第461話 激闘③

 戦闘には様々な要素がある。

 地形に環境、機体の性能や整備状態、操手のコンディション。

 さらには敵の数。運などもそうだ。

 しかし、平地で一対一という限定された戦場において、最も強く浮き出る要素は、やはり基礎的な実力だろう。


(――くッ!)


 サーシャは唇を強く噛んだ。

 《ホルン》を操り、後方に退避する。

 直後、双剣が空を切った。

 危ないところだった。

 しかし、依然として危機は続く。最初はどうにか凌げていた《ユニコス》の猛攻も、徐々に捌ききれなくなってきた。


(けど、まだ負けた訳じゃない!)


 サーシャは、《ホルン》をさらに後方に跳躍させて態勢を整え直そうとした。

 その時だった。


 ――ぞわり、と。

 突如、サーシャの背筋に悪寒が奔った。


 アリシアの《ユニコス》は右の剣を振り上げている。

 この距離では届かない。

 しかし、サーシャは危機感を覚えて、《ホルン》に盾を構えさせた。

 その直後、


 ――ズンッ!

 強い衝撃が盾から伝わる。


(衝撃が来た! やっぱり《飛刃》!)


 ――《黄道法》の放出系闘技・《飛刃》。

 不可視の刃を撃ち出す、オトハやコウタが得意とする闘技だ。

 サーシャはまだ会得には至っていないが、アリシアならば使える可能性があると考えて身構えたのは正解だったようだ。

 しかし、


(……え?)


 困惑する。

 確かに強い衝撃を受けた。遠距離から攻撃されたのは間違いない。

 だが、《飛刃》ならば衝撃は一瞬だ。

 なのに、盾からは今も重さを感じていた。

 まるで、ずっと刀身を押し付けられているような重さだ。


(《飛刃》じゃ、ない?)


 サーシャは眉をひそめる。

 ――が、すぐに表情を強張らせた。

 《ユニコス》が左の剣を右肩の上に掲げて振り下ろそうとしていたからだ。


 ――追撃。

 そう察して、サーシャは再び《ホルン》に盾を身構えさせた。

 直後に襲い掛かる第二の衝撃。

 予想通りの衝撃だ。しかし、サーシャは唖然とした。


「――――え」


 ――ゴトンッ、と。

 サーシャの目の前で、円盾が十字に切り裂かれ、地面に落ちたのだ。

 全装甲の中で最高硬度の盾は、鋭利な切断面を見せて地面で転がっていた。


(な、何これ!?)


 サーシャは青ざめた。

 会場もまた、大きくどよめいた。


「な、何だ?」「なんでいきなり盾が割れたんだ?」


 困惑の声が次々と上がる。

 《ユニコス》は、血のりでも落とすかのように右の剣を振った。

 会場のざわめきは、さらに大きくなる。

 アリシアは、不敵に笑った。


(どう? サーシャ)


 心の中で親友に語りかける。


(少しは驚いた? 私が創った独自の闘技――《咬牙刃》に)


 ――《黄道法》の構築系闘技・《咬牙刃こうがじん》。


 アリシアは、本大会のために編み出したこの闘技をそう名付けた。

 簡単に言えば、双剣の刃の延長上に、不可視の刃を構築する闘技だ。

 だが、それではただ刀身が長いだけの剣。

 アリシアは、この闘技にさらなる特徴を付与した。

 不可視の刃が重なった時、その切れ味が数倍にまで跳ね上がるのだ。

 上手く決まれば、盾であろうと両断できる。

 編み出した時にそう考えていたが、奇しくも実証できた訳だ。


(けど、威力がありすぎるのも考えものね)


 再び盾の残骸を一瞥して、アリシアは少し冷や汗を流した。

 滑らかなほどに十字に切断された盾。

 これは、想像以上に『必殺』の威力だった。

 胴体などに繰り出せば、相手を殺しかねない闘技である。

 サーシャは上手く防いでくれたが、とても試合で使っていい闘技ではない。


(……この闘技は、流石に封印ね)


 今は対戦相手だとしても、サーシャは大切な親友だ。

 万が一にも彼女の命を奪ってしまうような闘技は、とても使えなかった。

 この試合では、これ以上の使用はできない。


(だけど、充分な戦果はあったわ。これでサーシャは盾を失った)


 アリシアは、操縦棍を握り直した。

 防御の要である円盾を失ったことは大きいはずだ。

 それだけでも、この闘技には価値があった。


 ――今こそ攻勢に出る時!

 アリシアは小さく呼気を吐いた。


『――行くわよ! サーシャ!』


 そして《ユニコス》が大地を蹴った。

 会場に雷音が轟く。

 観客たちが「「「おおおおッ!」」」と声を上げる中、一瞬で間合いを詰めた《ユニコス》は《ホルン》に斬りかかる!


 ――ガギンッ!

