第475話 激戦の準決勝②

「ん。いよいよ本番ってやつだな。相棒」


 愛機・《レッドブロウⅢ》の操縦の中で、レナは呟く。

 グッ、パッと指を動かして、操縦棍を握りしめた。

 元々、今回の大会には、サーシャと戦うために参加したのだ。

 言わば、この試合こそが本番だった。


「まあ、ここまでは多分問題ねえんだけどな」


 言って、胸部装甲の内面に映った外の映像に目をやった。

 そこには、純白の鎧機兵の姿があった。

 サーシャの愛機・《ホルン》だ。これから戦う相手である。

 白い鎧機兵は、長剣の切っ先をこちらに向けていた。

 レナは、双眸を細めた。


(サーシャは確かに強えェ。基本に忠実な良い戦士だ)


 しかし、レナから見れば、まだまだ発展途上中とも言える。

 将来性は、間違いなくあるだろう。

 実戦経験を積むほどに、きっと強くなっていく。

 そのことは確信しているが、それはあくまで将来での話だった。


 今の段階では、まだサーシャは、レナの敵ではない。

 操手としての力量も、相棒の性能においても、レナの方が数段優れている。

 仮に百回戦えば、九十九回は、確実に勝てる相手だろう。


(問題は、アッシュの方だよな)


 奇しくも知ってしまったアッシュの今の実力。

 あれは、完全に想定外だった。

 力の底が知れない。確実に自分よりも強いと肌で感じた。


(引退して職人しているアッシュが、あそこまで強いなんて思わなかったな)


 流石は、自分が惚れた男だと誇らしくは思う。男どもの群れを薙ぎ払っていくアッシュの姿には、戦場でも感じたことのないような高揚感を覚えたものだ。

 正直に言って、興行が終わった後も、ずっとキュンキュンしていた。夜になっても、あまりに気持ちがムズムズするので、キャスリンに相談してみたら、


『ええっと、その、自分で解消するとか……』


『……それって、どうやってするんだ?』


『え? レナ? もしかして知らないの? その、やったことないの?』


『いや、キャスの言ってることは分かるんだけど、オレの故郷って、自分でそういうのを覚える前に処女を捨ててるケースが多くて、概ね初めての男から教わるんだよ』


『……君の故郷って何なんだよ……』


 そう呟いて、キャスリンは、顔色を青ざめさせていた。

 結局、キャスリンには、凄く困った顔で『それなら、今日は我慢しなよ。その、早くアッシュ君に愛されるんだよ?』と言うだけだった。

 ムズムズ問題は解決しなかったが、一晩経ったら、気分は落ち着いていた。


 とりあえず、今は体調も万全だ。

 しかし、それとは別に、やはり悩んでしまう。

 なにせ、アッシュとは、将来を賭けて、この大会の後に決闘をする予定なのだ。

 そのアッシュが、自分よりも強いとは思ってもいなかったのである。


(あの戦いは、マジでとんでもなかったからな)


 さしものレナも眉をひそめた。

 あの実力だ。苦戦することは避けられない。


 いや、苦戦どころの話ではない。

 正直なところ、レナの戦闘経験をもってしても、勝ち筋が見えなかった。


 正面から戦えば、恐らく勝機はない。

 ただ、それでも負けるつもりだけはなかった。

 自分より強い相手と戦うことなど、傭兵ならばよくある話だ。

 レナ自身も格上とは戦ったことがある。

 苦戦はしたが、その際も勝利をもぎ取ってみせた。

 要は、いかにして相手を出し抜くか。それこそが肝要なのだ。

 昨夜の夕食時も、仲間たちと対策を練ったものだ。


『……正直、店主殿の実力は、第一位と比べても、遜色、ないぞ』


『……うん。確かにえげつなかったよ』


 神妙な声のホークスに、引きつった顔のキャスリン。

 重苦しい雰囲気に、酒もあまり進まなかった。


『けど、最強はいても無敵はいねえからな。きっと手はあるさ』


 レナがジョッキを片手に言う。


『アッシュにだって弱点はあるだろうしな。けど』


 そこで、レナはキョロキョロと周囲を見渡した。


『ところでダインの奴は? 直接戦ったあいつの意見も聞きてえんだが』


『いや。それはやめてあげて』


 と、キャスリンが引きつった顔でツッコミを入れていた。

 結局、昨日は、具体的な対策はまとまらなかった。


(アッシュ戦については、今夜もまたキャスたちに相談して、戦術を練るか)


 と、前向きに考える。

 ともあれ、今は目の前の敵に集中すべきだった。


(油断して足元をすくわれるのは、オレにも言えることだしな)


 ここで負けてしまっては意味がない。

 百回に一度の敗北が、ここに来る可能性は充分にあり得るのだ。

 まずは確実に優勝すること。話はそれからだった。


『青き門より現れるは、四英雄の一人にして救国の聖女の愛娘! 駆る鎧機兵は純白の守護神 《ホルン》! 恒力値は三千五百ジン! だが、それがどうした! 自分より強い者などすべて倒してきた! 我こそは流れ星メェ―――トッ!!』


 司会者の口上と、観客の大歓声が耳に届く。

 それに呼応するように、白い鎧機兵は竜尾を揺らして、長剣を薙いだ。

 勇ましい覇気を、その動作から感じ取る。


「ははっ、やる気は充分みてえだな。サーシャ」


 レナは、不敵に笑う。


『そして赤き門より現れるは――』


 司会者の口上は続く。


『異国よりの来訪者! 可憐にして苛烈なる戦場の姫君! 駆る鎧機兵は千手の武神 《レッドブロウⅢ》! その恒力値は、驚くべき二万三千ジン! 本大会における堂々の第一位だ! 千の拳で粉砕せよ! 麗しきレナ――――ッッ!』


 その口上に合わせて、レナは、愛機の両の拳を胸元で、ガンガンと叩きつけた。

 観客たちは、大いに盛り上がった。


「さて。そんじゃあサーシャ」


 レナは、不敵な笑みを浮かべたまま告げる。


「オレたちの決闘を始めようじゃねえか」

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