幕間二 贈り物

第473話 贈り物

「……お、おい」


 その日の夜。

 珍しく、ゴドーは頬を引きつらせていた。

 場所は、最近よく通っている市街区の酒場。

 そこには、旧友の姿があった。


「ア、アラン?」


 先日のように、カウンターにアランは座っていた。

 ただ、その顔が凄かった。

 右側が、パンパンに膨れ上がっているのだ。

 白い湿布を貼っているが、あまりにも痛々しい顔だった。

 その上、アランは仏頂面である。


「どうした? その顔は?」


 アランの隣に座り、ゴドーが尋ねる。

 アランは、ぶすっと答えた。


「……あの野郎にやられた」


「……は?」


 ゴドーは一瞬目を瞬かせるが、すぐに悟る。


「おい。お前、まさかあの乱闘に参加していたのか?」


 今日の大会で、突如始まった大喧嘩祭。

 ゴドーも参加したかったが、ラゴウに本気で止められて参戦できなかった。

 しかし、まさか、現役の騎士であるアランが参戦していたとは……。


「………」


 アランは無言だ。

 ただ黙って、グラスに注がれた水を呑む。

 ゴドーに一人で呑むなと止められていたため、水で誤魔化していたのだ。

 ゴドーは嘆息する。


「やっぱり、サーシャちゃんのことか?」


「………」


 アランは答えない。

 ゴドーは深い溜息をついて、額に手を当てた。


 ――愛娘に近づく憎き男。

 あの大乱闘に紛れ込んで、一発殴ってやろうと考えたのだろう。

 しかし、結果は無残な返り討ち。


「無茶するなあ、お前……」


 あの男は、ゴドーの目から見ても破格だ。

 たとえあの人数でも押し切れない。

 結果、今日の闘技場は、死屍累々の状況となったのだ。


「奴が、化け物なのは見ていて分かるだろう」


 恐らくアッシュ=クラインの方には、サーシャの父を殴り飛ばしたという認識もないだろう。なにせ、あの人数だ。流石に相手の顔を確認する余裕はなかったはずだ。

 そもそも、アッシュはアランの顔を未だ知らない――実は殴り飛ばした瞬間が初対面だったりする――のだが、流石に、ゴドーもそこまでは知らなかった。


「――くそう!」


 ――ドンッ!

 アランは、両手をカウンターに叩きつけた。


「ヘルムさえ! ヘルムさえあれば!」


「いや。お前ら一族のヘルムに対するその絶大な信頼は何なんだ?」


 ゴドーは、呆れたように呟く。


「やれやれ、愚痴ぐらい聞いてやるよ」


 そう言って、ゴドーは酒を注文した。

 あまりアルコール度の高くない酒を二人分だ。


「まあ、呑めよ」


 今日は俺の奢りだ。

 そう告げる。

 アランは、前に出されたグラスの酒を一気に呑み干した。

 ゴドーもクイッと一口、口につける。


「……ほう。意外といけるな」


「……むう」


 ゴンっ、とアランがグラスをカウンターに強く置く。

 その目はすでに座っていた。

 酒に弱いのは相変わらずのようだが、まだ意識はしっかりしている。


「何なんだよ、あいつは。あのえげつない強さは」


「……まあ、あの男はな」


 裏会社で最も恐れられている男。

 当代最強の《七星》。

 本来は、こんな田舎にいるような人物ではない。

 まあ、破格といった意味では、ゴドーもそうなのだが。


「世の中、反則的な存在はいるってことだ。それよりもだ」


 ゴドーは、今夜の本題を告げた。


「今日の大会も凄かったな。あの操手衣は実に素晴らしい。なあ、アラン」


 ゴドーは、アランの顔を探るように見て尋ねる。


「お前、誰が好みだった?」


「……あン?」


 アランは、座った目でゴドーを睨みつけた。


「好みだ? そんなのエレナに決まってるだろ!」


「いや、奥方殿のことではない」


 ゴドーは嘆息した。


「大会に参加した選手の話だ。正直、お前の好みは誰だった?」


「……むむ?」


「ただの与太話だ。付き合ってくれてもいいだろう」


 言って、ゴドーはもう一杯酒を奢った。

 簡単に潰れてしまうアランだが、多少は酔っていた方が口も軽くなるものだ。


「この程度の与太話なら、奥方殿も笑って許してくれるだろう」


「……むむ。そうだなあ」


 早速酔いが回ってきたのか、アランが座った目で語る。


「強いていうのなら、スコラ選手だな」


「………ぬ」


 ゴドーは呻く。

 出来れば、『彼女』の名前を言って欲しかったが、流石に無理か。


「他には誰かいないのか?」


「……そうだな」


 ヒックとしゃっくりを上げつつ、アランは選手の名を告げる。

 続けて挙がったのは、一回戦でサーシャと戦ったラスティ=グラシル選手。

 次に出て来たのは、異国から出場した女傭兵。一回戦で敗退した選手だ。筋肉質だったが、大きな胸を持つ選手だった。

 そして最後に挙がったのが、悩んだ末でのレナ選手だった。

 悩んだのは、彼女がまるで少女にしか見えない容姿だったからだろう。


(……むむ。こやつ)


