第460話 激闘②

「エイシス団長。南側の観客席は異常なしです」


「……そうか」


 部下の報告に、観客席の最上段で舞台を見下ろしていたガハルドが頷いた。


「引き続き警邏を頼む」


 そこで周囲に目をやる。

 ガハルドが立つその通路には十数人の立ち見客がいた。


「いいか」


 ガハルドは部下を見据えた。


「今日は急遽、立ち見での来場も許可されている。昨日よりも来客が多いのだ。加え、本大会は王女殿下もご出場なされる。警戒を怠るなよ」


「――はっ」


 部下は敬礼をし、再び警邏に戻った。

 ガハルドは腕を組んで、会場全体に目をやった。

 多くの部下たちが通路を巡回している。

 観客たちは興奮しているようだが、今のところ、大きな問題はないようだ。

 このまま何も起こらなければよいのだが――。


 と、その時だった。


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」


 一際大きな歓声が上がる。

 舞台を見やると、二機の鎧機兵が正面からぶつかり、鍔迫り合いをしていた。

 ここにまで機体が軋む音が聞こえてきそうな迫力である。

 実力はかなり拮抗しているようだ。


(……ほう)


 ガハルドは、双眸を細めた。


(……これは、なかなかどうして)


 あごに手をやり、今度はビッグモニターに視線を移した。

 そこには、二人の少女の姿が映し出されていた。


 実の娘であるアリシア。

 そして、親友の娘であるサーシャだ。


 ガハルドにとっては、生まれた時から知る娘たちだった。

 泣くところも、怒るところも。

 不貞腐れるところも、笑うところも。

 本当によく知っている。

 そんな二人が、今は真剣な表情でこの試合に臨んでいる。

 まさか、あの娘たちが、これほどの戦闘を見せるとは……。


「……《業蛇》との戦いも、異国での研修も成長の糧になっているのだな」


 ガハルドは、微かに苦笑を浮かべた。

 そして自分の両手を少し掲げて、視線を落とした。


(……あの子も十七になるのだな)


 アリシアが生まれた時の軽さを思い出す。

 あの子は少し未熟児だった。

 あまりにも軽すぎて、とても不安になったことをよく憶えている。

 そんな娘の成長を見るのは、父として、まさに感無量だった。

 ただ、同時に自分も歳を取ったのだなと実感も抱く。


「おお。こんな所にいたのか。ガハルド」


 と、その時、不意に声を掛けられる。

 ガハルドが顔を上げて振り向くと、そこには私服姿のアランがいた。


「アランか。何だ? 一人で来たのか?」


「ああ。ゴドーの奴も誘ったんだが、用があるとか言ってな」


 と、アランが答える。

 彼は今日と明日が非番だった。

 この大会のために有休を取ったのだ。


「折角、俺の愛娘と愛弟子の晴れ舞台を見せてやろうと思ったのにな」


 アランが、腕を組んで不満そうに呟く。


「愛娘はともかく、愛弟子か……」


 ガハルドは苦笑を浮かべた。


「確か、フォクス団長の孫娘だったな。お前が、彼女の家庭教師をすると聞いた時は本当に驚いたものだぞ」


「まあ、俺も家庭教師なんて初めての経験だったよ」


 アランも同じように苦笑を浮かべた。


「どう教えればいいのか全く分からなくて色々と苦労したよ。けど、元々才能があったんだろうな。あの子はみるみる内に成長していったよ」


 そこで遠い目をする。


「今や、あの子も頼りとなる部下だ。下手すると、もう俺よりも強いかもな。けど、それでも、あの子が俺の愛弟子であることにも変わりないんだよ。その晴れ舞台を自慢するぐらいはいいだろ?」


