第434話 願い事一つだけ②
「――……という流れに持ち込んでみました」
およそ二時間後。王城ラスセーヌの第三会議室にて。
サーシャはそう言葉を締めた。
ここ最近は、ほとんど女性陣の専用部屋になっているようなこの会議室で、サーシャは同志たちに事の経緯を報告したのである。
「「「おおお~」」」
途端、感嘆の声と共に拍手が巻き起こる。
サーシャは少しドヤ顔だ。
今、この場には五人の女性がいた。
サーシャ、アリシア、ルカ、ミランシャ、シャルロットの五人だ。
サクヤ、オトハ、ユーリィは不在だった。
サーシャのみが前に立ち、アリシアたちは定位置とも言える各席に座っていた。
「……やるわね。サーシャ」
アリシアが、親友の知略に舌を巻く。
「ちゃっかり、自分にも役得が来るように誘導するなんて」
「……えへへ」
サーシャは、少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「サーシャお姉ちゃん、凄い」
ルカも胸元で両手を重ねて、尊敬の眼差しを見せている。
「……サーシャさまの手腕はお見事です。ですが」
シャルロットが呟く。
「そのレナという女性。なんと迷いのない方なのでしょうか……」
「……はい」
サーシャは、神妙な顔で頷いた。
「レナさんは本当に迷いがありません。真っ直ぐ目的に突き進んでいる感じでした」
「コ、コウ君から聞いた、お師匠さまの話だと……」
ルカが、サーシャの呟きに続く。
「レナさんは、当時から、仮面さんのことが、好きだったみたい、です。恋人だったサクヤさんの、目も気にしないで、真っ直ぐで」
「侮れない方です。ですが、良い話も聞けました」
そこでシャルロットは、自分の胸を片手で少し支えた。
微かにだが、口元が綻んでいる。
「……そうですか。あるじ……クライン君は、大きのがお好きですか」
サクヤ、オトハにもほとんど劣らないシャルロットにとっては朗報だ。
サーシャもその点ではご機嫌であり、今の時点でも相当なポテンシャルを持ち、将来性が抜群なルカもニコニコとしている。
一方、不満顔なのがアリシアだ。「……むむむ」と呻いている。
「分かってはいたけれど、キツイわね」
ググッ、と唇を噛みしめる。
と、その時、シャルロットがおもむろに立ち上がった。
「シャルロットさん? どうしたんですか?」
サーシャが首を傾げると、シャルロットは微笑んで答えた。
「クライン君がお願い事を聞いてくれるというのならば、私も静観していられません。今から闘技場に参ります。実は、リーゼお嬢さまも《夜の女神杯》には興味がおありだったのですが、今回は私たちのために辞退してくださっているのです」
シャルロットの主人であるリーゼの実力はなかなかのものだ。
しかし、彼女は今回の優勝賞金額を聞いて出場を辞退した。これから色々と入用になるはずのシャルロットたちのことを配慮したのだ。
「お嬢さまのお心遣いまでお受けした以上、お応えせねば女が廃ります」
シャルロットは、グッと拳を固めた。
「……シャルロットさんも出場か」
一方、アリシアは、悩ましげな表情を見せていた。
はあァ、と小さな溜息も零れてくる。
実は、シャルロットとは何度か模擬戦をしたことがあるのだ。
主人の護衛も兼ねた武闘派メイドさんだけあって、彼女は相当強かった。
話を聞くと、シャルロットはコウタやリーゼの先輩でもあり、エリーズ国の騎士学校を次席で卒業した才媛であるらしい。
ルカとサーシャも、微妙な表情を浮かべている。
シャルロットは、優勝候補と言ってもいい強敵だった。
けれど、シャルロットを止める権利は、彼女たちにはなかった。
「では、失礼いたします」
シャルロットは皆に頭を下げると、そのまま退室しようとした、その時だった。
「――納得いかないわ!」
――バンッ!
