第471話 我ら、愛の六戦士!➄

(ななな、何すか! こいつは!)


 ダインは、息を呑んだ。

 元傭兵で元騎士。

 その話は聞いていた。しかし、この機体は何なのか……。


 ――三万八千ジン。

 ダインが敬愛するレナの愛機でさえ、こんな恒力値は持っていない。

 その上、あの速度で投擲された槍をあっさりと受け止め、流れるような動きで《衝伝導》――衝撃のみを直接相手に流す《黄道法》を使った。


 あの動きを見れば分かる。

 破格の性能の機体に頼った動きではない。

 あの男自身が、一流以上の技量の持ち主だと、悔しくも理解した。


(こいつは、レナさんのことを狙った、ただのハーレム野郎じゃねえんすか!)


 冷たい汗が止まらない。

 握りしめる操縦棍と手の間にも汗が滲んでくる。


 ――こいつはヤバい……。

 現役の傭兵だからこそ、敵の強大さをひしひしと感じた。

 今までの経験が、逃げろ、逃げろと叫んでいるのが分かる。


 ――だが。

 脳裏に、満面の笑みを見せる団長の姿がよぎる。


(レナさん!)


 ダインは、心の中で鳴り響く警鐘を抑えつけた。

 このままでは、彼女は確実にこの男の手に落ちる。

 それだけは、断じて許容できなかった。


(オイラに勇気を!)


 ダインは、愛機・《ダッカル》を疾走させた。

 車輪が土煙を巻き起こし、《ダッカル》は一気に加速する!

 敵機を中心に、弧を描いて疾走。背後に回ると突撃槍を立てて突撃した!

 ――しかし、

 ――ズドンッッ!


(うおっ!?)


 漆黒の鬼は、振り向くこともなく、尾の動きだけで槍を弾いたのだ。

 あまりの膂力差に、《ダッカル》は突撃槍ごと吹き飛ばされてしまった。


(こいつ、後ろに目でも付いてるんすか!?)


 驚愕する。が、次の瞬間には息を呑んだ。

 拳を固めて鬼が振り向いたからだ。

 《ダッカル》は態勢を整え始めたばかりで迎撃など出来ない。


(ヤ、ヤバい――)


 ダインは青ざめる。

 だが、追撃はこなかった。

 僚機――《グランジャ》と《クイック》が、鬼に攻撃したからだ。

 二機は手斧と剣で果敢に挑んでいく。


『す、すまねえっす!』


 僚機たちに感謝を告げる。

 その間に《ダッカル》は態勢を整え直した。

 正直、戦力とは考えてなかった同志たちに、心から詫びる。

 彼らの動きも、ダインの想像以上だった。


 学生だと聞いていた《グランジャ》の操手――ジェイク。

 田舎騎士だと当てにもしていなかった《クイック》の操手――ライザー。

 的確な指示を出すデューク。

 そして散ってしまったが、エドワードとロックもそうだ。


 全員が、ダインの想像を超えていた。

 全員が、敵の強大さを理解していたのだ。


 一番覚悟が出来ていなかったのは、ダインだった。


(本当にすまねえっす! みんな!)


 今回限りの仲間たち。

 だが、今は共に強大な敵に立ち向かっている。

 ダインは、戦友たちに心から感謝した。


『うおおおおおおお―――ッッ!』


 ダインは、雄たけびを上げて戦線に復帰した。

 対峙するのは三機。

 突撃槍、手斧、剣。絶え間なく繰り出される攻撃。

 しかし、流水のように動く、鬼の両腕の防御を崩すことが出来ない。


(化けモンっすか!)


 ダインが歯を軋ませた、その時だった。


『みんな! 三秒だけ踏ん張ってくれ!』


 ジェイクが突如、叫んだ。

 ダインとライザーは、仲間の少年の言葉を即座に応えた。

 さらに速度が上がる突撃槍と剣の猛攻。

 その隙に《グランジャ》は、大きく間合いを取った。


 そして――ズガンッッ!

 外套をなびかせて《グランジャ》は飛翔した。


 上空十セージルほどだ。《雷歩》を使った跳躍だった。


「「「おおおおおッッ!」」


 観客たちの視線が上空に集まる。

 すると、《グランジャ》は外套を翻した。隠された左腕が解放される。

 それは、巨大な砲身だった。

 《グランジャ》は、砲口を眼下に向けた。


『みんな! 散ってく――え?』


 漆黒の鬼を足止めしてくれている仲間たちに、散開を告げようとしたジェイクだったが、そこで思わず唖然とした。

 突如、目の前が暗くなったからだ。

 それは《朱天》の掌だった。

 漆黒の鬼が跳躍し、《グランジャ》の頭部を掌握したのだ。


『砂漠でもねえ場所で、鎧機兵が外套を着んのは大抵何かを隠しているからな』


『……それ、前にも言われたことがありますよ』


 ジェイクは「はあ……」と嘆息した。

 直後、愛機の視界が完全に消える。《朱天》に頭部を潰されたのだ。

 続けて《朱天》は《グランジャ》の胴体を抱えると、地面にズズンと着地した。


『ここまでだな。ジェイク』


 ズシン、と《グランジャ》を地面に落とす。


『お前も、ロックたちと並んで端っこにいろよ』


『……うっす。分かりました』


 ジェイクは脱力しながら、そう答えた。

 これでもう残すは三機。

 会場の皆がそう思った瞬間だった。


『《貫き通すはノブリス――』


 不意に声が響く。

 次いで、ゴウッと炎が噴き上がった。

 それは今まで唯一戦闘に参加していなかった《デュランハート》の背中からだった。

 紳士型鎧機兵は、杖で刺突の構えを取っていた。

 しかも、その杖は、柄の部位から高速回転をしている。


貴き誇りオブリージュッッ》!』


 そして《デュランハート》は跳躍した。

 背中から勢いよく噴き出す炎で加速した跳躍だ。

 高速回転する杖は、《朱天》の喉元に迫る――が、


『やっぱ、お前は狸だよな』


 その一撃さえも《朱天》は凌いだ。

 回転する杖を――《デュランハート》の突撃を右腕だけで受け止めていた。

 わずか三セージルほどの火線を引くだけで、完全に停止させる。

 そして左掌は《デュランハート》の胸部に添えられていた。


『密かに、ずっと狙っていた訳か』


 アッシュは、言う。


『闘技が使えねえのをギミックで補ったのか。しかも、俺が油断する瞬間を狙って、司令塔自らが特攻かよ』


『ああ……くそ。やっぱ無理だったか』


 ザインが無念そうに呟く。アッシュは苦笑した。


『お前が一向に手を出してこねえのが、逆に気になってたしな。けど、そのギミックは俺も知らねえな。どこで組み込んでもらったんだ?』

『街の工房でだよ。お前への秘密兵器をお前に仕込んでもらう訳にもいかないしな』


 ザインも苦笑を浮かべた。


『アリシアさんの件、ちゃんと説明しろよな』


『ああ、分かっているよ。後でな』


 アッシュがそう答えた瞬間、

 ――バカンッッ!

 《デュランハート》の胸部装甲が砕け散った。


『こ、これで四人目……』


 司会者が息を呑んで告げる。


『な、なんということなのか。次々と散っていく戦士たち。俺の嫁たちに手を出すことは許さない。これが獅子の尾を踏むということなのか……』


『おい待て。何だそのナレーションは』


 流石にアッシュがツッコミを入れるが、司会者は何も答えなかった。

 それは会場全体も同様だった。

 漆黒の鬼の、圧倒的なまでの格の違いに。

 観客たちは息を呑み、会場は静寂に包まれていた。

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