第466話 反逆の騎士④
「「「おおおおおおおおおおお――ッッ!」」」
歓声が耳に届いた。
アッシュは「……げッ」と呻いた。
思わず天井を見上げて、廊下を進む足も止めてしまった。
「うわあ……もしかして二試合目まで終わっちまったのか?」
ボリボリと頭をかく。
廊下にまで響く歓声は、これで二度目だ。
試合との間には十分間の休憩が入る。頭を抑えていたルカを心配して、その時間に控室まで様子を見に行ったのだが、あっさりと残りの試合が終わってしまったらしい。
まあ、相手は、あのミランシャとレナだ。
並みの実力では太刀打ちできるはずもない。相手にもならないだろう。
早期決着は当然の結果と言えばそれまでだが、それでも三十分もしない内に二試合が終わるとは想定外だった。
「う~ん、見ることも出来なかったか」
アッシュは再び歩き出す。
階段を上っていき、空が見える闘技場の観客席に出た。
ちらりと見ると闘技場の舞台はすでに誰もいない。
やはり二試合目も終わってしまったようだ。
ただ、終わった直後なのだが、観客の盛り上がりはいまいちだった。
「……う~ん、すげえ試合だったけど……」
「実力差がありすぎだよな。前の二試合に比べるとなんつうか……」
近くの席から、そんな声が耳に届く。
大接戦だった最初の二試合に比べて、後半の二戦はあまりにもあっさり決着がついてしまったのだろう。下手すれば、瞬殺で終わったのかもしれない。
最初の二試合で大いに熱狂していただけに、後半戦が不完全燃焼で終わってしまった感が会場全体にあった。
(……まあ、ミランシャたちが悪い訳じゃねえんだが)
アッシュは苦笑を零す。
強すぎるのも考えものかも知れない。
ともあれ、アッシュはユーリィたちの元へと向かった。
司会者が『御来客の皆さま。もうしばし席にてお待ちください』というアナウンスをしている。今日の全試合は終わったが、まだ連絡か何かがあるようだ。
アッシュは席の間の通路を通ってユーリィたちの元に到着した。
「あ、おかえり。アッシュ」ユーリィが尋ねてくる。「どうだったの? ルカは?」
「おう。ちょっとたんこぶは出来てたみたいだが、大事はなさそうだ」
言って、アッシュは自分の席に座った。
「そうか。大事がなくて何よりだ」
と、オトハが言う。サクヤも「そうだね」と微笑んだ。
「おう。まあ、そこはホッとしたとこなんだが……」
アッシュは、苦笑いを浮かべつつ、頬をかいた。
「ミランシャたちの試合は見損ねちまったな。やっぱ圧勝だったのか?」
「……まあな」
オトハが腕を組んで嘆息する。
「二人とも秒殺だ。対戦相手は何もさせてもらえなかったな」
「……うん」
サクヤも微妙な表情で頷いた。
「勝利した瞬間は歓声も上がったけど、その後はずっとこんな感じ。あっさりしすぎて肩透かしをもらっちゃった感じかな」
周辺の様子に目をやって、サクヤが告げる。
盛り上がってはいるのだが、やはりいまいち乗り切れていない様子だ。
「……秒殺ほど盛り上がらない試合はない」
と、ユーリィも、ぶすっとした様子で言う。
意外とお祭り騒ぎが好きなユーリィとしても不満なのだろう。
「ミランシャさんたちは猛省すべき。もっと演出しないと」
「いやいや。それはダメだろ」
アッシュは苦笑した。
「あいつらは、別に試合を盛り上げるために出場してる訳じゃねえんだぞ」
と、ツッコんだその時だった。
『ご来客の皆さま! お待たせしました!』
突如、司会者が叫んだ。
アッシュたちは、何となく舞台に注目する。
それは観客たちも同じだった。
そこにはいつ現れたのか、
司会者は言葉を続ける。
『本日の全試合も無事に終了いたしました。それではまた明日のご来場をお待ちしております――と、お伝えすべきところですが!』
そこで一拍おいて、司会者は声を張り上げた。
『スペシャルマ――――ッチ!』
「え?」「スペシャル?」「なんだ? 何かイベントがあんのか?」
困惑の声を上げる観客たち。
アッシュたちも、眉根を寄せていた。
司会者は説明する。
『本日の試合は熱戦ではありましたが、いささか想定よりも早く終了してしまったのも事実! 未だお客さまの胸に熱き炎が燻っておられることは存じ上げております! そこで運営は皆さまのためにスペシャルマッチをご用意いたしました!』
「「「おおお……」」」
