第469話 我ら、愛の六戦士!③

「……………………え?」


 ザインの台詞に一番唖然としたのは、アリシア当人だった。

 目を見開いて、控室のモニターを凝視する。


「え……」


 次いで、茫然と呟いたのは、サーシャだった。

 ルカもミランシャも、口を開けた表情でアリシアを見つめている。

 レナだけは「おお~、マジか」と軽く驚いた顔だ。

 ちなみにシェーラと、他の二名の女性選手は興味深そうに様子を窺っていた。

 数秒間、室内が静寂に包まれる。が、


「え!? どういうこと!? アリシアちゃん!?」


 沈黙を破ったのは、ミランシャだった。

 アリシアの肩を掴んで揺さぶった。


「え? アリシア?」「お姉ちゃん?」


 サーシャとルカも動揺を露にして、アリシアの元に駆け寄った。

 レナも傍に来たのだが、彼女だけは動じていない。


「おお~、何だよ。アリシア。実はそうだったのか?」


「ち、違うわよ!?」


 アリシアは、ミランシャの手を振り払って叫んだ。


「何の話よ! もちろん有りだけど! むしろ望むところだけど! 流石にそれはまだよ! はっきり言って全然身に覚えがないわ!」 


「そ、そうなんだ……」


 少しホッとした様子でサーシャが胸を撫で下ろす。

 ルカもミランシャも、安堵した表情を見せた。


「一体何なのよ! この状況は!」


 一方、顔が真っ赤なのがアリシアだ。

 どうして、いきなりそんな話が出て来たのか――。

 怒りなのか羞恥なのか、自分でも分からない気持ちで頬を押さえるアリシア。

 すると、見物していた女性選手の一人が、


「あ、私も街で聞いたことがあるよ。その噂」


「はあっ!? どこでそんな噂が流れたの!? 初耳なんだけど!?」


 アリシアは絶叫する。

 サーシャたちはキョトンと目を瞬かせるだけだ。

 もはや、アリシアは涙目だった。

 ただただ、モニター内の筋肉紳士を睨みつけて。


「そもそもあいつは誰なのよ! あの変態筋肉は!」


 そう叫ぶのであった。



       ◆



 舞台は、会場に戻る。

 アリシアが動揺していたように、もう一人の当事者であるアッシュも困惑していた。

 ただ、全く身に覚えのないことなので、疑問の方が強かったが。


「おい。クライン」


 隣に座るオトハが、ジト目でアッシュを睨みつけた。


「これはどういうことだ?」


「うん。初耳よね」


「……アッシュ」


 サクヤとユーリィも、ジト目でアッシュを見据えている。


「いや、俺にも何がなんだが……」


 ボリボリと頭をかく。と、その時だった。


「……どうぞ」


「え?」


 すっと、拡声器マイクを差し出された。

 いつもの間にか、近くにスタッフが立っていたのだ。

 アッシュは差し出された拡声器マイクに視線を落とし、


「え? 俺にも何か語れってことか?」


「Exactly(その通りでございます)」


 男性スタッフは、恭しくそう答えた。

 アッシュは、まじまじとスタッフの手の中の拡声器マイクを見やる。

 ユーリィやオトハたちを含めて、周囲の視線を痛いぐらいに感じる。

 アッシュは、仕方なしに拡声器マイクを手に取った。

 次いで、立ち上がった。それだけで観客席が「「「おおっ」」」と沸いた。


『コホン。んん。おい、ザ……じゃなくデューク』


 アッシュは拡声器マイクを使って、舞台に立つ友人に話し掛ける。


『一体、何の話だ? 全く分かんねえぞ』


『白々しいことを!』


 ザインは再びアッシュを指差した。


『我ら、アリシアさんファンクラブのネットワークを侮るなよ! お前が、明らかに一戦やり遂げたような恍惚状態のアリシアさんを馬に乗せて、相乗りする姿を何人もの人間が目撃しているのだ!』


