第465話 反逆の騎士③

(つ、強い人、です)


 一方、ルカもまた、かなり緊張していた。

 流石は、前回の覇者。

 構える姿に、まるで隙が無い。

 その上、どこで学んだのか、《黄道法》の闘技まで習得しているようだ。


(こ、怖い、です。だけど……)


 ルカは小さく息を吐き出して、敵機を見据えた。

 誰もが認める才があっても戦闘は苦手だ。

 そもそも争いごと全般が苦手だった。


 しかし、今回だけは違う。

 絶対に負けられない。

 なにせ、彼の愛がかかっているのだから。

 ルカは九人の中で、自分が一番遅れていると密かに感じていた。

 すでに、結ばれているサクヤとオトハ。

 間違いなく、彼に異性として認識されているミランシャとシャルロット。

 恐らく二人の姉たちも、女性として意識はされている。

 新規参入のレナの、想いを隠そうともしない押しの強さも圧倒的だ。

 そして同じ最年少であるユーリィ。

 彼女でさえ、すでに告白済みで、キス済みで、その上、将来まで予約済みらしい。


 ――明らかに、自分だけが遅れている。

 もちろん、ルカも自分なりに、精一杯、頑張ってはいるつもりだ。

 けれども、現実は厳しかった。

 その上、自分には、『王女』という実にハードルの高いしがらみまである。


(……あうゥ)


 そう考えると、ルカは少しヘコんだ。

 自分だけはまだ、彼に異性として認識されていないのではないか。最も重要な『大切にされている』という実感はあるが、まだまだ子供扱いのような気がする。

 それは多分、事実だ。

 だけど、今回の大会で優勝すれば――。


(ま、負けられ、ません)


 ルカは温厚な表情を珍しく険しくして、操縦棍を握る姿勢を整え直した。

 同時に《クルスス》が身構える。

 相手は人一倍長い剣を装備した機体。

 真価を発揮するのは近距離から中距離だろう。

 ならば、戦術としては長距離戦が望ましい。


『い、行きます!』


 ルカが叫び、《クルスス》が腕を大きく振るった。

 それに連動して鞭で繋がれた鉄球が加速した。

 上から下へと。《パルティーナ》の頭上へと襲い掛かる!

 それを《パルティーナ》は横に跳躍してかわした。

 だが、体勢を整えさせるような時間は与えない。


(に、逃がしま、せん!)


 ルカは、鞭に恒力を流した。

 彼女の独自闘技。鉄球と鞭を自在に操る操作系闘技――《鉄球操蛇》だ。操作系の鉄球は直角に軌道を変えて《パルティーナ》に襲い掛かるが、追撃は読んでいたのだろう。

 長尺刀を盾にして《パルティーナ》は鉄球を弾き返した。

 ルカは、さらに追撃をする。

 鞭が唸りを上げて加速。まるで檻のように《パルティーナ》を囲んだ。そして鉄球が蛇のアギトのように《パルティーナ》へと襲い掛かる!


『――くッ!』


 シェーラの舌打ちが聞こえる。

 観客席も大いに沸いた。


「おお!」「王女さま、容赦ねえ!」「シェーラちゃん、頑張れ!」


 そんな声が次々と上がる。

 唸る鞭の檻の中で《パルティーナ》は善戦していた。

 多少の攻撃は受けたが、どうにか致命的な一撃だけは凌いでいる。

 だが、完全に防戦一方でもあった。

 このままでは敗北は必至。

 シェーラは、賭けに出ることにしたようだ。

 地面に長尺刀を突き立てたのだ。

 その直後、大地が破裂した。刀身を通して恒力を叩きつけたようだ。

 大量の土煙が立ち昇り、《クルスス》の鉄球は呑み込まれた。

 ルカは目を見開いた。


(――あ)


 土煙は《パルティーナ》の姿まで覆い隠した。

 ルカは、敵機の姿を見失ってしまった。


(ま、まずい、です)


 反射的に、鉄球を引き戻す。

 鉄球は《クルスス》を守るように背後に控えた。

 すると、

 ――ザンッ!

 突如、土煙が斜めに割れた。

 《パルティーナ》が《飛刃》を放ったのだ。

 ルカは一瞬驚くが、すぐさま鉄球が動き、鞭によって迎撃する。

 ――が、その一瞬の隙に、《パルティーナ》は加速した!

 長尺刀を脇に構えて跳躍してくる。捨て身の攻撃だ。

 ルカは表情を強張らせて鉄球を操った。突進してくる敵機の頭部を狙って、鉄球が高速で直進する――が、

 ――ゴウッ!

 鉄球は空を切った。

 《パルティーナ》が身をわずかに屈めて回避したのである。

 跳躍中でありながら恐るべき重心操作だ。


(け、けど!)


 しかし、ルカは諦めない。

 《クルスス》との間合いはまだ遠い。もう一歩跳躍が必要なはずだ。

 ルカは《パルティーナ》がもう一度地面を蹴る瞬間を狙って鉄球を引き戻した。

 撃ち出された速度と変わらない速さで鉄球が戻ってくる。

 狙いは《パルティーナ》の後頭部だ。

 この一撃で頭部を破壊する。ルカは勝利を確信した。

 その瞬間だった。


『――――え』


 ルカは思わず唖然とした声を上げてしまった。

 後頭部に直撃すると確信していた鉄球。それが《パルティーナ》をすり抜けたのだ。


(な、なんで!?)