まだ少し困惑は混じっているが、興味津々の眼差しが司会者に集まる。
司会者は、大きく腕を横に振った。
『運営は、とある人物の提案を受けたのです! 女神の祝祭を彩るため! 今ここで男たちが熱き戦いを繰り広げるのです!』
司会者は左手の人差し指を天に振り上げた。
『出でよ! 勇敢なる六戦士よ!』
そう叫んだ途端、舞台に真っ白なスモークが流れ込んできた。
どよめく会場。アッシュも含めて、全員が舞台に注目する。
ちなみにユーリィは瞳を輝かせていた。
そうして十数秒後、スモークが晴れてきた。
と、そこにいたのは――。
「な、何だ? あいつらは?」
誰かが呟く。
スモークの晴れた舞台にいたのは、六人の白い外套を羽織った男たちだった。
六芒星を示すように立つ彼らは、おもむろに外套を脱いだ。
その直後、アッシュは「……は?」と呟いた。
白い外套を脱いだ男たち。
彼ら全員に見覚えがあったからだ。
「ん? あれって、エドワード=オニキスと、ロック=ハルトじゃねえか?」
「は? それってサーシャちゃんたちと同じ《業蛇》討伐の英雄の?」
アッシュの近くの観客がそんなことを話している。
――そう。まずは二人。
舞台には、制服姿のエドワードとロックがいたのだ。
エドワードは両手を腰に。ロックは気まずそうな顔で視線を逸らしている。
「あいつらは、何をしているのだ?」
彼らの教官でもあるオトハが眉をひそめた。
「あれ? あの子って、ジェイク君?」
サクヤが目を丸くして指差す。
舞台の一角。六人の一人。そこにはエリーズ国の制服を着たジェイクがいた。
陽気な彼には珍しく、神妙な表情で静かに両腕を組んでいる。
「ねえ、アッシュ」
ユーリィが、くいくいとアッシュの袖を引っ張った。
「あの人って確かこないだ来たお客さん? それにチェンバーさんもいるみたい」
と、指差して告げる。
チェンバーとは、言うまでもなくライザーのことだ。
非番なのか、初めて見る白い紳士服を着ているが、間違いなくライザーだった。
いつもの彼らしくもない真剣な顔つきでいる。
それからもう一人。こないだ来たお客さんとはダインのことだった。
レナの仲間の一人。アッシュに宣戦布告している人物でもある。
今は仏頂面を浮かべて前を見据えていた。
彼らが、四人目と五人目だった。
そうして最後の一人は――。
「いや、なんでだ?」
アッシュは困惑した表情で最後の一人に目をやった。
そこにいるのは巨漢の人物。シルクハットが接合された鉄仮面に、はち切れんばかりに膨れ上がった黒のタキシード。アッシュがよく知る筋肉紳士。
「はああああ、グレイテストオオォ……」
彼は全身の筋肉を震わせた。
そして――。
「デュ――――クッッッ!!」
丸太のような両腕に力こぶを造り上げて、彼は名乗る。
――『グレイテスト☆デューク』
闘技場の名物選手。知る者は少ないが、ガロンワーズ公爵家の若き当主。
ザイン=ガロンワーズ。
アッシュの友人でもある人物だ。
「……マジで何やってんだ? あいつ」
アッシュが頬を引きつらせてザインを凝視していると、ザインもアッシュの視線に気付いたようだ。いや、元々アッシュを探していたのか。
ザインは司会者を手招きすると、彼から
『我々の登場に、皆さぞかし驚かれていることであろう』
大仰に会釈した後、おもむろに語り出した。
『女神を称えるこの大会に無粋な男どもが割り込むなど何事か。そう憤られている方もおられるかもしれない。だがしかし!』
ザインは、むきっと右腕の筋肉を膨れ上がらせた。
『我らがこの地に足を踏み入れたのは――すべて愛のためなのだ!』
ザインは仮面越しに、クワッと目を見開いた。
『師匠! 流れ星師匠! アッシュ=クラインよ!』
高らかな声で告げる。
その指先は、真っ直ぐアッシュを差していた。
『我らの愛しき女神たちの愛を一身に受けし者よ! 愛を賭けて我らと勝負しろ! 我らは今ここでお前に決闘を申し込む!』
警備も含めて観客席にいる全員が――それこそオトハやサクヤ、ユーリィまでもが、ポカンとしてアッシュに注目する。
そうして、
…………………………。
……………………。
……………。
長い沈黙を経て。
「……………は?」
思わず、目が点になるアッシュであった。
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