 《ホルン》は斬撃を長剣で受け止めた。

 しかし、《ユニコス》には二の太刀がある。


『――はアッ!』


 アリシアの気迫と共に繰り出される横薙ぎの第二撃!

 《ホルン》は、長剣を動かしてその攻撃も凌ぐが、今度は右の剣がフリーになる。


(一気に押しきる!)


 アリシアは眼光を鋭くした。

 ブンッ、と《ユニコス》の両眼が光る。

 さらに繰り出される連撃。観客たちは大きく目を瞠った。

 まさしく、息もつかせない圧倒的な連撃も圧巻ではあるが、それを《ホルン》がたった一本の剣で凌ぎ続けているからだ。

 衝突音が絶え間なく闘技場に鳴り響く。


「すっげえ! サーシャちゃん!」


「頑張れ! サーシャちゃん!」


 観客たちが、力いっぱいに声援を贈った。


(やるわね。サーシャ。けどここまでよ!)


 アリシアは、さらに集中力を上げた。

 双剣が霞むほどの怒涛の連撃。

 《ホルン》の長剣には、すでに刃こぼれが起きていた。

 すでに限界は見えている。


 そして――。


(隙あり!)


 わずかに長剣が遅れた。

 アシリアは不敵に笑い、左の斬撃を《ホルン》の右肩に振り下ろした。

 これで右腕を奪う。そうすれば、もう《ホルン》は戦えない。

 アリシアは勝利を確信した。


 ――が、


『…………えっ』


 ――ガギンッッ!

 突如、轟く重い衝撃音。

 同時に《ユニコス》の左剣が宙に飛んだ。

 右肩へと振り下ろした剣が、勢いよく弾かれたのだ。


 ――何の防御もしていない《ホルン》の肩に。


 アリシアはハッとした。


『――《天鎧装》ッ!』


『うん。当たりだよ。アリシア』


 サーシャが告げる。

 《ホルン》の持つ自動防御機能である《天鎧装》。

 それを駆使して《ホルン》は《ユニコス》の斬撃を弾いたのだ。


(――し、しまった!)


 アリシアは、自分の迂闊さに舌打ちした。

 当然ながら《天鎧装》のことは知っていた。

 《ホルン》のみに備えられた特殊機能。アッシュが、サーシャのことを本当に大切に想っている証のようで、ずっと内心では羨ましいなと思っていた機能だ。

 それを、完全に失念していた。

 だが、それも仕方がないことだった。

 何故なら《ホルン》は、ずっと長剣一本で攻撃を凌いでいたからだ。

 けれど、思い返せば、サーシャが長剣だけで攻撃を凌ぐ必要などなかったのだ。

 《天鎧装》を利用すれば盾代わりにもなる。左腕も使って防御することは出来たはずだ。


 しかし、サーシャはそれをしなかった。

 あえて、長剣だけで連撃を凌いで見せたのである。


 すべては、アリシアから《天鎧装》のことを失念させるために――。


『――クッ!』


 このままではまずい!

 アリシアは《ユニコス》を後方に跳躍させようとした。

 ――が、それよりも早く《ホルン》が動く。

 最短距離で。

 今まで使用していなかった左手を、そっと《ユニコス》の胸部装甲に添えたのだ。


『アリシア』


 そしてサーシャが告げた。


『私にも新技はあるんだよ』


『――ッ!』


 アリシアが目を見開く。

 直後、

 ――ズガンッッ!