 ルカは愕然とする。

 ここで動揺してしまうのは、彼女の戦闘経験不足ゆえの隙だった。

 だが、それでも咄嗟に両腕を構えて盾にすることが出来たのは、ルカの才能だろう。

 ――ズガンッ!

 両腕に激しい衝撃が来る。長尺刀による横薙ぎの一撃だ。

 渾身の一撃は両腕の装甲に大きな亀裂を刻み、《クルスス》の両足を浮かせた。


(あ――)


 ルカは青ざめた。

 そこへ大きな掌が目前に迫る映像が映された。

 そして――。

 ――ズドンッ!

 強い衝撃に《クルスス》が大きく仰け反った。

 同時に胸部装甲に映されていた外の画像が消えてしまう。


「あうっ!」


 続けて襲い掛かる振動。思わず操縦棍を手放してしまい、操縦シートから投げ出されて体を胸部装甲内に打ちつけられた。どうやら頭部を掌底か闘技で打ち抜かれ、背中から地面に叩きつけられたようだ。操手衣ハンドラースーツのおかげであまり痛くはなかったが、後頭部を強く打ちつけてしまった。


「ううゥ……」


 ちょっと、たんこぶが出来たかもしれない。

 ルカは涙目になって頭を両手で押さえた。


『……申し訳ありません。殿下』


 すると、外から声が聞こえてきた。


『ご無事でしょうか? ご無礼、お許しください』


『い、いえ』


 拡声器は生きていることを確認しつつ、ルカは答える。


『だい、大丈夫、です。それに、これは試合だから……』


 ルカは嘆息した。


『ありがとうございます。殿下。お続けになりますか?』


 と、告げてくるシェーラに、ルカはかぶりを振った。


『いえ。モニターが壊れた、みたいです。これ以上は無理、です。参りました。フォクスさん。強いです』


『いえ。殿下もお見事でした。実力は私よりも遥かに上であります。私が勝てたのは経験の差のおかげでしょう』


 と、シェーラは言ってくれるが、ルカとしては無念でしかない。

 直後、シェーラの勝利を告げる司会者の声も聞こえてきたので、ますます無念になる。

 思わずたんこぶが出来た自分の頭を両手で押さえて、頬を膨らませてしまう。

 珍しく、拗ねたご様子だ。

 ちなみに《クルスス》のモニターは壊れてしまったが、ビッグモニターの映像は壊れた訳ではない。その拗ねた様子は観客たちの目に晒されることになった。


「お、王女たん、可愛い……」「うわあ、ギュッとして慰めてやりてえ……」


 という声が続々と告げられる。

 ともあれ、これでルカは敗退した。

 ご褒美はなくなってしまったということだ。

 しかし、ルカは、意外とただでは転ばない少女だった。

 後ほど、この時、頭を押さえ続けていたルカを心配したアッシュが彼女の控室に訪れることになるのだが、ルカはその際に「痛い、です」と、ここぞとばかりに彼に甘えた。

 他のメンバーよりも、後れを感じていることなど何のその。

 見事なまでの交渉術を発揮して膝の上にまで乗せてもらい、頭のたんこぶを診てもらうというイベントが発生させることに成功していたりする。

 何だかんだで役得を得るのが、ほんわか王女さまの凄いところだった。


『つ、次の試合も頑張って、ください』


『はい。ありがとうございます。殿下』


 シェーラが言う。

 同時に《パルティーナ》が長尺刀を空にかざした。

 かくして。

 《夜の女神杯》の第二回戦・第二試合は、シェーラ=フォクスの勝利で終わった。


(……アラン叔父さま)


 勝利を祝う大歓声の中、シェーラは強く拳を固める。


(待っていてください。もう少しでありますから)


 拳以上に決意を固めるシェーラだった。




 大歓声が廊下にまで響く。

 その男は足を止めて、煉瓦造りの廊下の天井を見上げた。


「……終わったようだな」


 白い外套を全身に纏った男は呟く。

 フードまで付いた外套だ。男の顔は分からない。


「……急ぎましょう」


 と、その男に別の人物が声を掛ける。

 彼も男と同じ白い外套を身に着けていた。

 ――いや、彼らだけではない。

 闘技場内の廊下であるその場所には今、六人の白い外套姿の人物がいた。

 明らかに怪しげな集団である。


「そうだな……」


 男が呟く。


「残り二試合は明らかに格が違う。対戦相手には悪いが、最初の二戦と比較すれば、消化試合と呼んでも差し支えないだろう。決着はそうそうにつく」


 男は廊下の奥に目をやった。


「時間がない。急ぐぞ」


 男がそう告げると、残りの五人は無言で頷いた。

 コツコツコツ、と複数の足音が響く。

 この廊下には警備兵もいない。警備は観客席に集中している。観客たちの安全を第一優先にしているはずだ。だから邪魔も入らない。

 彼らは廊下を進んでいき、一つの部屋の前で立ち止まった。

 主導者らしき男が部屋をノックし、室内の主人と会話をする。

 ドア越しの交渉。

 そうして十数秒後、彼らはその部屋の中に招き入れられるのだった。

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