第454話 導かれる者たち②

「「「かんぱーいっ!」」」


 奇しくも同時刻。

 とある宿の一階。大衆酒場にて。

 その祝杯の声は上げられた。


「ふふ、おめでとう。レナ」


 キャスリンがにこやかに笑ってジョッキを掲げた。

 ここは、レナの祝勝会の会場。

 レナの仲間たち、《フィスト》のメンバーが集まった場所だった。

 彼女たちは料理が置かれた丸テーブルを囲んで座っていた。


「ああ。余力のある、見事な……勝利だった」


 と、ホークスがジョッキに一口付けて告げる。


「まあな!」


 ジョッキを片手に、レナがニカっと笑う。


「それにくじ運も良かったな! もし初戦がミランシャかシャルロットだったら、負けなくても、初戦からかなり消耗してただろうしな」


「……確かにね」


 キャスリンがジョッキを置いて、少し表情を真剣にして頷く。


「正直に言って侮っていたよ。シャルロットさんは、多分、ホークスと同じくらい……ミランシャさんの技量なんて、レナにも匹敵するんじゃないか?」


「……ああ、俺も、そう思う」


 ホークスも真剣な顔で首肯した。


「それに、彼女たち、だけではない。ベスト8に残った者は……特に団長から、聞いていた、店主殿の身内全員が……かなりのレベルだったな。驚きだ」


「おう!」


 レナは手羽先を手に取って、くしゃりと食い千切った。


「サーシャもアリシアもルカもなかなかのもんだよな! 流石に、ミランシャやシャルロットほどじゃねえけど、みんな将来性は抜群だ! すっげえ大豊作だ!」


「いやいや、レナ」


 キャスリンは呆れたように尋ねる。


「まさか全員スカウトする気かい?」


「おう! とりあえずはな。誘うだけならタダだろ」


 くしゃくしゃ、と手羽先をよく噛む。

 次いで、指先をぺろりと舐める。


「多分、アッシュが入団するのなら、何人かはOKが取れると思うんだ。もしかすっと全員いけるかも知んねえぞ。そんで優勝賞金! あれでさ!」


 ゴクゴクゴク、と。

 レナはジョッキを一気に呑み干して、親指を立てた。


操手衣ハンドラースーツ! オレさ、あの衣服スーツを全員分揃えようと思っているんだ!」


 ………………………………………。

 ………………………………。

 ……数瞬の間。


「――なんでさ!?」


 バンッ、とテーブルを叩いて立ち上がったのは、キャスリンだった。

 ホークスは、ただ唖然としている。


「レナ!? まさか君は、ぼくにもあのエロ衣服スーツを着ろっていうのかい!?」


「いや、確かにエロいデザインだけどさ」


 キャスリンの指摘に、レナは苦笑を浮かべた。


「冗談抜きであの衣服スーツはすげえよ。軽い衝撃ぐらいなら完全に吸収するし、触れ込み通りにマジでナイフも通さねえ。通気性も充分だしな。生存率が上がんのは確実だぞ」


「……ほう。そう、なのか?」


 ホークスが表情を改めた。

 ジョッキを置いて、興味深そうな眼差しをレナに向ける。

 レナは団長の顔で「ああ」と頷いた。


「実際に着てみて実感したよ。まあ、確かに下着インナー寄りの衣服スーツみてえな感じだから、恥ずかしいのも分かるけど、そこは、上着とかでも着とけば、何の問題もねえしな。団長としては是非とも欲しいところだ」


「……むむむ」


 意外すぎるぐらいに真っ当な意見に、キャスリンは呻いた。

 団長として生存率を語られては、反論の余地もない。


「それにさ」


 レナは、少しだけ視線を逸らして言葉を続けた。


「あの衣服スーツってすっげえエロいだろ? 夜にあの衣服スーツで迫ったら、劇的な効果があるんじゃないかって思って……」


「……いや、君は何を言ってるのさ」


 キャスリンは、ジト目でレナを睨みつけた。


「確かに、それはありそうだけど、君はもうあの衣服スーツを手に入れてるじゃないか。なら、さっさとアッシュ君に使えばいいじゃないか」


「いや、もちろん、いざ実戦って時には、オレも使うつもりだよ。選手の中に人妻さんがいただろ? あの人なんて今夜にでも使うとか呟いてたし。けど、オレが言ってんのはキャスのことで……」


