第396話 ロマン・チェイサー・リターンズ!②

 ――くしゅん、と。

 可愛らしいくしゃみが響く。

 意外にも、オトハのくしゃみだ。


「あら? 風邪?」


 紅茶をすすっていたミランシャが首を傾げる。

 そこは王城の一角。

 ミランシャに割り当てられた部屋だ。

 天蓋付きベッドに、壁際に並ぶ美しい調度品。来客用のソファーこそはないが、美しい花を彫刻された丸テーブルに椅子。品の高さが窺える。

 公爵令嬢に相応しい豪華な室内だった。

 現在、その部屋には、三人の女性がいた。

 向かい合って椅子に座るオトハと、ミランシャ。そして彼女達の間に立つように控えるシャルロットだ。


「体調不良ですか? オトハさま」


「いや、そうではないと思うが……」


 オトハは、視線をシャルロットに向けた。


「それよりシャルロット。お前も座っていいんだぞ」


「ええ。そうよ」


 ミランシャも、シャルロットに視線を向けて頷く。


「シャルロットは、別にアタシ達に雇われている訳じゃないし、そもそもアタシ達って友達で仲間でしょう」


 言って、ミランシャは人懐っこい笑みを見せた。

 すでに、ミランシャも、親しみを込めて彼女を「さん」付けでは呼んでいない。

 シャルロットは「……ですが」と呟くが、しばし考えて。


「分かりました。では失礼します」


 そう告げて、椅子の一つに座った。

 三人は丸テーブルを囲って座ることになった。


「さて」


 オトハが口を開く。


「早速だが本題に入るか」


「ええ。そうね」


 ミランシャが頷く。


「サクヤ=コノハナと会話の機会を設ける。そのためには、まずは彼女の今の居場所を探らないとね」


「……確かにそうですね」


 シャルロットが眉根を寄せる。


「しかし、この王都は皇国やエリーズ国ほどではなくとも広大です。彼女を探し出すのには時間と人手がかかるのでは?」


「いや、その点は大丈夫だ」


 オトハが苦笑混じりに告げる。


「私は《星読み》が使える。サクヤ=コノハナを見つけることは容易い。だが……」


 そこで表情を曇らせた。


「《星読み》はクラインも使えるからな。恐らく彼女の生存を知れば、クラインは――」


「……真っ先に彼女の居場所を探るでしょうね」


 苦笑をしつつ、ミランシャが言葉を続けた。


「けど、アシュ君も、今のこの状況にはかなり困惑しているはずよ。たとえ彼女の気配を見つけてもすぐに逢いに行く決意は出来ないでしょうね」


「……そうだな」


 オトハは複雑な想いで腹部に手を回して腕を組んだ。

 そして、ちらりとミランシャとシャルロットを一瞥する。

 色々あったが、今やオトハはハーレムを肯定している。

 後は正妻戦争の覇者になるだけだ。とは言え、アッシュが他の女サクヤに想いを向けることはやはり少し心が痛む。嫉妬心が疼いていてしまうのも事実だ。


 それに加えて……。


「もう一度確認するが、お前達の話は本当なのか?」


 オトハは、真剣な面持ちで尋ねる。


「サクヤ=コノハナが《ディノ=バロウス教団》の盟主という話は」


「…‥ええ。本当よ」


 ミランシャが答える。シャルロットも頷いた。

 オトハが渋面を浮かべる。

 これは先程、二人から聞いたばかりの情報だった。

 あまりに混乱を招く内容のため、年少組には伏せられている情報である。

 ただ、直接、サクヤと出会ったユーリィだけはすでに知っているが。


「この話はクラインも?」


「ええ。知っているわ。コウタ君が教えたはずだから」


 ミランシャはそう答えつつ、肩を竦めた。


「まあ、あくまで彼女自身がそう自称しただけで裏がとれている訳じゃないけど」


「いや、恐らく真実だろうな。彼女にそんな嘘をつくメリットはないし、何より私にも心当たりがある」


 かつてオトハは《ディノ=バロウス教団》に襲われたことがある。

 奴らの狙いは、オトハが持つタチバナ家代々に伝わる御神刀・『屠竜』。《悪竜》の尾の骨より造られたという鎧機兵用の刀だ。

 襲撃の際、奴らを率いていたリーダー格の男はこう言っていた。



『お前達が一機で出てくることは分かっていた。以前、姫さまは仰っていた。傷ついた仲間おんなを戦場に立たせたりはしない。「トウヤ=ヒラサカ」はそういう男だと』



 誰も知らないはずのアッシュの本名。

 あの男は、それを知っていた。


(ようやく得心がいったな。盟主とやらが私が死ねば喜ぶと言っていた意味も)


 要するに当時から自分はサクヤに嫉妬されていたらしい。

 まあ、サクヤの女としての不安と直感は、見事に的中した訳だが。

 なにせ、今の自分は間違いなくアッシュの女なのだから。


(まったくもう)


 微かに頬を朱に染めて、オトハは嘆息した。

 すると、


「どうしたの? オトハちゃん?」


 急に沈黙し始めたオトハに、ミランシャが眉をひそめた。


「い、いや、何でもない」


 オトハはかぶりを振った。


「しかし、その事実も厄介だが、これからどうすべきだな」


「そうですね」


 シャルロットが視線をオトハに向けた。


「探し出すのは簡単でも、果たしてクライン君より私達が先に出会ってもいいのか」


「……そうよね」


 ミランシャはテーブルの上に肘をつき、嘆息した。


「彼女と話し合う場は絶対に必要だわ。けど、私達が彼女と話し合うよりも先に、まずはアシュ君が彼女と出会うのが筋よね」


「……確かにな。しかし……」


 オトハは眉根を寄せた。


「サクヤ=コノハナか……。一体、どんな女なのだ?」


 オトハの自問に近い問いかけに、ミランシャとシャルロットは顔を見合わせた。


「正直、まだアタシ達にもよく分からないわよね」


「はい。印象としては驚くほど綺麗な女性というのが一番強かったですから」


 と、サクヤと直接会ったことのある二人が言う。

 性格まではまだ掴めない。

 それが、ミランシャ達の実感だった。


「……そうか」


 オトハは大きな胸を、ゆさりと揺らして深々と嘆息した。


「ともあれ、今は静観するしかないか」


 オトハの呟きに、ミランシャもシャルロットも頷くのだった。

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