第351話 スクランブル・サミット②
「さあ、オトハちゃん。そろそろ話を聞かせてもらいましょうか」
と、彼女が言う。
顔の半分を眼帯で覆ったオトハは、呆れるように嘆息する。
紫紺色の髪と、同色の瞳。抜群なスタイルを際立させるような黒い革服を纏う二十代前半の女性。彼女は木製の椅子に座り、足を組んでいた。両手は大きな胸を支えるように腹部に回している。
そこは王都の一角。市街区にある宿の一室だ。
ベッドと机、数個の椅子。それぐらいしかない安い部屋だが、それでも宿の一室。
目の前の女が、わざわざ会話をするためだけに取ったのである。
――ミランシャ=ハウル。
燃えるような赤い髪と瞳。大国・グレイシア皇国の黒い騎士服を身に纏っている。女豹を思わすような、しなやかな肢体が印象的な美女だ。彼女は腰に両手を当てて立ち、オトハを見据えていた。
「話とは何だ?」
オトハが尋ねると、ミランシャはふふんと鼻を鳴らした。
「そんなの決まっているでしょう。ねえ、シャルロットさん」
言って、部屋の一角に目をやる。
この部屋には、オトハとミランシャ以外、もう一人人物がいた。
――シャルロット=スコラ。
藍色の髪と、オトハ、ミランシャにもそう劣らない美貌。スタイルも申し分ないが、最も印象的なのは身に纏うメイド服だ。彼女は現役のメイドさんだった。
「ええ。その通りです。ミランシャさま」
シャルロットは、恭しく頭を垂れる。シャルロットにとって、ミランシャは主人ではないが、彼女は誰に対しても礼儀正しかった。勿論、オトハに対しても。
ただ、今だけは、彼女は鋭い眼差しでオトハを見据えていた。
「では、お教え願えますか。オトハさま。クライン君との初めての夜のことを」
「そう。詳細にね」
ミランシャが、オトハの前にまで移動して告げる。
オトハは内心では相当動揺するが、ふんと鼻で笑った。
「確かにあの夜、私はクラインに抱かれた。だが、そんなプライベートな事柄をどうしてお前達に話さなければならないのだ。そもそもだ」
極力、平然を装ってオトハは告げる。
「私は傭兵だぞ。常に戦場に立ち、死と隣り合わせの傭兵にとってはこういった行為は多いものだ。初陣や、仲間の死を目の当たりにして怯える新兵を慰めるためとかにな。今回の件はそれと似たようなものだ。あの日、あいつはかなり動揺していたからな」
「……いや、あのね、オトハちゃん」
オトハの言い分に、ミランシャは深々と嘆息した。
「動揺する仲間のためってのは、本当にあることかもしれないけど、オトハちゃん、いつも言ってたじゃない。『自分を抱いていいのは自分より強い男だけだ』って。そんな理由で誰かとHするなんてオトハちゃんの主義じゃないでしょう」
「……う」
顔を強張らせて呻くオトハ。
ミランシャは前屈みになって、オトハに顔を近づける。
「それにアシュ君にしても、そんな一時の揺らいだ感情だけで、オトハちゃんを抱く訳ないじゃない。アタシ達の愛した男がその程度だって言いたいの?」
「……う」
オトハは再び声を詰まらせた。
「クライン君は、オトハさまを愛しているからこそ抱いたのでしょう」
と、続けるのはシャルロットだ。
オトハの頬が朱に染まる。
「い、いや、それは、な」
オトハは足を組むのを止めると、内股になって両手の指先をつつき始めた。
ミランシャは少しムッとするが、すぐに言い放つ。
「けど、愛されているのは、オトハちゃんだけじゃないわ。断じてね。アタシもシャルロットさんもよ。だからこそ話を聞いておきたいのよ」
ミランシャの台詞に、シャルロットもこくんと頷く。
「い、いや、お前らな」オトハは困惑した。「本当に、その、それを目指すのか?」
ミランシャ達の計画。
恐るべきことに、オトハ以外のアティス組全員が賛同しているという計画。
――一夫多妻。
ハーレムを受け入れる彼女達の姿勢に、オトハは愕然とした。
すると、ミランシャは首を傾げて。
「オトハちゃんは反対なの?」
「いや、普通は反対するだろう?」
ジト目で返す。と、ミランシャは肩を竦めた。
「分かってないわね。いえ、オトハちゃんのことだから気付いているとは思うけど、まだ体裁を気にしてるんでしょう? でも、もう遅いのよ。アタシ達。そして忌まわしいけどあの女も。すでにアタシ達はアシュ君に愛されているのよ。だから」
ミランシャは、オトハの額を指先で小突いた。
オトハは、ムッと自分の額を押さえた。
「アタシ達は、きっと全員、遅かれ早かれアシュ君に奪われることになるわ。一人残らず。余すことなく。身も心も。オトハちゃんのようにね」
