第一章 導かれる者たち

第453話 導かれる者たち①

「「「かんぱーいっ!」」」


 その日の夜。王城ラスセーヌにて。

 半ば私物化が懸念されるいつもの第三会議室で、その声は上がった。

 時刻は七時過ぎ。

 長机の上には鶏の丸焼きなどの多くの料理が鎮座し、香ばしい匂いが部屋を満たす。

 今宵、第三会議室は祝勝会の会場となっていた。


「一回戦突破、おめでとうございます」


 と、告げるのはリーゼだった。

 現在この部屋には、六人の人間がいた。


 まずは、アティス側の人間。

 サーシャにアリシア。そしてルカ。


 次いで、エリーズ側の人間。

 メルティアと、リーゼと、アイリだ。


 サーシャたちは制服姿のまま、メルティアは着装型鎧機兵を脱いだ私服。リーゼはエリーズ国の騎士学校の制服を着て、アイリはいつもどおりのメイド服だ。

 全員が果実水ジュースを注いだグラスを片手に、思うがままに立って談笑していた。

 なお、オトハとシャルロットとミランシャは、市街区の酒場で祝勝会及び、残念会を催しているらしい。

 レナも今頃、仲間内で集まっているはずだ。サクヤだけは、仕事のために工房に戻ったアッシュの傍にいた。ユーリィはサクヤを警戒してアッシュから離れずにいた。

 エリーズ側で言うと、団体行動が苦手なのか、リノは早々に姿をくらましていた。


 ともあれ、各自それぞれ祝勝会を行っている訳だ。

 余談なのだが、サーシャたちの祝勝会にはコウタやエドワードたちも誘ったのだが、彼らは「……ごめん。少し用事があるんだ」「悪りい。けど応援はしてるぜ」と言って、満身創痍に見えるジェイクの肩を支えて市街区に消えていった。


 結果、男子禁制のような祝勝会になったのである。


「見事な戦闘でしたよ。ルカ」


 ネコ耳をピコピコと動かして、メルティアが言う。

 ルカは「えへへ」と笑った。師に褒められてよほど嬉しいのか、頬を紅潮させて何度も果実水ジュースを口にする。


「……うん。圧倒的じゃないかって感じだったよ」


 と、アイリもどこか誇らしげに言う。

 事実、ルカの戦闘はまさに瞬殺。圧倒的だった。

 現状の下馬評では、ミランシャ、レナに次ぐ三番手だった。

 抽選の組み合わせ次第では、充分に優勝が狙える順位だった。


「コウタも認めるルカなら大丈夫でしょう。優勝は確実です」


 果実水ジュースを一口呑んで、メルティアは微笑む。


「ちょっと、メルちゃん」


 そこへ、アシリアがパタパタと手を振って現れた。

 隣には、ヘルムもブレストプレートも着けていないサーシャの姿もあった。


「私とサーシャのこと忘れてない?」


 腰に片手を当てて、アリシアはそう告げる。

 サーシャは、幼馴染の傍らで控えめに笑っていた。

 少しだけ年上であるアリシアとサーシャの果実水ジュースには、若干のアルコールが入っているのか、彼女たちの頬は微かに赤かった。

 メルティアは苦笑を零した。


「もちろん忘れていません。アリシアお義姉さま。サーシャお義姉さま」


 弟子であるルカや、または、付き合いがそこそこ長いミランシャとシャルロットのことは名前で呼ぶことが多いのだが、メルティアは――ちなみにリーゼもアイリも――彼女たちのことはすでに『義姉』を付けて呼んでいる。


「ですが、やはり弟子には甘くなってしまうものですので」


 と、堂々と公私混同的な意見を告げる。

 アリシアは「はは、そうかもね」と苦笑を浮かべつつ、ジト目でサーシャを見つめた。


「アッシュさんも、サーシャには無茶苦茶甘いし」


「……う」


 サーシャは頬を引きつらせた。

 アッシュが弟子に甘いことはサーシャ自身も自覚している。


「け、けど……」


 しかし、それでも時には厳しいこともあるのだ。


「対人訓練の時なんて厳しいよ。時々、ぺしっと頭も叩かれるし」


「そんなの甘噛みもいいところじゃない」


 アリシアの不満は収まらない。


「アッシュさんが本気でサーシャを叩く訳でしょう。対人訓練だって細心の注意を払っているわよ。と言うよりも――」


 アリシアは、ビシッとサーシャを指差した。


「ここに断言するわ。サーシャ。あなたは、世界で最もお師匠さまにお姫さま抱っこをされている弟子であるとね!」


「―――はうっ!」


 その自覚もあるのか、サーシャは思わず仰け反った。

 アリシアの追及は、なお留まらない。


「体力の限界まで訓練して、その上でお姫さま抱っこをしてもらう。自分のすべてを彼に委ねて、さぞかし幸せなんでしょうね。どうせならこのままベッドまでお持ち帰りして欲しいなとか内心で考えてたりしてない?」


