第352話 スクランブル・サミット③
「うおおおおおお!」
少年が叫ぶ。
拳が空を切る。しかし、それは全く届かない。
次々と繰り出すが、敵は右手一本で払い続ける。
「……ぐっ!」
腰には
黒い騎士服を着た巨漢の少年――ジェイク=オルバンは焦りを抱く。と、
「ジェイク! 横に跳べ!」
言って、飛び蹴りを放ったのはエドワードだ。
ブラウンの髪に小柄な体格を持つ、アティス王国騎士学校の騎士候補生だ。
少年――ジェイクは横に跳んだ。
ギリギリの瞬間まで蹴りの軌道を隠す動きだ。
だが、エドワードの奇襲もあっさりと受け止められる。
右腕で足首を掴まれた。
「う、うおおお!?」
しかも、棍棒でも振るうかのように大きく振りかぶられた。小柄といっても少年。人一人分の重量である。とんでもない膂力だった。
「身構えろよ。二人とも」
敵である青年が言う。
そして、エドワードをジェイクに叩きつける!
「ぐお!」「ぐげ!」
悲鳴を上げる少年達。
そのままエドワードの足首も離したので、二人は揃って吹き飛んだ。
「エド! ジェイク!」
その様子を見て、三人目の少年が叫ぶ。
ジェイクにも負けない体格の少年。ロック=ハルトだ。
――が、次の瞬間、彼はギョッとした。
「うおっ!」
「お前らしいが、仲間に気を取られすぎだぞ。ロック」
青年が、一瞬でロックの前に移動してきたのだ。
直後、まるで鉄槌のような拳が、ロックの腹筋にめり込んだ。
「ぐおおおおおおっ!?」
ロックもまた、大きく吹き飛んだ。そして数セージル先でバウンドし、先にのびていたジェイク達に被さるように止まった。
倒れ伏す三人が、立ち上がるような様子はない。
「さて」
青年が、パンパンと手を鳴らした。
そしてニカっと笑って告げる。
「模擬戦はここまでだ。少し休んだら工房の方に来な。茶でも出してやるよ」
◆
「……お義兄さん。本当に凄いね」
「はは、まあ、これでも《七星》の一人だしな」
白い髪と黒い瞳。白いつなぎを着た青年は、隣を歩く幼女にそう告げる。
アッシュ=クライン。この工房の主人である青年だ。
そして先程、ジェイク達を右腕一本で一蹴した青年でもあった。
「……けど、本当に凄いよ。ジェイクはコウタでも簡単な相手じゃないのに」
アッシュの顔を見上げてそう返すのは、アイリ=ラストンという幼女だった。
年齢は九歳ほどか。薄緑色の長い髪の上に、銀色の小さな冠を乗せたカチェーシャ。さらにはメイド服を着た幼女だ。
格好もなかなか印象的だが、それ以上に綺麗な顔立ちが目立つ子だった。
――が、それもそのはず。
弟の話によると、彼女は《星神》の少女らしい。
《星神》は美男美女ばかり。ユーリィや、アッシュの幼馴染と同じということだ。
彼女は、今日はジェイクと一緒にクライン工房にまで遊びに来ていた。
そして先程の模擬戦を観戦していたのだ。
ちなみに現在、アイリの隣には弟の幼馴染が造ったという自律型鎧機兵――ゴーレムの姿が一機だけある。彼女の護衛らしい。
紫色の玩具の鎧を着こんだような幼児サイズの鎧機兵。小さな尾を揺らしている。アイリと並んで歩く姿は姉第のようだ。
アッシュは、くしゃりとアイリの頭を撫でた。
この子を見ていると、幼かった頃のユーリィを思い出す。
「確かにジェイクは、なかなかのモンだったな。タイマンなら、多分ロックやエロ僧よりも強いだろうな」
「……お義兄さんは、対人戦でもコウタより強いの?」
「ん? まあ、今のコウタとはまだ仕合ってはいねえが、一応兄貴だしな。そう簡単に弟には負けられねえよ」
言って、アッシュは朗らかに笑った。
すると、アイリは何故か溜息をついた。
「……やっぱりコウタよりも強いのかぁ。ジェイクの勝ち目は薄すぎるよ」
と、そんなことを呟く。