突如、机を叩いて立ち上がる者がいた。
不機嫌極まる顔で、ずっと沈黙していたミランシャである。
全員の視線がミランシャに集まった。
「アシュ君が大きなおっぱい好きなのはもう仕方がないわ! サクヤさんやオトハちゃんを見てたら自明の理ですもの! だけど!」
ミランシャは叫ぶ。
「なんでアタシが出場自粛なのよ! 他の人は勝ったらご褒美なのに不公平だわ!」
「いや、だってそれは……」
アリシアが、頬をかいて告げた。
「流石にミランシャさんはダメでしょう。格が違いすぎますし、そもそもミランシャさんの愛機は、どう見ても闘技場向きじゃないですから」
「うううう……」
ミランシャは唸る。
彼女の愛機・《鳳火》は世にも珍しい鳥型。飛行型の鎧機兵だ。
闘技場は広さが限定された舞台だ。構造上、天井部は吹き抜けになってはいるが、それでも飛行型が真価を発揮できるような場所ではない。
ただ、アッシュが懸念しているのは、ミランシャの環境的な不利よりも、勝つためなら彼女が竜巻でも起こして闘技場ごと吹き飛ばしそうだからだ。
「まあ、オトハさんも自粛がかけられていますし、今回は……」
と、サーシャが宥めようとしたら、
「オトハちゃんはいいのよ! だって彼女は『ステージⅢ』なのよ! その気になったらいつでもアシュ君に甘えられる立場なの! それにシャルロット!」
そこで、ミランシャはシャルロットを指差した。
突然名前を呼ばれて、シャルロットは驚いた顔をする。
「何でしょうか? ミランシャさま」
「あなた、優勝して、アシュ君にエッチなお願いをする気なんでしょう!」
その指摘に、全員が「え?」と呟いた。
そして、すべての視線がシャルロットに集まる。
シャルロットは無表情だった。
――が、
「~~~~~~~っ」
不意に、口元を片手で押さえて視線を逸らした。
表情はほとんど変わっていないが、首筋から耳まで真っ赤だ。
「「「え、えええええッ!」」」
アリシアとルカは立ち上がり、サーシャは目を丸くした。
「そ、そこまでお願いする気だったんですか!」
「シャ、シャルロットさん……?」
アリシアとルカが、茫然とした。
「い、いえ、その……」
シャルロットはずっと視線を逸らしつつ、言い訳をする。
「私はすでに『ステージⅡ』ですし、レナさまに負けてはいられないと思いまして……」
もじもじと指先をつつく。
「うわあ……」「シャルロットさん……」
アリシアとルカがジト目になる中、サーシャだけは「そっか……。ここで一気に『ステージⅢ』に行くのもありなんだ」と呟いていた。
「ともかくよ!」
バンッ、と再びミランシャが机を叩いた。
「アタシだけ機会がないのは不公平なのよ! アタシが出場できるように、みんなでアシュ君の説得を手伝ってよ!」
「ええ~……それは」「流石に無理かと」「う、ん。多分それは……」
アリシア、シャルロット、ルカが難しい顔をした。
「流石にミランシャさんの出場は無理ですよ。先生が認めてくれるとは思えません」
と、サーシャがはっきりと告げる。
「うぐゥ……」
ミランシャは、少し涙目になった。
「ずるい……」
そして――。
「みんなずるいっ! 卑怯だわっ!」
そう叫んで、ミランシャは部屋を飛び出して行った。
残されたメンバーは、しばし沈黙していたが、
「……では、みなさま」
シャルロットが改めて頭を下げた。
「私は、これから闘技場に行って参ります」
「あ、はい。行ってらっしゃい」
ぺこり、とサーシャも頭を下げる。
そうして、シャルロットも部屋を出て行った。
サーシャは、しばらく二人が出て行った扉を見つめて。
「……何も起こらなきゃいいけど……」
何となく頬を引きつらせて、そう呟くのだった。
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