第五章 ロマン・チェイサー・リターンズ!
第395話 ロマン・チェイサー・リターンズ!①
――アティス王国・市街区。
その一角に構える第三騎士団詰所の団長室にて、アリシアの父であるガハルド=エイシスは、非常に頭を悩ませていた。
団長席の椅子に座って、眉間を指で強く押さえている。
頭痛がする訳ではない。
ただ目の前の事態に、頭がついていけないのだ。
「……おい、お前な」
ガハルドは、深い溜息をついた。
そして視線を、来客用のソファーの方に向ける。
そこには、両腕を背もたれに投げ出して、どっしりと座る四十代の男がいた。
「ん? 何だ? 俺と再会できて嬉しいのか? ガハルド」
ニカっと笑うゴドー。
ガハルドは、再び溜息をついた。
「再会も何も、お前一体何を考えているんだ」
渋面を浮かべる。
「いきなり帰ってきたと思えば、挨拶もなくいきなりいなくなって。旅行の引率を買って出たくせに突然いなくなるから、アリシアの奴は呆れていたぞ」
以前、ゴドーが帰ってきた時、ゴドーは娘達に『シルクディス遺跡』への旅行を勧め、一行の引率を買って出たのだ。
しかし、一行が戻ってきた時、そこにゴドーの姿はなかった。
娘の話では唐突にいなくなったそうだ。その件では、同行していた他の引率者であったアッシュやオトハも、何とも言えない表情をしていた。
さぞかし、ゴドーのせいで苦労をしたのだろう。
そう察したガハルドは、あえて詳細までは聞かないようにした。
「まあ、俺にも事情があったんだ。許せ」
言って、ゴドーは肩を竦めた。
若い頃から変わらない飄々としたゴドーの態度に、ガハルドは三度溜息をついた。
「まあ、引率はクライン殿とタチバナ殿がしてくれたからいいが……」
「うむ! 夫のやむを得ない事情を酌んでフォローしてくれるとは、やはりオトハは良い女だな! 流石は俺の女だ!」
ゴドーは満足げに「うんうん」と頷く。
「早速、今夜にでも可愛がってやらねばな!」
「いや、お前な」
ガハルドは、半眼で友人を睨みつけた。
「こないだ帰ってきた時に、落とすとか言っていた新しい嫁とはタチバナ殿のことだったのか。つうか、多分付き合ってないよな?」
「うむ! 残念ながらな! だが諦めた訳ではない!」
と、告げるゴドーに、ガハルドは呆れたような視線を向けた。
「いや、お前な。彼女と幾つ歳が離れていると思ってんだ。そもそもお前には嫁がすでに十一人もいるんだろ? もう歳も歳だし、そろそろ自粛しろよ」
「ふん! 何を言うか!」
ゴドーは、ガハルドの言葉を鼻で笑い飛ばした。
「俺は生涯現役だ! それにあれほどの女を前にして手を出さなくてどうする!」
そこで、ゴドーはググッと握り拳を作って見せる。
「うむ。そうだな。オトハを落とす手順としてはこうか。まどろっこしい駆け引きはもうなしだ。まず念入りなキスで蕩けさせて、呆けている間にベッドまで連れ込む。それからベッドの上でオトハの気丈な仮面を少しずつ剥がしていくのだ。ぐふふっ、根は純情なオトハのことだ。愛らしくテンパるかもな。そんなオトハの緊張を愛撫でじっくりとほぐしていき、ほどよく仕上がったところで俺も本気を出して――」
「ああ、うん。お前、もう黙れ」
ガハルドが、冷めた眼差しでゴドーを見据えた。
「なんで昼間から、お前の女の落とし方なんて聞かなくちゃならないんだ。つうか手順がもう完全に犯罪じゃないか」
「むむ。お前が自粛しろなど理不尽なことを言うから俺も乗ったんだぞ」
ゴドーは、ムッとした表情を見せた。
ガハルドは、半眼になる。
「何が理不尽だ。四十代も半ばを越えたおっさんが。いい加減枯れろ」
「何を言うか。男は四十越えてからが本番だろ。それにオトハに関しては……ふふ、それは事がすんでから報告してもいいか」
と、あごに手を当てて、ニマニマと笑うゴドー。
それから、訝しがるガハルドを見やり、
「そもそもお前がそれを言うのかよ。ガハルド」
「……なに?」
ガハルドは、ピクリと片眉を動かした。
すると、ゴドーは双眸を細めて両腕を組んだ。
ふふん、と鼻を鳴らす。
「お前、俺とアランと飲んだ夜、相当テンション上がってたよな」
そう告げられ、ガハルドは「う、む」と呻いた。
「確かにそうだが、あれは酒の席で……」
「単刀直入に聞くぞ」ゴドーはニヤリと笑う。「俺が去ってからそれなりに経つが、あの日以降、シノーラちゃんにどう接したんだ? 流石のシノーラちゃんも、いきなりのことで動揺していなかったか?」
「――うぐっ!?」
ガハルドの顔が強張った。
なお、シノーラとはガハルドの妻。アリシアの実母だ。彼女はガハルド達と同い年なのだが、今でも三十代半ばでも通りそうな美しい女性でもある。
ゴドーは、ニタニタと笑った。
「その表情から察するに一度や二度ではないようだ。よもや毎夜なのか? おお~、なるほど、なるほど。これは感服した。ガハルドさんは本気で侯爵家の跡取りを御作りになられるおつもりのようだ」
