第六章 激戦の準決勝

第474話 激戦の準決勝①

 翌日。

 《夜の女神杯》の三日目。

 最終日であるその日も、闘技場は大盛況だった。


 初日、二日目同様に会場の客席は満席。

 その上、ボルテージの上がり方は、これまで以上である。


 ただ、ガヤガヤと騒ぐ観客たち――特に男――の中には、湿布や包帯を巻いていたりする痛々しい姿の人間が多かった。昨日の喧嘩祭りの参加者たちだ。


 痛々しくはあるが、力を尽くしたような、清々しい顔をしている男たち。

 昨晩は参加者たちで集まり、大宴会を催したとのことだ。

 彼らの絆は、この上なく深まっていた。


 そんな中、疲れた様子で席に座るのが、アッシュだった。

 昨日の大乱闘。驚くべきことに、アッシュは腕や顔に細かい擦り傷などはあったが、ほぼ無傷の姿でこの場にいるのだ。

 周囲は、そんなアッシュに畏怖さえ抱いていた。


「……鬼だ。鬼の師匠だ」「……人間を流れ星にする師匠だ」「自分の女たちに手を出す野郎は容赦なく星に変える師匠だ」


 流石に、その評価はないと思う。

 あれは売られた喧嘩だというのに。


「……アッシュ」


 隣に座るサクヤが、周囲の小声にぶすっとした面持ちでいるアッシュに苦笑を零した。


「アッシュは昔から強かったけど、もう人間辞めていない?」


「ふん。何を言うか。クラインだぞ」


 サクヤの右隣に座るオトハが、腕を組んで鼻を鳴らした。


「素人百人ぐらい捌けるさ。木剣を使ってもいいのなら、私にだって出来る」


「……オトハさんも充分人間を辞めていると思う」


 と、アッシュの隣に座るユーリィが言う。

 しかし、ぶっきらぼうな台詞の割には、彼女の視線は嬉しそうだ。

 理由は簡単。アッシュが、あのウザいエドワードを懲らしめてくれたからだ。

 塵にまでしてもらえなかったのは少し残念だったが、「俺の女に手を出すな」と態度で示してくれたようで、ユーリィは昨日からずっとご機嫌だった。

 今も、時々アッシュの腕をギュッと掴んで、ご機嫌なことを主張する。まあ、流石に膝の上にまで移動しようとすると、コツンと額を突かれて止められてしまったが。


「………はァ」


 一方、アッシュ本人としては、多少の気落ちはやむを得なかった。

 正直に言えば、馬鹿な真似をしてしまったと思う。


「まあ、ヘコんでも意味はねえか」


 済んでしまったことは、もう仕方がない。

 アッシュは、気持ちを切り替えることにした。


「いよいよ残り三戦か」


 すうっ、と双眸を細める。

 その視線は、ビッグモニターを見つめていた。

 そろそろ、あの画面に対戦表が映し出されるはずだ。

 サクヤたちの興味もモニターに移る。と、


「……お」


 アッシュは、声を零した。

 真っ黒だったビッグモニターの映像が、遂に映ったのだ。

 そこには、今日の第一試合に出る選手たちの名が表示されていた。

 アッシュは、その画面を凝視した。

 そして――。


「……こう来たか」


 ポツリ、と呟く。

 ユーリィや、オトハ、サクヤも神妙な顔をしている。


「……こうなるのは、少し意外だった」


「けど、今回の件って、この二人が切っ掛けだよね」


「……相変わらず、フラムは引きがいいのか悪いのか分からんな」


 三人はそう呟く。

 ――サーシャ=フラム、対、レナ。

 ビッグモニターには、そう記されていた。

 ある意味、因縁の二人だ。

 この二人こそが、今回の一件の始まりなのだから。


「相手はレナか……」


 アッシュは、細く目を細めた。


「これは正念場だぞ。頑張れよ、サーシャ」


 小さな声で、愛弟子にエールを贈った。



       ◆



 ふうっ、と小さな息が零れる。

 その時、サーシャは青門の入り口にいた。

 すでに操手衣にも着替えている。

 門の向こうの会場からは、観客たちが大いに沸く声も聞こえてくる。

 誰もが、試合が始まることを期待して待っているのだろう。

 ふうっ、と再び息を零す。

 流石に、緊張が隠せなかった。


(……レナさんか)


 残り三人の選手は全員が強い。

 そして、その中でもレナは恐らく最強だろう。

 操手としての力量は、ミランシャの方が上かも知れないが、ミランシャが今回の大会で使用している機体は、やはり不慣れな借り物である。本来の愛機で参加しているレナの方が、かなり分があると言える。

 ルカを制したシェーラも侮れないが、流石にミランシャやレナほどではない。


 現状、最有力優勝候補はレナなのである。

 サーシャは、思わず「う~ん……」と唸った。

 残り三人の中から、いきなり最強の相手を引き当てるのだから、自分のクジ運はどうなっているのだろうかと思う。


(だけど)


 サーシャは面持ちを改めて、拳を固めた。

 元々、今回の大会に、レナを誘ったのは自分なのだ。

 そういった意味では、これはサーシャ自身が望んでいた状況とも言える。

 強敵ではあるが、レナと直接勝負できることは、むしろ幸運なのかもしれない。


(勝てるかどうかは分からない。ううん)


 サーシャは、かぶりを振る。


(負ける可能性の方がずっと高い。だけど)


 自分もまた、この日のために努力してきたのだ。

 その努力は、自分の中に確かに息づいている。


「……よし」


 サーシャは力強く頷いた。

 その時、


『それでは両選手! 入場お願いいたします!』


 司会者の声が響く。

 サーシャは、門の先を静かに見据えた。

 そうして、彼女は挑戦の一歩を踏み出した。

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