 ゴドーは、瞬時に見抜いた。

 いま挙げられた彼女たちの共通点とは――。


(……やはり、おっぱい好きなのか!)


 ゴドーは、アランの亡き妻であるエレナ=フラムの容姿までは知らない。

 しかし、明らかに母親似のサーシャの容姿を見れば、どのような美女だったか想像するのは容易だ。きっと、素晴らしいお胸さまをお持ちになられた方だったのだろう。


(……ぬうゥ、しかし、アランがおっぱい派であると……)


 ゴドーは、眉間にしわを寄せた。

 ゴドーの個人的な意見や嗜好としては、それを否定しない。

 むしろ、どちらかと言えば、ゴドーもおっぱい派だった。

 十三人(※二人は予定)の妻たちも、おっぱいが大きい者の方が多い。

 例外は七番目の妻と、十三番目予定のミランシャぐらいだろう。

 ただ、彼女たちにしても、決してスタイルが悪い訳ではない。

 今日のミランシャのしなやかな美しさなど、改めて惚れ直したぐらいだ。

 あれは、本当に素晴らしかった。


(う~む、実に撫でまわしてみたい……っと、思考が脱線したな)


 閑話休題。

 いま問題なのは、アランの好みだった。


(このままではまずいな)


 ゴドーは考えた。

 そして今度は少々きつめの酒を注文する。

 ボトルで出してもらったそれを、アランのグラスに注いだ。


「いいか、よく聞け。アラン」


「……ん?」


 グラスに注がれた酒を呑み、ますます目が座ってくるアラン。

 ゴドーは語り続ける。


「確かに、おっぱいは素晴らしいものだ」


「おう! エレナのおっぱいは世界一だったぞ!」


「そ、そうか。だが、思い出すんだ」


 ゴドーは、トクトクとさらに酒を注いだ。


「奥方殿の魅力はそれだけだったか? 思い出せ。彼女の肢体を。主にその脚と背中をだ」


「おお? エレナの脚かぁ……」


 アランはグラスを呑み干し、にへらと笑った。


「もちろん素晴らしかったぞ! うん! 素晴らしかった!」


「そうか!」


 ゴドーは破顔した。

 それから、アランの顔に指を突き出し、


「いいか。アラン。それを忘れるな。お前は美脚が好きなのだ」


 そう告げて、ゆっくりと指先を回し始める。


「いいか。お前は脚が好き。背中が好き。腰のラインが好きなのだ」


「お、おう? 好き? 脚? 腰?」


 アランは、反射的にゴドーの指先を目で追った。

 そして何週かしたところで、

 ――バタンッ、と。

 いつぞやの日のように、カウンターに突っ伏した。

 ゴドーは、まじまじと旧友を見た。

 しばらくして、寝息が聞こえてくる。

 ゴドーは額を片手で拭い、ふうっと息を吐いた。


「効果があればよいのだが……」


「……いえ。主君」


 不意に、背後から声を掛けられる。

 ゴドーが振り返ると、そこにはラゴウがいた。

 ラゴウは、顔に手を当てて呻いていた。


「一体、何をされておられるのですか」


「いや、せめて気休めでもな」


 ゴドーは苦笑をする。


「ここまで来たのだ。やはり彼女には本懐を遂げて欲しいではないか」


「それは、吾輩も思いますが……」


 ラゴウは、渋面を浮かべた。

 何だかんだで生真面目な彼は、最もノリが悪い《妖星》だった。


「まあ、いいさ。それよりラゴウ」


 ゴドーは問う。


「例の物は入手できたのか?」


 その問いかけに、ラゴウは「はい」と答えた。


「第2支部に掛け合ってどうにか。転移陣で送らせました」


「そうか」


 ゴドーは立ち上がった。

 続けて、酔い潰れたアランを背負う。


「では、アランをガハルドの奴にでも押し付けたら早速行くか」


 アランを背負い直し、ゴドーは笑う。


「アランの二人目の女神の元に。俺からの必勝のプレゼントを贈りにな」

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