『……は?』


 アッシュは眉をひそめた。

 が、少しだけ心当たりがある。

 ああ、なるほど。確かにアリシアをララザに乗せたことがある。


『いや。それは誤解だぞ。あの時、アリシアは体調が悪くて――』


『言い訳なんざ聞きたくないね!』


 ザインは、アッシュの台詞を断ち切った。


『友といえども――いや、友ゆえに言葉など不要! 力で語るのみだ!』


 そう叫んで、ザインは愛機に乗り込んだ。

 ザインの愛機――《デュランハート》の両眼が輝いた。


『おおッ! 遂に最後の戦士が戦場に立つ!』


 司会者が叫んだ。


『胸に秘めしは紳士の誇り! 闘うジェントルキ―――ング《デュランハート》! 恒力値は五千二百ジンだ! 我が誇りと愛は最強にも屈せぬッ! 行けッ! グレイテスト☆デュ――――ク!!』


 遂に告げられる六人目の戦士の紹介。

 《デュランハート》は、手に持ったステッキをアッシュに向けた。


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ッッ!」」」


 大歓声が轟く。

 対するアッシュとしては、本当に困った顔をしていた。


「おい、クライン。どうする気だ?」


 オトハが何とも言えない顔で尋ねてくる。

 サクヤとユーリィも、困惑した顔でアッシュを見つめていた。

 アッシュは、ボリボリと頭をかいた。


(……どうしたもんかな?)


 舞台にて待つ、六機の鎧機兵に目をやった。

 正直な感想を言えば、これは言いがかりだと思う。

 特に、ロックとザインとライザーは、完全に言いがかりだ。

 しかし、他には心当たりがある。


 ユーリィに想いを寄せるエドワード。

 レナに惚れているダイン。

 ジェイクは……何となくだが、理解する。

 あの少年の性格からして、同年代よりも年上の女性が好きそうだ。

 だとしたら、付き合いが長いというシャルロットが好きなのだろうか?

 レナに関しては、完全にとばっちりのような気もするが、少なくとも、エドワードとジェイクには応じてやるべきかもしれない。


 アッシュは一度瞳を閉じた。

 数秒の沈黙。

 そして――。


「……まあ、今日はお祭りだしな」


「……応じるのか?」


 オトハが目を丸くする。


「え? 本気なの? トウヤ」


 サクヤもかなり驚いた。一方、ユーリィは親指を立てて。


「早く、早くあいつを塵ちゃって」


 と、応援してくる。アッシュは苦笑した。


「たまには、俺も羽目を外してもいいだろう」


 言って、通路の方に進み、舞台に向かって歩き出した。

 観客たちは大喜びだ。


「おおッ! 師匠が動く!」「非モテ男どもを殲滅するおつもりだ!」「自分の女たちに手を出す野郎を許すつもりなどないってことか!」「勝て! デューク! どうにか一矢報いるんだ!」「六人がかりだぞ! 負けたら恥だかんな!」


