第472話 我ら、愛の六戦士!⑥
闘技場は静かだった。
本大会には、様々な観客たちがいた。
純粋な闘技場のファンたちが多いのも事実だが、本大会は女神の闘宴。
そこには、出場選手を目当てにした男性客も多かった。
当然、そんな彼らには推しもいる。
救国の聖女の忘れ形見。サーシャ=フラム。
凛々しき侯爵令嬢。アリシア=エイシス。
愛くるしいお姫さま。ルカ=アティス。
空飛ぶ看板娘。ミランシャ=ハウル。
異国からきた美貌の傭兵。レナ。
さらには選手とは関係なく、綺麗すぎる女性教官で知られるオトハ=タチバナのファンや、クライン工房の看板娘であるユーリィ=エマリアのファンもいた。
その他にも、第一戦で奮闘したシャルロット=スコラのファンもいる。彼女がクライン工房の住み込みメイドさんであることを、知る者は知っていた。
いずれも劣らぬ美貌と魅力を持つ女性たち。
彼女たちに、本気の想いを抱く者たちは少なくない。
だが、彼女たちには噂があった。
なんと、全員が一人の男の嫁だというのだ。
――いや、彼女たちだけではない。
最近では、長い黒髪の少女が、彼と仲睦まじそうな様子で歩いていた姿を、何人もの人間が目撃している。そう。この大会でも彼の傍らにいる少女だ。
彼女もまた、もの凄いレベルの美少女だった。
今回、彼らは期待していた。
なにせ、六対一だ。いかにあの青年が最強といっても一矢報いるのではないか。
そう密かに期待していたのだ。
しかし、結果はこれだ。
彼らの失意、絶望はとても深く、重く……。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!』
その時、雄たけびが上がった。
六戦士の一人、ライザー=チェンバーの咆哮だ。
観客たちはハッとする。
――何を勝手に絶望しているのか。
仲間を失おうとも、まだ戦士たちは戦っているのだ。
観客――男たちは立ち上がった。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ」」」
会場に咆哮が轟く。
それはもはや応援などではなく、共に戦場に挑む鬨の声だった。
男性客たちは互いの肩を組み、ガガッ、ガガッ、ガガッと強く足踏みをし始めた。
なお挑む戦士たちに、渾身のエールを贈っているのだ。
一方、女性客はドン引きだった。
「「「行っけええええええええええええええええ―――ッッ!」」」
同志たちの魂の応援を背に、ライザーの愛機・《クイック》が駆け出した。
その名が示す通り、《クイック》は速度重視の軽装型だ。
騎士団でも屈指の速さで間合いを詰める!
しかし、振り下ろした剣は、あっさりと《朱天》の左拳でへし折られてしまった。
『――まだだ!』
ライザーの心は、それでも折れない。
《クイック》はその場で踏み込み、左手の盾を振りかぶった。
――ズドンッッ!
早さ重視の軽い拳撃のはずなのだが、その威力は砲弾だ。鋼の拳は盾を陥没させた。
その瞬間だった。
――バシュウウゥゥ!
『――なにッ!』
アッシュは目を剥いた。
突如、盾から大量の煙幕が噴き出したのだ。
闘技が使えないのをギミックで補う。
そう考えていたのは、ザインだけではなかったのである。
このままでは視界を煙幕で覆われてしまう。《朱天》は後方に退避しようとした――が、
――ガッ!
右腕を拘束された。
ライザーの《クイック》が、両腕で《朱天》の右腕にしがみついてきたのだ。
同時に《クイック》の背中から、赤い光が溢れ出す。
『ダイ――――ンッ!』
ライザーは叫ぶ!
『行けえェ! これが最後の
そう告げると、煙幕が完全に《クイック》と《朱天》を覆った。
だが、《クイック》の放つ赤い光のおかげで、二機の居場所だけは分かる。
『分かったっすよ! ライザーッ!』
ダインは、戦友の決死の覚悟を汲み取った。
愛機・《ダッカル》を加速させる。しかし、正面からは行かない。弧を描いて疾走。車輪で砂煙を巻き上げて急旋回、背後から《朱天》へと突進する!
