第12部 『羽ばたく翼』
プロローグ
第349話 プロローグ
「……うん、ありがとう。兄さん」
一拍の間を空けて。
(……え?)
その台詞に、ユーリィは唖然とした。
口を開いたのは黒髪の少年。ユーリィより少しだけ年上の少年だ。
ユーリィの友達である、ルカの先輩らしい。
ただ、ユーリィは、彼を警戒していた。
ルカの先輩は礼儀正しく、たぶん優しい人物だ。
けれど、ユーリィは、それでも彼を警戒していた。
理由は自分でも分からない。
彼を見ていると、どうしてか、とても不安を感じるのだ。そして、そんな不安を抱いた中で、彼と、ユーリィにとって一番大切な青年との模擬戦が始まった。
青年の実力については今更だ。
青年はユーリィの家族であり、最強の守護者。負けるはずがない。
驚いたのは少年の実力の方だった。
なんと、彼は青年の力に食らいついたのだ。
その戦闘は善戦とも呼べるものだった。
青年と共に、今日まで色々な戦士と出会ってきたユーリィにしてみても、あの年齢で青年相手に善戦できる者などほとんど知らない。
そして遂には、青年の愛機の腕に損傷を負わせたのである。
(……凄い)
少年に対する不可解な不安を横に置き、ユーリィは純粋にそう感じた。
青年の実力を、誰よりもよく知る彼女だからこその賞賛だ。
いずれにせよ、これで模擬戦は終了。ユーリィのみならず、その場にいる者全員がそう思ったはずだった。
しかし、戦闘はさらに続いた。
それも青年が切り札まで使う戦いが、だ。
戦闘そのものは青年が圧倒した。当然だ。少年の実力は目を瞠るものだったが、本気の青年は格が違う。抗うことさえ困難だ。
だが、ユーリィは困惑した。
(どうしてなの? アッシュ)
こんな状況は想定していない。
青年――アッシュが、まるで相手を試すような戦いを仕掛けるなんて初めてのことだ。
(……アッシュ)
ユーリィはキュッと唇をかんだ。
確信する。
やはりアッシュは、あの少年を特別扱いしている。
その理由までは分からないが、間違いない。
そうして困惑する中、今度こそ戦闘は終了した。
結果は引き分けのような形だったが、アッシュが手加減していたことは誰の目にも明らかだ。やっぱり自分の愛する人は最強。ユーリィは内心で胸を張った。
だが、疑惑は残る。
ユーリィは戦闘が終わって、こちらにやってきた少年に率直に訊いた。
「一体何者なの?」
少年は困った様子だった。
そこへ、やってきたのがアッシュだった。
そして二人は、少しばかりぎこちない様子で会話を交わした後、少年が先程の台詞を告げたのだ。
ユーリィは「え?」と声を零した。
隣に立つサーシャやアリシアも「は?」と呟いている。
(い、いま、なんて……?)
さらに困惑するユーリィ。
すると、アッシュは、
「ユーリィ」
彼女の名を呼んで手招きをした。
ユーリィは困惑したまま、アッシュの元に向かう。と、不意に足元からアッシュに抱き上げられた。
「ア、アッシュ?」
ユーリィがアッシュの名を呼ぶと、アッシュはこう告げた。
「コウタ。改めて紹介するぞ。俺の『娘』のユーリィだ。可愛いだろ?」
「あ、うん」
少年は、ユーリィに頭を下げた。
「改めまして、ユーリィさん。コウタ=ヒラサカと言います。その、兄がいつもお世話になっています」
(……え?)
訳が分からない。
兄? 兄って何だ?
「……兄って?」
ユーリィはアッシュの肩に右手を置いた。
そして少し潤んだ翡翠色の瞳でアッシュを見つめた。
「これって、どういうことなの? アッシュ?」
困惑したまま、そう尋ねると、アッシュはあっさりしたものだった。
「ん? ああ。コウタは俺の実の弟だ。前に弟がいるって言っただろ?」
(……え)
ユーリィは茫然とした。
アッシュの台詞に、アリシアとサーシャが「「えええッ!?」」と愕然とした表情を見せ、ロックとエドワードの方はポカンと口を開けていた。
ユーリィの視界には入らなかったが、実はオトハや、ミランシャ達は驚いていない。
ただ、優しい眼差しでアッシュと少年を見つめていた。
「け、けど」
ユーリィは唖然としながらも、コウタの方に目をやった。
「死んだって言ってなかった?」
「おう。生きてたんだ。流石は俺の弟だよな」
アッシュは、ユーリィを抱きしめたまま、二カッと笑った。
(……弟? アッシュの、実の弟?)
困惑はなお続く。
と、少年――アッシュの弟は、少し気まずそうに頭を下げてきた。
「その、すみません、ユーリィさん」
躊躇うように一拍空けて、
「本当なら、もっと早く名乗るべきだったんですけど、兄とは、ボクも八年ぶりの再会だったので、ちょっと言い出す機会が難しくて……」
そう告げる少年に、ユーリィは言葉もない。
ただ、自分を抱き上げるアッシュと、少年を何度も交互に見た。
(お、弟……アッシュの、本当の家族)
ズキン、と胸の奥が痛む。
そして――。
「………」
自分でも分からない痛みで、ユーリィは睨みつけた。
「え、えっと……」
当然、少年は困惑する。
意味のない敵意。その自覚はある。
けれど、それでも――。
(………なんか嫌)
ユーリィは、不貞腐れるように視線を逸らした。
そして胸の痛みを少しでも忘れるため、ユーリィはアッシュの首元に両腕を回すと、ぎゅうっと抱きついた。
「おい? ユーリィ?」
アッシュは目を丸くする。
「どうしたんだ? お腹が痛いのか?」
「……うるさい」
ユーリィはそれだけを告げて、アッシュの首元に顔を埋めた。
もう言葉が出てこない。
「ユーリィ?」
アッシュが優しい声で名前を呼んでくれる。
彼女が愛する青年はいつだって優しい。
今もギュッと抱きしめてくれる。
しかし、心は弾むが、不安はあまり拭えなかった。
(……何なの? これ?)
キュッと唇をかむ。
まるで不安に抗うように。
今はただ、アッシュの温もりにしがみつくユーリィだった。
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