第385話 レディース・サミット2②
意外にも、会議室は静かだった。
何故ならば、議長が中々議題を切り出さないからだ。
十秒、二十秒と時間だけが経過していく。
そして……。
「……何から語ればいいのかしらね」
ようやく、議長たるミランシャが口を開いた。
ミランシャは全員に一度目をやった。
「これから話すことは、大前提としてアシュ君の過去も話さないといけないの。それで確認しておきたいんだけど……」
ミランシャは尋ねる。
「この中で、アシュ君の過去を知らない人って何人いるの?」
その問いかけに、露骨に顔色を変えた人間がいた。
サーシャ、アリシア、そしてルカだ。
三人は、明らかに表情を曇らせている。
ミランシャは目を細めた。
「なるほど。三人か」
「……待て。ハウル」
その時、声を上げる者がいた。少し不機嫌そうな顔をするオトハだ。
「お前がこれから何を話すかは知らんが、それは本当にクラインの過去まで教えなければならないことなのか?」
オトハは、ミランシャを睨みつけた。
「あいつの過去はあいつのものだ。私達が勝手に話していいことじゃない」
「……オトハちゃんの言うことはもっともだわ。だけど」
ミランシャは、オトハの眼差しを正面から受け止めた。
「これはやっぱり必要なことなの。アシュ君には後でアタシが謝るわ。だから――」
と、ミランシャが言いかけたその時、
「待って」
手を上げてミランシャの声を遮ったのは、ユーリィだった。
全員の視線がユーリィに集まる。ユーリィは一瞬の沈黙後、口を開いた。
「ミランシャさんの話したいことって、もしかして《彼女》のこと?」
「……え」
ミランシャが目を剥いた。シャルロットも驚いた顔をしている。
ユーリィは、自分の推測が正しいのだと確信する。
「なら、確かにメットさん達にアッシュの過去を話すのは必然だと思う。だったら」
一拍おいて、
「私が代わりに話す。アッシュの過去は私が一番よく知っているから」
「……エマリア。お前……」
オトハも、目を見開いて驚いた顔をしていた。
ユーリィはオトハを見やる。
「必要なことなの。アッシュには後で私が怒られるから」
「……そうか」
オトハはそう呟いて沈黙した。
愛娘であるユーリィが、ここまで言うのだ。
本当にこれは必要なことなのだろう。
「……分かった。いいだろう。いずれはフラム達も知ることだしな」
言って、椅子の背もたれに体重を預けた。
ユーリィはこくんと頷くと、ミランシャ、シャルロットに目をやり、それからサーシャ達三人に視線を送った。
「じゃあ、話す。まずはアッシュの村――『クライン村』のことから」
そう切り出して、ユーリィはアッシュと自分の過去を語り出した。
普通の山村で育ったアッシュの日々。将来を約束していた少女のこと。
そして襲撃してきた《黒陽社》。
その際にアッシュが一度殺されたこと。少女が《聖骸主》になったことも。
アッシュが、その時から名前を変えたことも。
そのことだけはオトハとミランシャ、シャルロットも驚いていた。
まさかユーリィがアッシュの本名まで知っているとは思っていなかったのだ。
さらに話は続く。
アッシュが傭兵団に入ったこと。オトハと出会い、戦闘訓練を受けてから《聖骸主》になった少女を止めるために旅立ったこと。
その後、ユーリィと出会って養女にしたこと。
皇国騎士団に入り、本格的に《彼女》と戦い始めたこと。
そして遂に――……。
「そうして私達はこの国に来たの。今度は平穏に生きるために」
そう言って、ユーリィは話を終えた。
その頃には、すっかり紅茶は冷たくなっていた。
結局、誰一人、一度も口を付けずに冷めてしまった。
すでに話を知っているオトハ、ミランシャ、シャルロットはただ沈黙している。
一方、サーシャ達は、
「………っ」
ルカとサーシャは声を殺して、涙を零していた。
二人とも肩を震わせて、深く俯いている。
アリシアだけは涙を流していない。けれど、唇を強く噛みしめていた。
沈黙が続いた。そして――。
「……サーシャ」
アリシアが口を開く。
「今の話。冒頭のところ、聞いたことない?」
「……え?」
サーシャは顔を上げて親友を見つめた。
「昔、ハルトとオニキスが教訓話をしたことがあったでしょう。大陸方面では珍しくないっていう《星神》の話」
「……あ」
サーシャは目を見開いた。
確かに以前、同じような話を聞いたことがある。
ラッセルに小旅行に行った時だ。
あの時聞いた物語の主人公は、最期、鎧機兵に頭を踏み潰されて――。
「……あれって教訓話じゃなくて、アッシュさんの体験談だったってことなのね」
アリシアが、沈痛な声色で呟く。
サーシャは何も答えられない。その話を知らないルカも声を出せない。
すると、
「これで私の話は終わり」
ユーリィが告げる。
次いで、ミランシャを見つめて。
「この話の続きはミランシャさんがするんでしょう? 《彼女》の話を」
「……ユーリィちゃん。あなた……」
ミランシャは眉をひそめてユーリィを見つめた。
しかし、ユーリィは何も答えない。
代わりに、全員の視線がミランシャに集まっていた。
「……そうね」
ミランシャは嘆息した。
「話しましょう。《彼女》の話を。サクヤ=コノハナの話を」
「そ、その人って……」
しゃっくりを繰り返しながら、口を開いたのはルカだった。
「か、仮面さんの恋人だった、人?」
「……ええ。そうよ」
ミランシャは渋面を浮かべつつ、答える。
「《彼女》は確かにアシュ君の恋人だった。そして――」
ミランシャは嘆息と共に告げた。
「今でも自分こそがアシュ君の婚約者だと言い放っている女よ」
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