第346話 そして再会⑤

 ……沈黙が続く。

 今から教える。

 そう告げたアッシュは、どうも、言葉に迷っているようだった。

 一方、それは少年の方も同じようだった。

 アッシュを前にして、とても困った顔をしている。

 そんな二人の様子に気付いたか、ミランシャ達もいつしか周囲に集まっていた。

 彼女達は、全員が神妙な顔をしていた。

 サーシャ達としては、ますます困惑を抱くばかりだ。

 奇妙な沈黙が、さらに続く。

 ――と、


「しっかりしないか。クライン」


 トン、とオトハが、アッシュの背中を押した。

 同時に、


「頑張ってください。コウタ」


 メルティアが両手で、コウタの背中を押した。

 二人は、それぞれ一歩だけ前に出た。

 そして――。


「ああ~、そうだな……」


 何から話すべきなのか。

 アッシュは、ボリボリと頭をかいた。

 聞くべきことが、伝えるべきことが、あまりにも多すぎた。

 本当に、迷ってしまう。

 だからか、


「人参は……」


 最初に出てきたのは、とても平凡な質問だった。


「人参は、食べれるようになったか?」


 アッシュの問いかけに、少年は目を丸くする。


「嫌いだったろ? 昔は」


「……うん」


 黒髪の少年は、頷いた。


「けど、今は食べれるようになったよ。お世話になってるアシュレイ家に、そんなことで迷惑をかけられないし」


「……そっか」


 アッシュは、口元を綻ばせる。

 すでに少年の口調は、完全に砕けたものだった。

 まるであの頃のように。

 続けて、アッシュが尋ねる。


「どうだ? 騎士学校の方は楽しいか?」


 少年は「うん」と答えた。


「信頼できる友達が沢山できたよ。特に、リーゼとジェイクは本当に頼りになるんだ」


「ん。そっか」


 どこか自慢げに語る少年に、アッシュは優しげに目を細める。と、


「けど、流石に、さっきのは酷いよ」


 そこで少年は、少し不満そうに告げた。

 次いで頬をかいて、小さく嘆息する。


「そりゃあ、最初に挑んだのはボクの方だけどさ。何も、あそこまでボコボコにしなくてもいいじゃないか。メルも乗っていたのに」


「ははっ、悪かったな」


 そう告げて、朗らかに笑うアッシュ。

 やけに親しい二人の様子に、ユーリィ達は眉をひそめた。

 ここまで来ると、エドワードでさえ、二人が知り合いであると察する。


「そういや」


 アッシュは、少年の後ろにいる少女に目をやった。


「確か、アシュレイ家に助けてもらったんだよな」


「……うん。たまたま通りがかったアシュレイ家のご当主さまに。けど、あの日、ボクを守ってくれたのは――」


 一拍おいて、


「叔父さんと、父さんだった」


 グッと拳を固める。


「叔父さんは、ボクを地下倉庫に避難させてくれた。自分は死ぬのを覚悟して、外からドアを閉めたんだ。父さんは……」


 少年の瞳に、はっきりと陰が差す。


「ボクと叔父さんを逃がすために、一人でレオス=ボーダーに向かっていった。農作業用の鎧機兵で」


「……そう、か」


 アッシュは、息を吐いた。

 父と叔父。多くのことを教えてくれた二人。

 アッシュにとっても大切な家族だった。


「母さんだけは、結局、どんな最期だったのかは分からなかった」


「そっか……」


 アッシュは、グッと唇を嚙んだ。

 見ると、少年は肩を震わせていた。

 恐らくその時の光景を思い出しているのだろう。

 アッシュは、少し躊躇いつつも手を伸ばそうと思ったが、

 ――そっと。

 少年の後ろにいた少女――メルティアが、その背中に手を触れていた。


(……ああ、なるほど)


 どうやら、本当に彼女は義妹になるのかも知れない。

 アッシュは、そんなことを思った。


(お前も大切なものを見つけたんだな)


 そして、


「お前は強くなったよ、コウタ」


 アッシュは、笑った。

 多くのものを失い、辛い日々を過ごしたに違いない。

 あの炎の日を思い出すことも、一度や二度ではなかったはずだ。

 だが、そんな中でも、弟は大切なものを得て、強くなった。


「本当に誇らしいぞ」


「……うん、ありがとう。


 コウタも笑う。

 その瞬間、ユーリィは「え?」と大きく目を見開いた。

 サーシャとアリシア、ロックとエドワードも「は?」と呟いている。

 オトハは、優しく微笑んでいた。

 ミランシャ、シャルロットも微笑み、ルカとリーゼ、アイリは涙ぐんでいた。ジェイクはニヒルに笑い、ゴーレム達は「「「……オオオ」」」と騒いでいた。


「……良かったですね。コウタ」


 メルティアは、ずっとコウタの背中に触れていた。

 彼女の金色の瞳は、愛おしそうに和らいでいる。


「……ウム! ヨカッタナ! コウタ! アニト、サイカイデキタ!」


 オルタナが祝砲のように空高く飛翔した。

 鋼の鳥が上空で円を描く。

 そんな中、


「お前にまた会えて嬉しいぞ。コウタ」


 アッシュは、ガシガシ、と弟の黒い髪をかき回した。

 続けて柔らかく瞳を細めると、笑って、願うのであった。


「さあ、兄ちゃんに聞かせてくれ。エリーズ国でのお前の暮らしを」



 こうして。

 多くの親愛なる者達に囲まれた中、兄と弟は再会した。

 八年ぶりの邂逅を、果たしたのである。



「うん。分かったよ、兄さん」


 大きく頷き、コウタも笑った。


「それじゃあ、まず何から話そうか」

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