「……まあ、すでに私に至っては所有物と宣言されていますし」
と、シャルロットが続く。
オトハは「……むむむ」と唸った。
ミランシャの言うことが理解できるのが口惜しい。
それは、かつてオトハ自身が、アッシュに想いを寄せる少女達に語った内容だった。
アッシュ本人にはまだ自覚はないが、確かに彼にはそんな強欲さがある。
傲慢なぐらいに貪欲で強欲な想いが確かにあるのだ。
「まあ、この話はまたの機会にしましょう。それよりそろそろ話してよ」
ミランシャが話を進めた。
「アタシ達の時の対策のためってのもあるけど、オトハちゃん、昨日から、ずっとポヤポヤしてるでしょう? 全然心が落ち着いていない感じがするわ。本当は、誰かに話したくて仕方がないんじゃない?」
「そ、それはっ」
オトハは顔を真っ赤にした。
「い、いや、話したい訳じゃないぞ。けど、なんていうかまだ現実感がなくて、その、ずっと想い続けていたことが唐突に叶ってしまって、よく分からなくて……」
「はいはい。分かりました」
ミランシャは、大きく嘆息してそう告げた。
「いいから話しなさいよ。あの夜、何があったのか」
オトハは一瞬沈黙するが、
「う、うむ。仕方がないな。では話すぞ」
このままでは埒が明かないと判断して、真っ赤な顔のまま語りだした。
最初はポツポツと。途中からは身振り手振りを添えて。
ミランシャと、シャルロットは、最初の方は容疑者の証言に立ち会う裁判官のごとく、泰然とした態度で聞いていたのだが、次第にビクッと体を震わせたり、思わず、ひゃっくりを引き起こしたりした。
そうして――。
「……そ、それで、その時だったんだ。耳元で……」
かああっと、前髪で視線を隠すように俯くオトハ。
「耳元で、『そろそろ本気で行くぞ。いいな』って、聞こえたんだ」
ミランシャと、シャルロットも、うなじまで赤らめて俯いている。
今はもう、ただ固唾を呑んで耳を傾けていた。
「わ、私は、その時、完全に呆けてて、よく分からなかったけど、『うん』と頷いたんだ。そしたら、もう一気に激しくなって、触れられただけで全身の感覚も蕩けるみたいになって、後はもう、あいつに甘えるだけで……」
オトハの声は、徐々に小さくなって消えた。
会話にして二十分ほど。そのわずかな時間が経過した後、オトハも、ミランシャもシャルロットも真っ赤になっていた。
オトハは椅子に内股の状態で座ったまま。ミランシャ、シャルロットも、いつしかベッドに並んで座り、小さく縮こまっていた。二人揃って声も出せないようだ。
しばし続く沈黙。
「ミ、ミランシャさま……」
最初に口を開いたのは、シャルロットだった。
強張った顔で横に座るミランシャを見る。
「そ、その、次は年長組の、私かミランシャさまの可能性が高いのですよね?」
その台詞に、ミランシャは「うひゃあっ!?」と背筋を伸ばして声を上げた。
「ア、アタシ達! そ、そうよね。アタシ達の番よね!」
ゴクリ、と喉を鳴らす。
すると、オトハは赤い顔のまま、ふふんと鼻を鳴らした。
「あいつはお前達が思っている以上に凄いぞ。何せ、この私を女にした男だからな。まあ、初めてだと数回ぐらい果てるのは覚悟しておけ」
と、何故か自慢げに、大きな胸をたゆんっと反らして告げるのだが、
「い、いえ、オトハさま」
シャルロットが、おずおずと返す。
「その、何だかんだ言って、現時点ではオトハさまだけがクライン君に異性として扱われているのですよ? 私達の前に、あと二、三戦はオトハさまが先に経験するのでは?」
「うひゃあっ!?」
オトハは、ミランシャと全く同じ声を上げた。
「あ、あと二、三戦!? あれをっ!? い、いや、嫌じゃないけど、あんな自分が全部溶けていくみたいのを二、三戦も……」
「……というより、アシュ君と将来を共にするのなら、そもそも二、三戦どころじゃないんだろうけど……」
と、ミランシャが呟く。オトハもシャルロットも言葉が出なかった。
「……オトハちゃん」
ミランシャが尋ねる。
「まだ、ハーレムに反対?」
「いや、その……」
オトハは言葉を詰まらすが、あの日の夜を明確に思い出して口元を両手で押さえて、
「う、うむ。ま、まあ、強い男に多くの女がいるのは当然だしな。その、うん」
そこで深々と俯く。
「い、一緒に、頑張ろう」
ただ、そう返した。
かくして。
ただ一人を残して。
正式に、全員の意志が統一されたのであった。
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