「……まあ、その気持ちは分かるが……」


 そう呟き、ガハルドは視線を舞台に移した。

 そこでは《ユニコス》と《ホルン》が激しい攻防を繰り広げていた。

 再び苦笑を零す。


「流石にお前も自分の娘まで出場するとは思わなかっただろう?」


「それは……確かに」


 アランも舞台に目をやった。

 愛娘が操る白い鎧機兵・《ホルン》。

 かつてアランの父が使っていた鎧機兵が、今や別の機体のように進化している。


「正直、《ホルン》が、あそこまで使えるようになるとはなぁ……」


「親父さん世代の機体だしな。困惑するのも当然か」


 と、ガハルドが昔を懐かしんで言う。

 脳裏には、悪ガキ時代の自分とアランの姿が浮かんでいた。

 あの頃はアランの父にもよく叱られたものだ。


「しかし、別に機体だけの話ではないだろう」


 ガハルドは視線を《ホルン》に向けた。

 直後、雷音が轟く。

 《ユニコス》の猛攻の前に、《ホルン》が神速の動きで退避したのだ。


「サーシャ自身、驚くほどに強くなっているぞ」


「……ああ、それは分かるよ」


 愛娘を褒められたのに、アランの表情は複雑なものだった。


「あのとんでもない移動速度は鎧機兵の機能って訳じゃないそうだな」


「ああ。《黄道法》の闘技と呼ばれる技法らしい」


 ガハルドが頷く。


「アリシアはタチバナ殿から。サーシャはクライン殿に教わったそうだ」


「……むむ」


 アランは渋面を浮かべた。


「あの男か……」


 愛娘に付きまとう男。

 アランにしてみれば不倶戴天の敵とも呼べる人物だ。

 まったく。娘とどれだけ歳が離れていると思っているのか。

 父としては、二人の仲は絶対に認めたくない。

 しかし、あの男と師としての実力だけは認めざるを得ないようだ。

 愛娘たちの機体は、鈍重な鎧機兵とは思えない高速戦闘を繰り返している。

 アランが知るものとは、明らかに次元の違う戦闘だ。


「……《黄道法》の闘技か。確かに凄いものだな。しかし」


 おもむろに、アランは眉根を寄せた。


「……ちょっと反則だろう。あれではシェーラにまるで勝ち目がないじゃないか」


「……なに?」


 ガハルドは少し驚いた。


「おいおい。お前、サーシャよりも弟子の方を贔屓しているのか?」


 娘バカなアランとは思えない発言だ。

 すると、アランは、むうっと腕を組んだ。


「無論、俺はサーシャの応援をする。お前には悪いが、今だって、アリシアちゃんよりサーシャの方を応援しているぞ。けどな」


 アランは少し目を細めた。


「シェーラだって、俺にとっては大切な子なんだ。フォクス家の屋敷に引き籠っていたあの子が、どれほどの勇気を出して外の世界に出たと思う?」


「…………」


 ガハルドは無言だ。


 ――シェーラ=フォクス。

 三騎士団長の一人であるカザン=フォクスの孫娘にして、フォクス侯爵家のご令嬢。

 彼女は優れた家柄に加えて容姿も美しく、文武においても素晴らしい才能があった。

 まるで天に愛されたような人物である。

 だが、それだけ恵まれていると、周囲の妬みの対象になりやすいものだ。

 アリシアも、ほぼ同じ環境にあるのだが、ガハルドの娘は勝気な性格かつ、誰にでも公平で親しい態度もあり、妬みを払いのけていた。

 しかし、シェーラ=フォクスはかなり内気かつ、強く言われると反論できない性格が災いして、周囲の妬みに呑み込まれてしまったと聞く。

 それがどれほど酷いものだったのかは、ガハルドも知らないが、結果的に彼女は十二歳で屋敷に引き籠るようになってしまったそうだ。

 まるで自分の娘の対比のようで、ガハルドとしても気が重くなる話だった。


「……アラン」


「……本当に」


 その時、アランは優しい眼差しで呟いた。


「本当に頑張ったんだよ。あの子は……。いや違うな」


 そこでかぶりを振る。


「あの子は今だって頑張り続けている。俺は何年もそれを見てきているんだ。少しぐらいあの子に肩入れしても仕方がないだろう?」


「……そうか」


 ガハルドは目を細めた。

 相変わらず、アランは情が深い。

 この情の深さこそが、彼女を復帰にまで導いたのだろう。

 場の雰囲気が少し暗くなる。と、


「――まっ、今はサーシャの応援をするけどな!」


 その空気を払拭するために、アランはあえて朗らかに笑った。

 次いで、舞台に拳を向けて大声を上げる。


「サーシャ! 頑張れ! 勝つんだ!」


 それを横目に、ガハルドがふっと笑う。


「何を言うか。勝つのはうちのアリシアに決まっているだろう。あの子は天才だからな。まさにシノーラ譲りの才能だ」


 余談だが、ガハルドの妻であるシノーラは、騎士学校時代は十傑の一人だった。

 ガハルド世代で彼女を知らない者はいない。校内一の才女と呼ばれていたのである。


「むむ、確かにアリシアちゃんは、シノーラちゃん並みの天才かもしれないが、戦闘は操手の才能だけで決まるものじゃないぞ」


「ふん。それなら、なおさらアリシアが有利だ。鎧機兵の性能においても、アリシアの方が上だからな。有利なのは才能だけではないさ」


「それを言うのなら《ホルン》は戦闘経験の年数がまるで違うぞ。今の時代まで生き残ってきた経験は、性能だけでは語れないものだ」


 と、親バカたちは張り合う。


「……ぬ」「……むむ」


 ガハルドとアランは互いに視線をぶつけ合った。

 そして――。


「サーシャ! 頑張れ!」


「アリシア! 手加減は不要だ!」


 それぞれ娘に声援を贈る。

 そんな父たちに見守られながら。

 娘たちの戦闘は、さらに加速していった。

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