 強い衝撃が《ユニコス》を貫いた。

 さらに衝撃は《ユニコス》の両足を浮かせて後方へと吹き飛ばす。

 勢いよく飛翔する菫色の機体。

 そうして《ユニコス》は闘技場の壁へと叩きつけられた。


「――くあっ!」


 アリシアは声を零した。

 思わず《ユニコス》が地面に腰を落とす。

 アリシアは衝撃にふらつきつつも、愛機を再び立たせようとするが、


「……………」


 そのまま沈黙した。

 目の前に長剣の切っ先を向けた《ホルン》の姿があったからだ。

 アリシアは、数秒ほど《ホルン》を見上げた。

 そして、はあア……と嘆息する。


『ちょっと。何が新技よ』


 苦笑を零した。


『今のって《雷歩》を手で撃っただけでしょう?』


『あはは、うん、そうだよ』


 サーシャは朗らかに笑った。


『流石に、私にアリシアみたいな凄い新技なんて無理だよ。出来ることは一つだけ。手を使った《雷歩》。一応名付けるのなら《雷掌》になるのかな?』


 サーシャがそう言うと、《ホルン》が左手を掲げた。

 打突の衝撃で、人差し指と小指がもげていた。


『《穿風》が使えれば、こんなことにはならないんだけどね』


 恒力を塊にして撃ち出す《穿風》と、そのまま噴出する《雷歩》は似ているようで微妙に違う闘技だ。機体にかかる負担も《雷歩》の方がずっと大きい。

 鎧機兵の体重を支えるぐらいに頑強な脚部ならばともかく、精密な指がある手で繰り出せば、こうなるのは自明の理だった。


『ちょっと無茶しちゃった。後で先生に怒られるかな?』


『大丈夫よ。むしろ褒められるわ』


 アリシアが苦笑いを浮かべた。

 次いで、プシュウっと《ユニコス》の胸部装甲が開く。

 彼女は操縦席から降りると、美しい髪を片手で掻き上げて告げた。


「だってそうでしょう。初めて私に勝ったんだから」


『――アリシア!』


 ――プシュウ、と。

 サーシャも《ホルン》の胸部装甲を開いた。

 そして操縦席から飛び出すと、アリシアに駆け寄ってギュッと抱き着いた。

 サーシャの肩は震えていた。

 歓喜か、達成感からか。

 琥珀の瞳からは、ボロボロと涙を零していた。


「……まったくもう」


 アリシアは、サーシャを抱きしめてポンポンと背中を叩いた。


「こんなことで泣かないの。あなたには次の試合もあるのよ」


「……ううゥ、分かっているけど……」


 サーシャが、グスッと鼻を鳴らした時だった。


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」


 ようやく、観客たちが声を上げた。


『決着です! 《夜の女神杯》第二回戦、第一試合! 勝者はサーシャ=フラム選手! サーシャ=フラム選手です!』


 司会者が声を張り上げた。


「……本当に頑張りなさいよ。私に勝ったんだから」


「……うん。頑張って、私がアッシュにご褒美を貰うから」


「……ううゥ、その点だけは本当に無念だわ」


 幼馴染の少女たちは、抱きしめ合ってそう語った。



「……おおお!」


 一方その頃。

 観客席の最上段では、アランが拳を固めていた。


「――どうだ! ガハルド!」


 瞳を輝かせて、ガハルドの方に振り向く。


「勝ったぞ! サーシャが勝ったぞ!」


「………ぬう」


 ガハルドは無念そうに呻く。

 対するアランの方は、実に上機嫌だ。


「あの子は努力の子だからな! 遂に報われたんだ!」


「……確かにな」


 ガハルドは嘆息した。

 戦闘自体は、本当に見事なものだった。

 そこに言いがかりをつけるほど、ガハルドの器は小さくない。

 ただ、娘の敗北は、やはり気持ちのいいものではない。


「……まあ、時には敗北もあるだろう」


 そう呟いて、ガハルドはアランに背中を向けた。

 アランは眉根を寄せた。


「何だ? ガハルド? 次のシェーラの試合を見ないのか?」


「……おいおい、忘れるなよ」


 ガハルドは振り返って苦笑を浮かべた。


「俺は今、仕事中なんだぞ。ゆっくり見物ばかりしている訳にはいかないだろ」


「あっ、そうだったな」


 アランはあごを擦った。


「じゃあ、残念だが、俺は自分の席に戻って一人でシェーラの応援をするよ」


「おう。俺は仕事に戻るよ」


 ガハルドは、片手を上げて歩き出した。

 そうして、観客席の通路を歩いていると、


「いやあ、凄かったよな、サーシャちゃん」


「いやいや、アリシアちゃんだって凄かったぞ。俺なんて全く勝てる気がしねえし。つうか、それよりもさ! 二人ともマジで美少女だよな! しかもあの操手衣ハンドラースーツ!」


「おお! やっぱそこに目が行っちまうよな! あれって、うちの騎士団にも採用されねえかな! 高速移動の度に、ぶるんぶるんと揺れるサーシャちゃんのおっぱいも圧巻だったけど、アリシアちゃんの真っ直ぐ反った背中や美脚もまた……」


 そんなふうに盛り上がっている部下たちを見つけた。

 どうやら警備もそっちのけで試合に夢中になっていたらしい。

 ガハルドも人のことは言えないが、思わず嘆息した。


「おい、お前たち」


「え?」


「お、お父さん!?」


 部下たちは上司の登場にギョッとした。

 ガハルドは眉間にしわを寄せた。


「誰がお父さんだ」


「し、失礼しました!」


 失言を敬礼して謝罪をする部下。

 もう一人も同じく敬礼した。

 ガハルドは二人に近づいていく。


「まったく。お祭り気分も大概にしておけ」


「も、申し訳ありません」「以後、注意いたします」


 部下たちは委縮する。


「まあ、いい」


 ガハルドは面持ちを改めた。


「済んだことだ。これからは改めればいい」


 そう前置きをして、舞台に――ビッグモニターに目をやる。

 そこには、次の試合を行う選手たちの名前が記載されていた。

 ガハルドは双眸を細める。


 一人はシェーラ=フォクス。

 そして、もう一人は――。


「それよりも、気を引き締めよ」


 第三騎士団の団長は、重々しく告げた。


「なにせ、次は王女殿下の試合なのだからな」

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