「……ぼくだって?」


 キャスリンは、訝しげに眉をひそめた。


「どうして、ぼくの名前が挙がる……」


 と、呟いたところでハッとする。

 次いで、錆びた鎧機兵のような動きでホークスの方に目をやった。

 誠実で豪胆な青年は、視線を明後日の方角に向けていた。


「……ホ、ホークスさん?」


「う、む……」


 ホークスは、コホンと喉を鳴らした。


「忌憚なく、言えば、俺は、キャスにはとても、よく似合うと、思った」


「…………」


 キャスリンは、じっとホークスを見つめていた。

 レナの位置からは、徐々に真っ赤に染まっていくキャスリンの耳だけが見えた。

 ややあって、キャスリンは、ギギギと首を動かした。

 そして、


「あの、レナさん」


「おう?」


「一着おいくらなのでしょうか?」


「いや、オレに聞かれても」


「明日、スタッフの方に聞いて頂けませんか?」


「おう。いいぜ。つうか、変な敬語やめろよ」


 レナは苦笑した。

 やはり、キャスリンも欲しがると思った通りだった。


「まあ、購入に関しては商会の人と相談しようぜ。サーシャたちはもう持ってるから必要な数はそこまで多くねえはずだし……っと」


 と、そこでレナは視線を四人用の丸テーブルで唯一空いた席に目をやった。


「けどよ、ダインの奴は遅いよな」


「……ああ、ダインか」


 ホークスが宿の外に視線を向けた。


「あいつは、少し一人で呑みたい、と言って出て行ったぞ」


「え、マジか」


 レナが目を瞬かせる。


「まあ、ダイン君はね」


 キャスリンが肩を竦めて告げる。


「ちょっと色々考えているみたいだよ。今はそっとしておこうと思ってね」


「何だ? 悩み事か?」


 レナは小首を傾げた。

 が、すぐにピンときた。


「あっ、もしかして女なのか?」


「……いや、確かに女だけどさ」


 キャスリンが何とも言えない表情を見せた。

 ホークスも少し困っている顔だ。

 しかし、そんな二人の表情には気付かず、レナは「そっか」と腕を組んで頷く。


「あいつ、全然浮いた話がなかったけど、遂に女が出来たのか」


「……いや、残念ながら、まだ片思いかな」


「そうなのか?」


 レナは、キョトンとした表情を見せた。

 ダインの想い人が自分であるとは思ってもいない顔だ。

 キャスリンとホークスは顔を見合わせて、小さく溜息をついた。


「……君は本当にアッシュ君一筋なんだね」


「え? 何だ? 唐突に?」


 レナは少し首を傾げたが、すぐに、


「そんなの当り前だろ」


 何を今さらといった顔で、彼女は笑った。


「だって、オレはアッシュの女なんだからな!」


 全く迷いのない宣言だった。

 キャスリンたちは深々と溜息をつき、かぶりを振った。

 ある程度想像はしていたが、やはりダインの野望は果てしなく険しいようだ。


「……まあ、いいさ」


 キャスリンは再びジョッキを手に取った。

 次いで、丸テーブルに置いてある発泡酒の瓶も手に取り、空になっていたレナのジョッキにしゅわわと発泡酒を注いだ。


「おっ、悪りいな。キャス」


「いいよ。今日は君が主役なんだしね」


 キャスリンはホークスと自分のジョッキにも注いだ後、瓶をテーブルに置いた。


「では、改めて」


 ジョッキを片手に、キャスリンが音頭をとる。


「第一回戦の突破を祝して。そしてレナの優勝を願って」


 まあ、叶うのならばダイン君の恋の成就も。

 と、密かに心の中で付け足しつつジョッキを掲げた。

 レナとホークスも同時に掲げる。

 そうして声を揃えて告げた。


「「「かんぱーいっ!」」」

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