第470話 我ら、愛の六戦士!④

 その時、彼は立ち上がった。

 そして叫ぶ。


「――逃げろ! ダイン!」


 ホークスの声だ。

 彼は、切羽詰まった顔で舞台を見据えていた。


「そいつは、マズい! 戦っては、いけない相手だ!」


「ちょ、ホークス!?」


 隣に座るキャスリンが焦った声を上げた。


「ど、どうしたんだい?」


「……あれは、マズい……」


 ホークスは、冷たい汗を流していた。

 その双眸には、漆黒の鎧機兵を映しこんでいる。


「操手が乗って、ようやく、理解した。あれは、正真正銘の怪物、だ」


「た、確かに、三万ジン超えなんて想定外だけどさ……」


 キャスリンも、黒い鎧機兵を見据えた。


「勝負は、恒力値だけで決まるものじゃないよ。何よりあそこまで異常な恒力値だと、操縦だって大変だよ。ダイン君にだって勝ち目は……」


「……無理だ」


 ホークスは、かぶりを振った。


「俺の……本能が告げて、いる。あれはマズすぎる。仮に、俺が、あれと戦場で遭遇したとしたら、即座に逃走を考えるレベル、だ」


「……マジで?」


「……マジだ」


 頬を引きつらせるキャスリンに、ホークスは頷いた。

 ――と、その時だった。


『うおおおおおおおおおおおおおおッ!』


 雄たけびが轟く。

 戦場に立つ一機。《アルゴス》に乗るエドワードの声だ。


『燃え上がれ、俺の恋心ココロ! 今こそ究極のくらいにまで目覚めるんだッ!』


 ブンッ、と《アルゴス》の両眼が輝き、


『この一撃に、俺のすべてを賭ける!』


 エドワードは、まるで物語の主人公のような台詞を吐いた。


「「「おおっ!」」」


 エドワードの覇気に、観客たちが大いに期待した。

 その期待を背負って、《アルゴス》が強く踏み込んだ。

 右腕を大きく振りかぶり、


『貫けえええええええ―――ッッ!』


 全身の人工筋肉はおろか、鋼子骨格まで軋ませて槍を放つ!

 その光景はまるで一筋の流星だ。

 渾身の一撃が、漆黒の鬼の胸板へと迫る!

 ――が、


『いや。なんでお前は攻撃する前に宣言するんだ?』


 素朴な疑問をぶつけつつ、《朱天》は飛んできた槍をあっさりと片手で掴み取った。

 次いで、ポイっと上に槍を放り投げると、穂先を指先で摘まんだ。


『とりあえず、修業して出直してこい』


 アッシュがそう告げた直後、穂先を摘まんだ《朱天》の手首が消えた。


 ――ズガンッッ!

 一瞬後、《アルゴス》が仰け反り、そのまま壁にまで吹き飛んだ。

 頭部に深々と槍が突き刺さり、完全に壁に縫い付けられていた。

 まるでダーツでも投げるように、《朱天》が指先だけで槍を投げ返したのである。


『うわああああッ!? いきなり一機散ったあああ!?』


 すでに、安全な舞台の端にまで移動した司会者が絶叫を上げる。


『な、何言ってやがる! 俺はまだ行ける! 胸部装甲を外せば――』


 と、エドワードが叫ぶが、


『ああ~、流石にそれはダメだぞ。胸部装甲なしでの戦闘は認めねえからな。闘技場の規定でもそれは記載しているだろ?』


 アッシュが、そう言って止めた。

 流石に操手が剥き出しでは、何が起こるか分からない。


『そもそもお前、この一撃にすべてを賭けるとか言ってたじゃねえか』


『いや、言いましたけど!』


 エドワードは『のおおおおッ!』と叫んだ。


『じゃあ俺の出番、これで終わり!?』


『そういうことだ。そこでもう大人しくしてろ。さて』


 アッシュは、他の五機に視線を向けた。


『次は誰だ?』


 そう尋ねる。

 ズシンッ、と《朱天》が一歩踏み出した。

 直後、


『――散開しろ!』


 ザインが叫んだ。


『正面に立つな! 敵は固有種の魔獣と思え!』


『いや、えらい言われようだな』


 アッシュは苦笑する。

 その間に、五機は四方へと散開した。

 しかも、立ち止まらない。《朱天》を中心に円を描いて動き、包囲している。


「うわあ……」「おい、これって……」


 観客が、ざわついてくる。

 高い位置にある観客席からだと一目瞭然だ。

 まるで獅子を囲う狼の群れ。

 これは、完全に強者と弱者の戦いだ。

 そのことは、本人たちも理解しているのだろう。


『うおおおおおッ!』


『――フッ!』


 雄たけびと、鋭い呼気。《朱天》の後方から襲い掛かって来たのは、ロックの《シアン》とジェイクの《グランジャ》だった。

 《シアン》は斧槍を脇に構えて疾走。《グランジャ》は手斧を振りかぶっている。

 そして斧槍と、手斧で同時に攻撃する――が、


 ――グオンッ!

 唸りを上げて振るわれた漆黒の竜尾によって、それぞれの武器が弾かれる。

 二機は、仰け反って体勢を崩した。


『――クッ!』


 《グランジャ》は、どうにか後方に退避することができた。

 しかし、《シアン》の方は間に合わない。


『ぬおッ!?』


 ロックは、愕然と目を見開いた。

 何故なら、《朱天》の掌が、愛機の胸部装甲に触れていたからだ。

 ――嫌でもあの日を思い出す。

 師匠と初めて出会った日。あの時もこうやって……。


『一応言っとくが、アリシアの件は、本当に誤解だからな』


 アッシュが、困ったような声でそう告げた。

 直後、《シアン》の胸部装甲に衝撃が伝わった。

 ガクン、と《シアン》が両膝を落とす。それと同時に青い胸部装甲に巨大な亀裂が入り、大きく弾けて崩れ落ちてしまった。

 剥き出しになった操縦席では、額に手を当ててロックが呻いていた。


『まだ歩けるだろ? エロ僧と並んで座ってな』


 アッシュの言葉に、「はい……」と力なく答えるロックだった。


『十秒も経たずに二人目えェ!? 四英雄、早くも散ったああああああ!?』


 司会者が泣き出しそうな声で叫んでいたが、アッシュは気にしない。


『さて。次は』


 アッシュは残りの敵を見やる。

 ザインの《デュランハート》。

 ジェイクの《グランジャ》。

 ライザーの《クイック》。

 そしてダインの《ダッカル》。

 ジェイクの《グランジャ》以外は、アッシュが整備したことがある機体だった。

 四機は《朱天》を警戒して間合いを取っていた。

 しかし、腰が引けている訳でもなさそうだ。

 アッシュは目を細める。


『まあ、その闘志は認めるが、ちょいと間合いを取りすぎだろ』


 ――ズシン、と。

 《朱天》が大地を踏みしめた。


『あんま受け身になんのも俺らしくねえしな。そろそろ行くぞ』


 そう告げるなり、《朱天》が両の拳を叩きつけた。

 鳴り響く轟音。

 ここからが本番だった。

 アッシュは、獰猛に笑った。


『さて。多少の怪我ぐらいは覚悟しろよ。てめえら』

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