幕間一 見据える者

第462話 見据える者

「……なかなかどうして」


 暗い室内で、男は呟く。


「見ごたえのある試合だったな」


 指と足を組んで、ソファに座ったゴドーの呟きだ。


「お前も、そう思わないか?」


 ゴドーは、おもむろに首だけを振り向かせた。

 そこには静かに佇む一人の男がいた。


「……は」


 ――《九妖星》の一角。

 《金妖星》ラゴウ=ホオヅキが、小さく頭を垂れた。


「未熟ではありますが、確かな才を感じました。特に髪の長い少女の方には――」


 ラゴウは視線を舞台に移した。

 そこには銀髪の少女と抱き合う、長い髪の少女がいる。


「あの盾を両断した闘技。二つの刃を絶妙のタイミングで重ね合わせなければ、あの威力にはなりません。あの見極めは、実に見事なものでした」


 そこで苦笑を浮かべる。


「ただ、その後、使用しなかったのは、技の威力に尻込みしたようでもありますが」


「ははっ、それは仕方がないだろう」


 ゴドーは笑う。


「サーシャちゃんはアリシアちゃんの親友だからな。あの威力を見ては、流石に使う訳にはいかないさ。それにしても」


 舞台に見やり、ゴドーはニマニマとあごを擦った。


「アリシアちゃんは、本当に若い頃のシノーラちゃんにそっくりだ。その才も、その美貌もな。実はな、学生時代、俺もシノーラちゃんを狙っていた時があってな。まあ、結果的に諦めたのだが……」


「……そうなのですか?」


 ラゴウは少し意外そうな顔をした。


「主君が狙った女性を諦めるなど珍しい」


「俺とて、たまには退くさ」


 ゴドーは、苦笑を浮かべた。


「あの頃、ガハルドとシノーラちゃんは、よくぶつかり合っていたが、俺とアランの目からすれば、あいつが本気でシノーラちゃんに惚れていたのは丸分かりだったしな。親友の惚れた女を奪うことだけは俺にも出来んさ」


 数瞬の沈黙。


「…………………は?」


 ラゴウは、目を見開いて驚いた。


「……今、なんと言った? ヌシのそのような台詞は、初めて聞いた気がするぞ」


 と、つい、主君と知り合った頃の調子で呟いてしまったラゴウは「これは失礼しました」と、コホンと喉を鳴らした。

 耳ざとくそれを聞いたゴドーは、ソファの背もたれに両肘をかけつつ、


「お前はもっと砕けてもいいと思うぞ。他の《妖星》のようにな」


「いえ。吾輩は御身に忠誠を誓った身ですから」


「本当に頑固だな。お前は。だが、それにしても」


 そこでゴドーは皮肉気に笑った。


「お前が思わず素になるぐらい驚く台詞だったのか? 俺はそこまで節操なしか?」


「今さら、何を仰られるのです」


 口調こそ元に戻したが、ラゴウは当然のように告げた。


「主君が女よりも友情を選ぶなど、吾輩以外の《九妖星》。そして奥方さまたちや、姫がお聞きすれば発熱を疑いましょう」


「……えらい言われようだな、おい。まあ、構わんが、それよりも」


 ゴドーはまじまじと舞台の二人の少女を見据えた。

 そして「むむ」と唸る。


「やはり惜しいな」


 天井を見上げて、嘆息する。


「二人とも、実に素晴らしい美貌だ。こうやって見ると系統は違うが、二人ともスタイルがとても美しい。特にサーシャちゃんのおっぱいには俺も目を奪われたぞ。操手衣ハンドラースーツ。あれは実に良いものだ」


 パシン、と額を打つ。


「後で、こっそりセド=ボーガン殿に感謝状でも贈るか。ともあれ、あの衣服スーツのおかげで改めてサーシャちゃんたちの魅力を確認したぞ」


 そこで、ブツブツと呟き始める。


「惜しい。実に惜しいな。あの男にくれてやるぐらいなら、いっそ俺が奪ってしまうか? 年もギリギリ俺の守備範囲には入っているしな。しかし、アリシアちゃんの方はシノーラちゃんにそっくりすぎる……いや、シノーラちゃん本人はガハルドにくれてやったのだし、娘の方なら……。サーシャちゃんの方も実に素晴らしい。今回の件が上手くいけば、アランの奴も独り身でなくなるしな。なら、あの子が嫁いでも――」


