第三章 激闘
第459話 激闘①
……ゆっくり、と。
白い鎧機兵は、長剣の切っ先を上げた。
対峙する鎧機兵の両腕には、反りの入った二本の短剣が握られている。
分類としては軽装型。
頭部にある一角獣のような角が印象的な、菫色の鎧を纏った鎧機兵。
アリシアの愛機・《ユニコス》である。
《ユニコス》は、双剣を下げたまま構えていない。
一方、白い鎧機兵――サーシャの《ホルン》は円盾も身構えた。
盾を前に、長剣を水平に。刺突の構えだ。
闘技場は静寂に包まれていた。
大勢の観客が、誰一人声を上げない。
実況すべき司会者も、二機の動きを静かに見守っていた。
そして――。
――ズガンッッ!
雷音が轟く!
《ホルン》が《雷歩》で地を蹴り、真っ直ぐ跳躍したのだ。
その勢いのまま全身で刺突を繰り出す!
対し、《ユニコス》は、
『――ふっ!』
右の剣を下段から振るった。
二つの刃が交差する。
――ギィンッッ!
火花が散った。途端、《ホルン》の突進の軌道が変わる。
《ユニコス》が剣で方向を逸らしたのである。
――ガガガガッ!
あらぬ方向に飛んだ《ホルン》は両足で地面を削り、勢いを殺した。
そして竜尾を大きく揺らして、その場で反転。
しかし、すぐに息を呑む。
目の前に、左の剣を振り上げる《ユニコス》の姿があったからだ。
態勢を整え直した一瞬の隙に、間合いを詰めて来たのだ。
『――ッ!』
咄嗟に《ホルン》は円盾を構えた。
直後に襲い掛かる強い衝撃。盾と剣の間に再び火花が散った。
《ホルン》の両膝が沈み込んでいく。
しかし、それでも斬撃は凌いだ。
そうして続く、盾と剣による数瞬の拮抗。
それを破ったのは、《ユニコス》の右の剣だった。
すっと構えて、横薙ぎを繰り出そうとする――が、
――ガンッ!
その前に《ホルン》が盾を払った。
《ユニコス》が仰け反り、大きくバランスを崩す。
刹那、《ホルン》はぐるんと反転した。
白い竜尾が勢いよくしなり、《ユニコス》に襲い掛かる!
――が、
――ズガンッ!
次の瞬間、《ユニコス》の姿は消えていた。
咄嗟に《雷歩》を使って後ろに跳躍。竜尾の一撃を回避したのだ。
白い竜尾を、水中を泳ぐ大魚のように動かして、態勢を整え直す《ホルン》。
間合いを取り直した二機は、静かに対峙した。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」」」
そこで初めて大歓声が上がる。
観客の中には、興奮して立ち上がる者もいた。
『素晴らしい! まさに一進一退の息を呑む攻防です! 《業蛇》討伐の英雄同士! その実力は拮抗するのか!』
と、司会者も声を張り上げる。
二機は動くこともなく、互いの様子を窺っていた。
操縦席で、サーシャは喉を鳴らす。
(アリシア……やっぱり強い)
攻防としては、ほぼ互角。
観客の誰の目にもそう映っただろう。
しかし、それは見かけだけだとサーシャは感じていた。
サーシャは最初から全力だが、アリシアの方にはまだかなり余力がある。
初手は様子見。攻めとしては八割といったところか。
それでようやく互角なのだ。
一手でも読み間違えれば、瞬殺されていたかもしれない。
まるで薄氷の上を歩いているような気分だった。
操縦棍を握る手にも思わず力が籠る。
緊張を隠せずにいた――。
(……サーシャ)
一方、アシリアはアリシアで緊張していた。
蒼い双眸を鋭く細める。
初手の攻防。
アリシアとしては、まだ全力ではない。
サーシャの本気度を確認するため、あえて抑えた攻防だ。
しかし、それを少し後悔する。
サーシャの実力は、自分の想像以上だった。
学校での模擬戦など参考にもならない集中力。
普段ならば一撃ぐらいは当てられるというのに、すべて凌がれてしまった。
今日のサーシャは、紛れもない強敵だった。
(探りなんてせずに全力で仕留めるべきだったかもね)
微かに苦笑を零す。
今の攻防で、サーシャは警戒するようになるはずだ。
次は、より手強くなる。
そう感じていた。
(けど、それが望むことでもあるしね)
アリシアは不敵な笑みを見せて、グッと操縦棍を握りしめた。
サーシャは強い。
強者とのギリギリの攻防は、アリシアも望むところだ。
そして、自分には十傑としての矜持もある。
(たかが学生の称号。けど、私にとってはそれなりに意味があるものなのよ)
それは、アリシアの努力の成果だ。
決して才能だけで得たものではない。自分は天才などではないのだ。
(だから、簡単には負けられないのよ!)
アリシアは眼光を鋭くした。
同時に《ユニコス》が大地を蹴った!
《雷歩》を使った加速。
双剣を十字に構えて、《ホルン》へと突進する!
それを《ホルン》は長剣の刀身に左手を添えて、正面から受け止めた。
『――クッ!』
大きく震える操縦席の中で、サーシャが強く歯を喰いしばる。
交差する三つの刃。衝撃に互いの剣が軋んだ。
さらに、
――ガガガガガガッ!
全重量を乗せた《ユニコス》の突進は圧倒的だ。
《ホルン》は火線を引きながら、後方に押しやられた。
『――《ホルン》ッ!』
サーシャが愛機の名を呼んだ。
途端、《ホルン》の両眼が光り、膝を曲げて重心を前に傾けた。
火線は徐々に弱まり、《ユニコス》の突進は止められる。
刻まれた線に、もうもうと土煙だけが残った。
三本の剣を交差させた状態で二機は沈黙。
――が、
――ガンッ!
渾身の力で《ホルン》が双剣を払いのけた。
互いに後方に跳躍する。が、今度は間合いを取ることをしない。
ほぼ同時に、二機は前へと跳躍した。
そして――。
――ガギィンッッ!
互いの愛機が、再び剣をぶつけ合う!
『行くわよ! サーシャ!』
『うん! 負けないよ! アリシア!』
少女たちは叫ぶ。
――互いの想いを乗せて。
今はただ、全力を尽くす時。
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