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」
会場も《ダッカル》の背中を押した。
そして突撃槍が煙幕の中に特攻しようと、その時だった。
煙幕内の《朱天》のシルエットが、微かに動く。
わずかに片足が浮かせて、地面を踏み抜いたのである。
途端、
――ズズンッと。
闘技場全体が揺れた。
『え? う、うわっ!?』
動揺するダイン。
唐突な振動に、《ダッカル》はバランスを崩した。
『な、な、なッ!?』
動揺はまだ収まらない。
――と、
ズオォっ、と。
漆黒の鬼が煙幕を突き破って現れた。
ダインが目を瞠ると、鬼は『うわっ!? うわっ!?』と動揺する《クイック》を右腕一本で持ち上げて《ダッカル》に投げつけてきた。
『うわあああッ!?』『うおッ!?』
――ドガンッ!
避けることも出来ず、二機は重なるようにぶつかった。
そして次の瞬間、
――バキンッ、ゴキンッ!
二機の頭部は《朱天》によってもぎ取られていた。
視界が一瞬で暗転したライザーとダインは言葉もない。
「「「うわあああああああああああああああああああああああああ――ッッ」」」
観客たちの嘆きの声だけが耳に届く。
『これで終わりだな』
アッシュの声も聞こえてきた。
その声に、ライザーはグッと拳を固めた。
そして胸部装甲を開く。
「まだだ! 師匠!」
ライザーは、機体から飛び出した。
「まだ決着はついていない! 俺にはまだこの拳がある!」
「――そうっす!」
ダインも、機体から飛び出して叫んだ。
「オイラたちの心は、まだ折れていないっす!」
ダインもまた拳を固めた。
それに呼応するかのように、
「そう言えば、お前と拳を交えたことはないな」
筋肉紳士・ザインも、拳を鳴らして現れた。
「俺たちもだ!」
エドワード、ロック、ジェイクも、いつの間にか機体から降りていた。
「……師匠。胸をお借りします」
ロックが、静かに頭を下げた。
「……無茶だって、コウタからは忠告されているんすけど」
ジェイクは、ボリボリと頭をかいて笑う。
「それでも、オレっちも退けないんで」
今なお戦意を見せる六人に、
『……お前らな』
アッシュは、深々と嘆息する。
「なんすか? 拳だと怖いんすか?」
ダインが挑発する。アッシュはますます嘆息した。
『やれやれだな。まあ、今日ぐらいはとことんお前らに付き合うのも悪くないか』
言って、アッシュも《朱天》の胸部装甲を開けた。
「「「おおッ!」」」と観客席から声が上がる。
「けどな」
アッシュは、ボキボキと拳を鳴らした。
「拳を使う以上、ガチで痛い目にあうのは覚悟しとけよな」
「見くびるなよ。お前こそ覚悟しろ!」
ザインが吠える。
その声に観客たちは一斉に動いた。
次々と会場の出口に向かう。舞台へと行くつもりなのだ。
「行くぞ! 俺らもだ!」「ああ! 師匠の顔に一撃を!」「おうよ! あいつらだけを死なせねえ! 死ぬ時はみんな一緒だ!」
そんな声が上がっていた。
『お、お客さま!? お客さま! 席から立たないでください!』
司会者やスタッフ、警護を担当していた騎士たちが止めようとするが、熱を帯びた男たちは止まらない。
そうこうしている内に、第一陣が
「サーシャちゃんは渡さねえ!」「ユーリィちゃんをオレにください!」「ルカたんに頭を撫でて欲しいよお!」「おい、師匠! こないだ、ふらふらのオトハさんと一緒に宿から出てくんのを見たぞ! てめえ、オトハさんにはもう絶対手ェ出してんだろ!」
身も蓋もない願望から、何気に事実まで。
様々な声を上げながら、男たちはアッシュに襲い掛かった。
アッシュとしては流石にうんざりしてくるが、