 あごに手を置き、一拍おいて。


「いっそ、二人とも俺が幸せにしてやるか」


 その呟きに対し、


「……主君は、やはり主君ですな」


 ラゴウは、呆れるように嘆息した。


「ですが、あの少女たちは、主君が親友とお呼びになられている方々のご息女たちなのでしょう。冗談はほどほどにされた方がよいかと」


「まあ、そうなんだが、だからこそ、俺は結構真剣に悩んでいるんだぞ?」


 と、振り向いて告げる主君から視線を外し、ラゴウは再び舞台を見やった。


「……サーシャ=フラム」


 ポツリ、と勝者の名を呟く。


「彼女は闘技の基礎がしっかりと出来ています。攻防のバランスも良く、ここぞという攻めの見極めも大したものです。そして」


 ラゴウは眉をひそめた。


「ミランシャ=ハウルが別格なのは言うまでもありませんが、レナという女。彼女も相当なものです。一回戦では全く底を見せることはなかった」


「……手強いな」


 ゴドーが神妙な声で呟く。ラゴウは「はい」と頷いた。


「どちらも、最上位と呼んでもいいほどの格上。サーシャ=フラムでさえ、あの娘にしてみれば格上の相手でしょう」


「………そうだな」


 ゴドーは手で瞳を覆った。


「分かってはいたが、困難な試合ばかりになりそうだ」


「確実にそうなるでしょうな」


 ラゴウは、視線を遠くして語る。


「悔やまれるのは時間の無さです。せめて、後五日もあれば、仕上がりもまた違っていたのですが……」


「結局、を教えたのか?」


 ゴドーが尋ねる。ラゴウは「はい」と答えた。


「吾輩も不本意でしたが、この短期間で《黄道法》の闘技の基礎も知らない者を一流以上に仕込むには、に頼らざるを得ませんでした」


「……そうか」


 ゴドーは珍しく渋面を浮かべた。


「出来れば、それは避けたかったんだがな」


「申し訳ありません」


 ラゴウは、深々と頭を下げた。


「すべては吾輩の力不足です」


「いや、無茶を言ったのは俺の方だ」


 ゴドーは、かぶりを振った。


「いくらお前でも無謀だっただろう。ましてや、お前にとっても初めての試みだっただろうしな。むしろよくやってくれた。それに――」


 そこで、少し皮肉気に笑う。


「考えようによっては、案外都合がいいのかもしれんしな。アランとの酒の席でもセッティングしてやれば、後は勢いで……」


 と、呟いたところで歓声が鳴った。

 見ると、二つの門から、第二試合の選手が出てくるところだった。

 一人はこの国の王女。

 年の頃は十四、五ぐらいか。

 髪で瞳を隠しているが、美しい顔立ちをしており、そのプロポーションは年齢離れしている。将来的には、サーシャやオトハにも劣らないであろう素晴らしい逸材だ。

 異国への留学経験があるらしく、彼女は闘技も会得しているようだ。

 一回戦の試合では、トリッキーな闘技を披露していた。

 彼女もまた格上の敵と言えよう。


 そしてもう一人は――。


「……『よくやった』。その言葉が吾輩に相応しいかどうかは」


 ラゴウは、静かな声で告げる。


「すべては、この一戦で分かるでしょう」


「……そうか」


 ゴドーも静かに答えた。

 舞台には二機の鎧機兵が現れた。司会者の紹介が轟き、観客は熱狂する。

 その声を伴奏に、二人の男が沈黙して見据える。


 そうして――。


「さあ、シェーラ君」


 ゴドーは呟いた。


「見せてもらうぞ。君の愛の底力をな」

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