「――そ、そんなことはっ!?」


 サーシャは露骨に動揺した。

 手に持ったグラスを今にも落としそうなぐらい視線が定まらない。

 アリシアは「……図星ね」と目を細め、メルティアやアイリ、リーゼも興味深そうにサーシャに注目した。ルカだけは今も果実水ジュースを呑み続けている。


「ずばり、サーシャ!」


 乗りに乗ったアリシアは、声も高らかに断言する。


「あなた、今回優勝できた暁には、『ステージⅡ』どころか『ステージⅢ』にまで行くことを目論んでいるでしょう!」


「…………ッ」


 サーシャは言葉もなく目を見開いた。

 次いで、反論もせずにひたすら視線を逸らし続ける。

 完全に図星のようだった。

 メルティアたちは「「「……ステージⅢ?」」」と、聞きなれない言葉に眉根を寄せていたが、アリシアは渋面を浮かべて幼馴染を睨みつけた。


「サーシャって、大人しいふりして大胆って言うか、時々腹黒よね」


「は、腹黒って何!?」


 と、サーシャが顔を赤くして叫んだ時だった。


「……違うよ、アリシアお姉ちゃん」


 不意に声を上げる者がいた。

 全員が声の方に目を向ける。そこにいたのはルカだった。

 彼女は一度、ヒックと肩を震わせると、


「『ステージⅢ』にいくのは、サーシャおねえちゃんじゃないよ」


「……ルカ?」


 アリシアが訝しげに眉根を寄せた。

 サーシャも、キョトンとした顔でルカを見つめる。

 すると、


「だって、『すてーじすりー』にいくのは、わたしだから」


 ――ヒック、ヒックと。

 何度もしゃっくりを上げてルカが言う。

 アリシアたちは、過激な発言そのものよりもルカの状態に困惑した。

 アリシアは、ルカが両手で持つグラスに注目した。

 中はすでに空になっている。


「え? もしかして、それってアルコール入りじゃあ……」


「うん。わたし、なんだよ」


 アリシアの動揺をよそに、ルカは語り続ける。

 カラン、と空になったグラスを床に落とすと、自分の両頬を押さえて。


「ゆうしょうして、ほめられて、かめんさんに、よくがんばったなって、なでなでしてもらって、それでね……」


 ルカは、心から幸せそうな笑顔を見せた。


「よるにね。かめんさんに、あいしてもらうの。さんにんめは、わたしなの」


「「……え? ル、ルカ?」」


 アリシアとサーシャが困惑の声を上げる。

 メルティアたちも「……ル、ルカ?」と動揺していた。

 一方、ルカは、ふらふらとアリシアの方に向かって歩き出した。


「はじめてだけど、がんばるから。いろんなこと、いっぱい、おぼえるから」


 ふらりふらりと歩きながら、制服のネクタイを解き、胸元を開けていった。

 傷一つない綺麗な肌が、大きく露出していく。


「ちょ、ちょっとルカ!?」


 アリシアが目を丸くして叫ぶが、ルカは聞いていない。


「ヒック。あのね、かめんさぁん、ぎゅっとしてほしいの。それから、わたしを、たくさんあいして。いっしょうけんめいがんばるから。それでね、さいしょは、おんなのこがいいの。ふたりめは、おとこのこ。えへへ。おかあさんといっしょ」


 にへらと笑う。


「ル、ルカ!? 何を言ってるの!?」


 アリシアは激しく動揺した。

 するとルカは両手を広げて、アリシアに跳びついてきた。


「かめんさぁん!」


「えっ、ちょ、ちょっとルカ!?」


 飛び込んできた妹分を正面から抱きとめる。

 ――むにゅんっと。

 自分では持ちえない弾力性を感じて少しヘコむが、今は妹分のことが心配だった。


「ルカ! 大丈夫なの!」


 けれど、そんな心配をよそに、


「……えへへ、かめんさあぁん」


 アリシアに抱き着たルカは、幸せいっぱいの笑顔を見せていた。


「わたし、がんばるから、こんやは、たくさん、あいしてくださぁい」


 そう呟いて、ルカは、スゥスゥと寝息を立て始めた。


「……ル、ルカ?」


 サーシャは、恐る恐るルカの顔を覗き込んだ。

 彼女は赤く染まった顔で「や、そこは、はずかしい、です。けど……」と呟いていた。

 どうやら夢の中で、早速アッシュにようだ。

 サーシャは、思わず頬を赤らめた。

 メルティアたちは、言葉も出ない様子だった。


「……ルカ。あなたって……」


 サーシャ以上に大胆かつ、より一層進んだことを考えている妹分に、ただただ唖然とするアリシアであった。

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