「ん? そりゃあ、どういう意味だ?」
「……何でもないよ。それよりお義兄さん」
アイリは、アッシュの手を掴んだ。
「……家事を手伝うよ。私はメイドさんだし」
「おう。ありがとな。けど、アイリ嬢ちゃんはお客様だからな。気持ちだけでいいよ」
「……ううん。気遣いは無用だよ。お義兄さん。私は、ここで義妹ポイントを稼いでおきたいところだし」
「へ? ギマイって?」
アッシュが不思議そうな顔をする。
発音的には『義妹』としか受け取りようがないのだが、流石にこの幼女が弟相手に将来を見越すほどの思慕を抱いているとまでは考えない。
対し、アイリは、今はまだ草原な胸を大きく反らした。
「……私は、他のメンバーより歳が離れすぎているから不利なんだよ。だから、こうやってコツコツ頑張っておかないと……」
と、アイリが未来の義兄に説明しようとした時だった。
ふと、アイリの視線が前を向いて止まる。
そこには一人の少女が立っていた。
容姿的には十二、三歳ほどか。実年齢は十五歳間近だと聞いている。
肩まで伸ばした空色の髪に、翡翠色の瞳。鼻梁においては、人形じみたぐらいに整った美しい少女だ。華奢な肢体には白いつなぎを纏っているが、それでもなお美しい。
――ユーリィ=エマリア。
アッシュの養女である。
「……ユーリィ先輩」
アイリは、自分と境遇のよく似た彼女の名を呼んだ。
だが、彼女は何も答えず、アッシュの傍にゆっくりと歩いてくる。
そして、アッシュの前で両手を広げて。
「……アッシュ。抱っこして」
「いや、ユーリィ?」
アッシュは困惑した表情を見せた。アイリは神妙な顔をする。
(う~ん、どうしたんだ、ユーリィの奴)
アッシュは内心で唸った。
三日ほど前からユーリィはこんな感じだ。
顔を合わせると、何故か抱っこをねだってくる。
今までも甘えてくることはあったし、今回もそうだといえばそれまでだが、ここまで毎回ねだられるのは初めてのことだった。
(……けどよ)
ただ、ユーリィの精神状態があまり芳しくないのは一目瞭然だ。
ここで拒絶する訳にはいかない。
アッシュはユーリィの両足に手を回すと、そのまま彼女を抱き上げた。
それから、アイリに目をやり、
「悪りい。アイリ嬢ちゃん。あいつらの分のお茶の準備、やっぱ頼めるか?」
「……うん。お安い御用だよ」
アイリは、ポンと自分の胸を打った。隣のゴーレムも「……オレモ、テツダウ」と同じように胸を打った。
アッシュは「ありがとな」と告げると、
「ユーリィ。とりあえず俺の部屋に行こうな。そこで話をしよう」
「…………うん」
ユーリィは、アッシュの首にしがみついたまま頷いた。
そうしてアッシュは、ユーリィを抱えて工房の二階へと上がっていった。
アイリは、その姿をじいっと見つめていたが、おもむろに嘆息して。
「……ユーリィ先輩。かなり重症だよ」
ただ、そう呟いた。
一方、その頃。
クライン工房横の広場では。
「おい。あれは反則じゃねえか? コウタ以上の化けもんだぞ、あの兄ちゃん」
ジェイクがゆっくり地面に腰を下ろして呻く。
「なっ、えげつねえェだろ? けど、あれが師匠だ」
と、エドワードが、地面に横顔をつけたまま返す。
「あの人は、存在そのものが、もう反則的だからなぁ……」
ロックも地面で胡坐をかいて告げた。
「けどよォ……」
ジェイクが「ぬぬぬ」と呻く。
「あれが、オレっち達全員の恋敵なんだよなぁ」
「……う」「そ、それを言うな……」
エドワード、ロックも呻いた。
そして三人は、
「「「……………はァ」」」
と、心の底からの溜息をつくのであった。
悩める少年達。彼らもある意味、重症な心境なのである。
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