
サーシャは小さく息を吐き出した。
(なんて強いの……)
グッ、と下唇を噛みしめる。
サーシャは、悠然と舞う《レッドブロウⅢ》を改めて見据えた。
(これが、レナさんの実力なんだ……)
冷たい汗が頬を伝う。
攻撃も受けていないのに何故か恒力値が減っていく現象はなくなったようだが、レナの実力は、やはりとんでもなかった。
特に手数の多さ。あまりにも巧みな動きだった。
とても鎧機兵とは思えないスムーズさで、あらゆる姿勢、あらゆる角度から拳を打ち込んでくるのだ。時折、腕が数本にも錯覚するような連撃だった。
(《天鎧装》がなかったら、とっくに終わってるよ)
サーシャは《星系脈》に目をやった。
愛機の恒力値は、現在、かなり消耗している。
謎の減衰状況は回復しても、レナの圧倒的な連撃の前に削られているのだ。
このままでは、いずれ《天鎧装》も維持できなくなるだろう。そして一度でも《レッドブロウⅢ》の拳が直撃すれば、後はもう一気に押し込まれる。
防御すらロクにできずに、拳の弾幕でねじ伏せられることは容易に想像できた。
サーシャの敗北は、すでに秒読み状態だった。
(長期戦は絶対無理。次の連撃で負けちゃう)
サーシャは《レッドブロウⅢ》を見据えながら考える。
――一体、自分に何が出来るのか。
(私に出来ることと言えば……)
《雷歩》に《雷掌》。《ホルン》の持つ《天鎧装》。
悲しくなるぐらいの選択肢の少なさだが、それがサーシャの持つ手札だった。
それを用いて出来ることとは――。
(……うん)
やはり、これしかない。
サーシャは小さく息を吐き出して、操縦棍を握り直した。
『……レナさん』
サーシャは、レナに語り掛けた。
『おう。何だ?』
一定の間合いで巡回走行を続けていた《レッドブロウⅢ》が足を止める。
サーシャは言葉を続けた。
『正直、レナさんは強いです。このままだと私に勝ち目はありません』
だから、と続けて。
『ここで、勝負に出させてもらいます』
『……へえ』
レナが、興味深そうな声を上げる。
『何をする気だ? サーシャ』
『今の私と《ホルン》だと、レナさんの速度にはとてもついていけそうにはないので』
サーシャがそう呟くと同時に、《ホルン》の両肩の付け根、それと円盾の装着部から火花が散った。次いでゴトン、ゴトンと肩当てと円盾が地面に落ちた。装甲を
さらに《ホルン》は身軽になった体で、長剣を水平に構えた。
左掌を前に、深く踏み込んだ刺突の構えである。
白い竜尾を大きく揺らして地面を強く叩き、切っ先を《レッドブロウⅢ》に向けた。
『……なるほどな』
レナが、感心したように呟く。
『そう来たか。身軽になってカウンターを狙う気だな』
『ええ。それぐらいしか、もう打つ手がないみたいですし』
サーシャは苦笑を浮かべて、そう答えた。
『出来れば、付き合ってくれると嬉しいんですけど』
『う~ん、そうだなぁ』
レナは、双眸を細めて考えた。
この状況。確実に勝利を掴みたいのなら、誘いに乗る必要はない。
このまま攻撃を加え続ければ、いずれは勝利できる。
この試合だけならば、レナはその手段を選んだだろう。
確実な手段こそ、傭兵が最も好むことだからだ。能天気にも見える陽気なレナであってもそれは例外ではない。
だが、今回は少し話が違う。
(サーシャには勝てる。けど、その後にはミランシャ、そんでアッシュもいるしな)
恐らく、決勝戦に出てくるのはミランシャだ。
ミランシャの操手としての技量は、レナにも匹敵する。
負けるつもりはないが、恐ろしく手強い相手であるのは間違いない。
そして、ミランシャとの決勝の後に待ち受けているのは、アッシュとの決闘だった。
レナの未来の旦那は、ミランシャさえも超える別格の怪物なのである。
そんな二人と、この後、戦うことになるのだ。
このままサーシャと戦い続けて、アッシュたちに自分の手の内を見せ続けることは、正直なところ、悪手と言わざるを得ない。
だったら、ここはあえて誘いに乗るのもいいかもしれない。
レナは考える。
そして、
『うん、決めたぞ』
――ギュルルルッ!
唸りを上げる《レッドブロウⅢ》の手甲。
削岩機を思わすギミックは、大気を弾くほどの高速回転を始めた。
『折角のお誘いだしな』
同時に車輪もゆっくりと動き出し、真紅の機体が静かに拳を固めた。
《ホルン》の長剣の切っ先が、わずかに揺れる。
『いいぜ。サーシャ』
愛機の中で、レナはニカっと笑う。
そうしてオズニア屈指の傭兵は、揺るぎない自負を以て応じた。
『お前が望むように、勝負に乗ってやるよ』
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