そこで大仰に肩を竦めるゴドー。
「いやはや。ガハルドさんはお若い。とても俺と同い年とは思えませんな」
「――うっさいわ!」
ガハルドは、バンッと机を叩いて立ち上がった。
「そんなことお前には関係ないだろ! 用がないならもう帰れ! 俺も忙しんだ!」
照れ隠しなのか、怒りなのか。
ガハルドは顔を真っ赤にして怒鳴る。と、
「それは悪かったな。今日はたまたま戻って来たから顔を見せに来ただけだ」
言って、ゴドーは苦笑しつつ、立ち上がった。
「仕事の邪魔をして悪かったな。それにしても……」
ゴドーは、団長席の書類の山に目をやった。
「本当に忙しそうだな」
「……まあな」
少しは落ち着いたのか、ガハルドは、ドスンと椅子に座った。
「王女殿下のご友人の対応に加え、《九妖星》の潜伏も――……」
と、言いかけたところで、ガハルドはハッとした。
ゴドーは双眸を細めた。
「……潜伏だと?」
「いや、すまん。それは忘れてくれ。失言だ」
と、ガハルドが言う。ゴドーは一瞬だけ真顔になるが、
「ああ。機密事項ってやつだな。分かったよ。ところで、王女殿下の友人って方は別に聞いてもいいのか?」
純粋な好奇心からそう尋ねる。
ガハルドは「……ああ、そうだな」と呟いてから、
「まあ、そっちは別に構わんだろう。お前はクライン殿とも面識があるからな」
「……なに?」ゴドーは再び双眸を細めた。「何故、奴の名が出てくる?」
すると、ガハルドは苦笑を浮かべた。
「いや。なに。王女殿下のご友人はな、実はクライン殿の弟君でもあるんだ」
「――なんだと?」
ゴドーは珍しく驚いた顔をした。
「弟? 奴に弟がいるのか?」
――《双金葬守》アッシュ=クライン。
情報ではあの男は天涯孤独。血のつながった身内はいないはずだが……。
ゴドーが訝しげに眉根を寄せていると、
「ああ。実の弟らしい。まだ十六歳の少年だ。随分と前に生き別れていたそうだ。八年ぶりの再会だと言っていたよ」
「……ほう」
それは初耳だ。
思いがけない情報に、ゴドーは顎髭に手をやった。
ガハルドは、さらに言葉を続ける。
「礼儀正しく聡明な少年だよ。そして強い」
「ほう。そうなのか?」
あの男の実弟。弱いとは思わないが、強いと聞けば興味も湧く。
「ちょっと信じられないぐらいにな。ああ、それと……」
そこで、ガハルドは何とも言えない苦笑を浮かべた。
「兄上に似て、異性にとてもモテるようだ」
「ほほう……」
ゴドーは感嘆の声を上げた。
「それは興味深いな。その少年もまた俺や奴と同じくハーレムを志す者なのか」
「いや。だからお前と一緒にするなよ」
ガハルドは呆れるように嘆息しつつ、
「ただ、彼の近くに異性が多いのは事実だな。こないだも新しい少女が増えていた」
「ほう」
「それも、息を呑むような凄い美少女だったぞ。歳の頃は十五、六ぐらいかな。初めて見る子だったが、恐ろしいぐらいの美貌の持ち主だったな。しかも、彼に好意を抱いているのは一目瞭然だった」
その反面、他の少女達が不機嫌になっているのも印象的だった。
あの少年も苦労しているのかもしれない。
「ふむ。シノーラちゃんや、アリシアちゃん。サーシャちゃんにも見慣れているお前でさえも唸らせるほどの美少女か」
ゴドーは、うんうんと二度頷いた。
「それも興味深いな。一度会ってみたいぞ」
「おいおい。お前、また不審なことを」
と、ガハルドが眉をしかめるが、ゴドーは苦笑で返した。
「心配するな。十五は流石に攻略対象外だ。まあ、口説くとしても数年後だな」
そう言って、ゴドーは背中を向けた。
次いで、プラプラと手を振った。
「仕事中、邪魔して悪かったな。また会いに来るから、アランと一緒に飲もう」
「ああ、そうだな」
ガハルドはそう言って、友人を見送った。
ゴドーは一人、黙々と第三騎士団の詰所の廊下を進んでいく。
(……ガハルドの様子からして、あの男は俺の副業については何も伝えていないようだな。それに関しては僥倖だが、それにしても、あの男の弟か)
ゴドーは双眸を細めた。
(興味はあるな。暇があれば会ってみるか。しかし今は――)
気になるのはもう一つの方だ。
(ガハルドの奴、《九妖星》の潜伏とか言っていたな)
言葉通りなら、この国に《九妖星》の誰かが潜伏していると言うことなのだろうか?
しかし、現在この国に《九妖星》が来訪する意味はない。
(オルドスの奴が誰かに見つけられたのか? いや、仮に見つけられても、奴が《冥妖星》であることを知る者など社内でも少数だしな)
どちらかというと、見つかった場合、新種の魔獣扱いされていそうだ。
となると、やはり他の《九妖星》の誰かがいる可能性が高い。
(……ふむ)
ゴドーは立ち止まり、あごに手をやった。
数瞬の沈黙。
そして、ポツリと呟いた。
「まあ、いいか。俺の目的に支障もないだろうしな」
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