 そんな声に苦笑しつつ、アッシュは最前線の客席にまで移動した。

 そして、


『お前らの気持ちは分かった』


 アッシュがそう語り始めると、会場は一気に静まった。

 舞台の六機に微かな緊張が走る。

 アッシュは言葉を続けた。


『正直な話、半分は言いがかりのような気はするが、まあ、いいさ。今日ぐらいは乗ってやるよ。けどな』


 そこで、アッシュは獰猛に笑う。


『戦う以上、容赦はしねえからな。覚悟しろよ』


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――ッッ!」」」


 再び轟く大歓声。

 そんな中、アッシュは腰のハンマーに手を置いた。

 小さな声で相棒の名を呟く。

 直後、舞台の端――アッシュが立つ観客席の縁の直下に転移陣が輝いた。

 会場にいる全員が、舞台に注目する。

 そうして出て来たのは、全武装を取り外している《朱天》だった。

 胸部装甲さえない鎧機兵に、会場には少しだけ落胆の声が上がった。

 それでもアッシュの強さは、この国においてはもはや伝説級だ。

 激戦への期待そのものが薄れることはない。


「そんじゃあ行くか」


 アッシュはそう呟き、観客席から飛び降りた。

 そして《朱天》の操縦席に着地。そのまま操縦シートに跨った。


「さて。お前ら」


 アッシュは、六機の鎧機兵を見据えて言う。


「容赦しねえって言った以上、俺も本気だ。手加減はしねえぞ」


『はン!』


 すると、ダインが鼻を鳴らした。


『よく言うっすよ! そんな業務用で馬鹿にしてんすか!』


 ダインの愛機・《ダッカル》が突撃槍を突き出して、不快そうな声で告げた。

 ダインは現役の傭兵だ。こんな業務用を喚びだされては不快になるのも当然だった。

 アッシュは苦笑する。


「ああ。心配すんな。本気だって言ったろ」


 そしてアッシュは、操縦シートの近くに締まっておいた小太刀に触れた。


「来な。相棒」


 そう呟くと、再び転移陣が輝き始めた。

 ダインたちはもちろん、観客たちも目を丸くする。


『し、師匠!?』『マジっすか!?』


 最も動揺するのは、ロックとエドワードだ。

 アッシュが何を召喚するつもりなのか。それを知っているからだ。

 そして――それは現れる。

 頑強な骨組で支えられて鎮座する胸部装甲も含めた《朱天》の鎧だ。

 アッシュは笑う。


「今回は俺も思うところがあるからな。悪りいが、マジだ」


 次いで、操縦棍を握りしめて叫ぶ。


「武装しな! 相棒!」


 途端、アッシュの乗る《朱天》の関節から無数の操鋼糸が延びた。それは触手のように鎧を絡め捕り、各部位へと分解。鎧は機体へと装着された。

 そして《朱天》の後頭部から、白い鋼髪が広がるように伸びた。


『……そこまで本気なのか……』


『……俺たちを本気で殲滅する気ですね。師匠』


 ザインとライザーが呟く。

 ダインは目を見開き、ジェイクは緊張で顔を強張らせていた。


『おおおおッ! なんとッ!』


 そんな中、司会者は興奮していた。


『なんという威圧感ッ! これこそが、流れ星師匠の愛機なのかッ!』


 観客も「「「おおおおおおおッッ!」」」と大いに沸いた。


『師匠ッ! 流れ星師匠ッ!』


 司会者はアッシュに尋ねる。


『その機体の名前は、何と言うのでしょうか!』


『……名前か?』


 アッシュはあごに手をやって、少し考える。

 相棒は何だかんだで有名な機体だ。この国にも名前だけは伝わっている。


『……そうだな』


 あまり正直に名乗るのも、どうかと思った。

 なので、即興で思いついた名前を告げる。


『まあ、《黒鬼》とでも呼んでくれ』


『了解しました! では恒力値を測らせてもらいますね! 実況席! 確認を!』


 そう告げると、数分後にスタッフが舞台にやって来た。

 スタッフから一枚の紙を受け取った司会者は、声を張り上げた。


『会場の皆さま! 長らくお待たせしました! 遂にすべての戦士が出揃ったのです!』


 言葉を続ける。


『その身に帯びるは天井知らずの覇気! 君臨せしめし、漆黒の覇王 《黒鬼》! その恒力値は―――は?』


 そこで言葉が途切れる。

 観客たちは肩透かしを食らって、眉根をひそめた。

 司会者は、スタッフに視線を向けて叱責する。


『おいおい、しっかりしろよ。間違っているぞ。……え? 何度も調べたって? え、じゃあ、これってマジなのか!?』


 驚愕の声が、拡声器から零れる。

 観客席は少しざわついた。すると、


『し、失礼しました。口上を続けます』


 司会者は、コホンと喉を鳴らして。


『その身に帯びるは天井知らずの覇気! 君臨せしめし、漆黒の覇王 《黒鬼》! その恒力値は――』


 一拍おいて、


『三万八千ジン! 恒力値は、三万八千ジンです!』


「「「「―――――は?」」」


 会場に唖然とした呟きが零れた。


『これは《万天図》の故障ではありません! 流れ星師匠の愛機・《黒鬼》は、三万八千ジンものの恒力値を有しているのです!』


「「「はあッ――――――!?」」」


 今度は驚愕の声が響いた。

 司会者は叫び続ける。


『これは流石に想定外だ! あのレナ選手の《レッドブロウⅢ》さえも遥かに上回る――つうか、なんつう恒力値だよ! 三万超えってどうなってんだ!? 六機合わせても届かねえじゃねえかよ! マズい、マズい、マズいってこれ! ちょ、運営ッ!』


 恥も外聞もなく動揺した声。

 そして、長年闘技場に務める司会者は、とても率直な意見を告げるのだった。


『これ、マッチングしたらアカンやつだ!』

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