第二章 レディース・サミット2

第384話 レディース・サミット2①

 その日、少年は落ち着きがなかった。

 部屋の中を行ったり来たり。ずっと、それの繰り返しだ。

 時折、自分の黒髪をかいたりしている。

 年の頃は十六歳ほど。

 黒い髪と黒い瞳を持ち、腰に白いケープを纏う、エリーズ国騎士学校の制服を着た彼の名はコウタ=ヒラサカ。アッシュの実弟である。


「コウタ。少し落ち着けよ」


 と、告げるのは、コウタと同じ制服を着た少年だ。

 短く刈った濃い緑色の髪が特徴的な、大柄な少年である。

 ――ジェイク=オルバン。

 コウタの同級生であり、親友だった。


「けど、ジェイク」


 コウタは、泣き出しそうな顔で椅子に座るジェイクを見つめた。


「ミラ姉さんがセッティングした会議。絶対に議題はあのことだよ」


「……まあ、そうだろうな」


 反対側から椅子に座るジェイクは、ギシリと背もたれを鳴らして渋面を浮かべた。


「ルカ嬢ちゃんが呼ばれてんのに、アイリ嬢ちゃんやお嬢、メル嬢は呼ばれねえ。こりゃあ間違いなく議題は、お前の兄ちゃんと、サクヤさんに関することだよな」


 ジェイクは縁あって、コウタの義姉であるサクヤと面識があった。

 いや、ジェイクだけではない。

 メルティアも、リーゼも、アイリも。

 そして、ミランシャとシャルロットも面識があった。

 サクヤは大胆にも、ハウル公爵家に訪問したことがあるのだ。

 ジェイク達が、彼女がコウタの義姉であると知ったのは、その時だった。


「う、うん……」


 コウタは不安そうに頷いた。


「サクヤ姉さんのことは、もうボクから兄さんに伝えているんだ。だから後は……」


「ユーリィ嬢ちゃん達に伝えるだけか……」


 ジェイクは嘆息した。


「死んだはずの恋人の帰還。ユーリィ嬢ちゃん達にはキツイ話だろうな」


「いや。ユーリィさんだけはもう知っているよ。偶然なんだけど、サクヤ姉さんとはもう会っちゃってるし」


 と、コウタが告げる。ジェイクは「そうなのか?」と目を丸くした。

 それは完全に初耳だった。


「《地妖星》と出くわした時にね。実はあの時、サクヤ姉さんが助けてくれたんだ。まあ、その後、本当に色々あって話す機会がなかったけど」


「そうだったのか……」


 ジェイクは、あごに手をやった。


「じゃあ、意外と落ち着いてんな。ユーリィ嬢ちゃんもお前の兄ちゃんに対してガチだと思ってたが、実は恋愛感情とかまでには行ってねえってことか?」


 だったら、ユーリィの落ち着きぶりも分かる。

 しかし、コウタはかぶりを振った。


「ううん。メルは、ユーリィさんは兄さんのことが本気で好きだって言ってたよ」


「う~ん、そっかぁ」


 ジェイクは首を傾げた。


「ユーリィ嬢ちゃんと仲が良いメル嬢が言うんならそうなんだろうな。けど、案外他のメンバーも動揺は少ねえってことなのか?」


「それはどうかなぁ」


 コウタは眉根を寄せた。


「ユーリィさんもサクヤ姉さんに会った直後はかなり動揺していたよ。凄く気落ちもしていたみたいだし。今は落ち着いて見えるけど」


「そっか……」


 ジェイクは、ボリボリと頭をかいた。


「まあ、野郎二人が考えても仕方がねえことだな。それよりコウタ」


 ジェイクは立ち上がり、コウタに目をやった。


「ここに居ても仕方がねえだろ。そろそろ行こうぜ」


「あ、うん」


 コウタは頷いた。

 今日は男達だけ――コウタとジェイク。エドワードとロック。そしてアティス王国騎士学校の数人の男子生徒だけで、ロックの家に遊びに行く約束をしているのである。

 すでに、エドワード達は学校から帰るついでに向かっているはずだ。

 コウタ達も、そろそろ出かけなければならない。


「心配しても意味がねえだろ。詳しい話は後でシャルロットさんにでも聞こうぜ」


「う~ん、そうだね……」


 コウタは眉根を寄せていたが、結局、そう納得した。

 そうしてジェイクと一緒に部屋を出るのだが、数歩進んだところでふと立ち止まり、ミランシャ達が集まっている会議室の方向を見やる。

 そして、


「絶対に荒れるような気がするなぁ、この会議」


 自身にも身に覚えがあるのか。

 そんなことを呟くコウタだった。

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