「ああ! ったく! もう誰でもいいから掛かってこい!」
拳で迎え撃った。
かくして、たった一人相手に、百人越えで挑む大乱闘が勃発した。
結果としては、死屍累々の山が築かれるだけとなったのだが。
この日、男たちは身を以て思い知ったのだ。
――師匠の嫁たちに手を出すとただでは済まないと。
一方、場所は変わり。
闘技場内にある選手用の控室にて。
サーシャたちは、混沌と化した舞台の様子に、ただただ頬を引きつらせていた。
全員揃って、モニターを前に口を開けている。
目の前では、人間がギュルルルルッと飛んでいた。
「あ、あの、ミランシャさん」
サーシャは、引きつった顔でミランシャに尋ねる。
「その、告白されたみたいですけど、どうするんですか?」
「どうするも何も……」
ミランシャは、困った顔を見せた。
「無理よ。分かるでしょう。ライザー君は良い人だとは思うけど」
「……そうですよね」
アリシアも呟く。次いで、視線をレナの方に向けた。
「レナさんもですね。レナさんの仲間の人だけど」
「おう。無理だな。だって、オレはアッシュの女だし」
二パッとレナは笑った。
「まあ、ダインは良い奴だからすぐに女は出来るよ。けど」
そこで、レナはモニターに視線を戻した。
その眼差しは、拳を振るうアッシュに釘付けだった。
「アッシュが、あそこまで強かったのは想定外だったな。ちょっと信じられねえレベルだぞ。オレでも勝てねえかもしんねえ。どうしよう。それに――」
レナはそこで自分の腹部辺りを両手で押さえて、もじもじし始めた。
「アッシュを見てると、ここら辺がキュンキュンする」
「――レナさん!?」
サーシャが顔を真っ赤にして、レナの方に振り返った。
サーシャだけではない。この場にいる女性選手全員が顔を真っ赤にしていた。
特に、
「そ、それは……」「な、何考えているのよ」「そ、それは言っちゃダメです……」
アリシア、ミランシャ、ルカは真っ赤な顔に加えて、もじもじしていた。
「ダ、ダメです。それは口にしちゃダメな台詞です」
もちろん、サーシャもだ。
控室は、そのまま静寂に包まれた。
『うぎゃああああ!』『怯むな! 相手はたった一人だ!』
乱闘の声だけが、モニターから届く。
全員がモニターに視線を向けた。
その光景は、まさに最強の王者による殲滅だった。
「……アッシュさん、相変わらずよね」
ポツリ、と呟くアリシアに、
「……うん。そだね」
そう頷きつつ、知らず知らずの内に、自分の指先がゆっくりと腹部に向かっていることに気付き、サーシャはハッとした。
「だ、だけど!」
サーシャは、声を張り上げた。
次いで、ブンブンと頭を振ってから、三人の女性に目をやった。
ミランシャとレナ。
そして、シェーラの三人だ。
彼女たちはサーシャの眼差しから、彼女の言いたいことを察した。
「……確かにね」
ミランシャが頬をかく。
「まあ、流石にこれはなあ……」
レナも珍しく嘆息した。
最後にシェーラが、
「……やりにくいのであります」
ポツリとそう呟いた。
明日の準決勝と、決勝。
このテンションの後で試合をやれというのか。
どうにも気まずい雰囲気だった。
『――ぎゃああああッ!?』
モニターでは、また人が飛んでいった。
それでも男たちは怯まない。
何度吹き飛ばされても互いに肩を貸し、果敢に最強の王に挑んでいる。
もう、主役は誰なのかといった趣だった。
重い沈黙が降りる。
そして、
「ま、まあ、明日も頑張りましょう!」
とりあえず、そう告げるサーシャであった。
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