第339話 真なる《悪竜》②

「うわあ、何あれ……」


 アリシアが、呆然と呟く。


「なんか、無茶苦茶おっかねえのが出てきたな、オイ」


 と、エドワードも顔を引きつらせて呟いた。

 アッシュの《朱天》と対峙する鎧機兵。

 コウタが喚んだ機体は、あまりにも禍々しかった。

 まるで演劇の悪役が扱うような鎧機兵。

 とても、あの優しげな風貌の少年の愛機とは思えない造形デザインだ。


「あれは、もしや《悪竜》をモチーフにしているのか?」


「あ、それは私も思った」


 ロックの呟きに、サーシャが同意する。

 次いで彼女は、ルカの方に目をやり、


「やっぱりそうなの?」


「はい」


 ルカは頷く。


「機体名は《ディノ=バロウス》。愛称は《ディノス》です」


「うわあ、まんまじゃねえか」


 エドワードが、ポリポリと頬をかいた。

 一方、アリシアは、少し不安そうに眉根を寄せた。


「あのさ、まさかとは思うけど、コウタ君って《ディノ=バロウス教団》の信者とかじゃないよね?」


「それはあり得ませんわ」


 アリシアの独白のような問いかけに答えたのは、リーゼだった。

 彼女は小さなメイドさん、アイリの手を握っていた。

 彼女達の隣に立つジェイクも、ボリボリと頭をかき、


「コウタは《教団》の信者じゃねえよ。ただ、《ディノス》はよく誤解されんだよ。あれは最強を目指すあいつのために、メル嬢が造った鎧機兵なんだ。《悪竜》の姿を象ってんのは最強の存在だからってだけの話さ」


 単独の戦闘力ならば、《夜の女神》さえも凌ぐ最強の《悪竜》。

 少年の愛機は、その強さにあやかったものだった。

 ジェイクは、苦笑を零した。


「話としては、本当にそれだけのことなんだが、まあ、あいつは誰かと立ち合う度に、信者なのかって問われまくってるよな」


「……うん。本当にしょっちゅう、色んな人にツッコミを入れられているよ」


 と、アイリも語る。


「……へえ、そうなんだ」


 アリシアは、少し驚いた顔を見せた。

 最強を目指すという、意外にも思えるコウタの夢もそうだが、鎧機兵を丸ごと一機仕立てたというメルティアもまた凄い。


(けどまあ、あんなの造るぐらいだし)


 思わず、視線を別方向に向ける。

 そこには、空を舞うオルタナと共に、三機の自律型鎧機兵――名前を聞いたところ、ゴーレムと名付けられているらしい機体がいた。

 あの小ささで鎧機兵だ。彼女の技術は本当にとんでもない。

 恐らく、《朱天》と対峙する鎧機兵も、ただの機体ではないだろう。


(まあ、それでもアッシュさんが負けるなんてあり得ないけどね)


 愛する人の勝利は、一切疑わない。

 たとえ、どんな強敵であっても最後には勝利を掴む。

 それが、アリシアの愛するアッシュ=クラインという人だ。

 そのことはサーシャも、ルカも、何よりユーリィもよく知っているはずだった。

 しかし、


「……ユーリィちゃん」


 アリシアは、ユーリィの名を呼んだ。


「…………」


 ユーリィは無言だった。

 その表情は、どこか沈んでいる。

 今も不安そうに《朱天》の姿を見つめていた。


「ユーリィちゃん」


 その時、後ろからユーリィの肩に手をかける者がいた。

 戦うメイドさん。シャルロットだ。

 彼女の隣には、腰に片手を当てたミランシャの姿もある。

 シャルロットは優しい声で告げた。


「大丈夫です。不安にならないでください」


「……シャルロットさん」


 ユーリィは、シャルロットの手を掴んで呟く。


「この戦いが終わっても、ユーリィちゃんが悩む必要なんてありません。クライン君のユーリィちゃんへの愛情が変わることはありませんから」


「…………」


 ユーリィは、何も語らない。


「……はあ」


 それを見て、ミランシャが溜息をついた。


「まだ何の事情も知らないのに、『娘』の勘って凄いわね」


 言って、くしゃりとユーリィの頭を撫でた。


「だけど、こんなのまだ序の口よ。アタシ達には、もっとキツくて、鮮烈な試練が待ち構えているんだから」


「いや、それについても聞きたいんですけど」


 と、アリシアが言う。

 次いで、ミランシャに視線を向けて、ジト目で見据える。


「ユーリィちゃんから話は聞きましたけど、一体何があるんですか?」


「アリシアの言う通りです。凄く気になります」


 と、サーシャも会話に入ってくる。

 それから、ルカの方に目をやり、


「そっちの件は、ルカも知らないの?」


「は、はい。そっちの方は……」


「その話はまたね」


 ミランシャは苦笑した。


「後日、場を設けるわ。それよりも今は」


 彼女は真剣な顔をした。


「二人の戦いを見届けなさい。騎士を目指す身なら、必ず勉強になるから」


「……いや、相手は師匠っすよ?」


 ロックと話し込んでいたエドワードが自嘲気味に笑った。


「コウタがどんぐらい強えェかは知らねえっすけど、どんなに頑張っても、まあ、精々二十秒ぐらいで終了っしょ」


「だからといって賭け事は感心せんがな」


 と、ロックが、腕を組んで渋面を浮かべた。

 どうやら、エドワードは何秒で決着がつくか、賭けを持ちかけていたらしい。


「まったくもう」


 ミランシャは、呆れ果てたように肩を竦めた。

 シャルロットもまた、苦笑を零している。

 美女二人は、互いの顔を見合わせた。


「コウタ君が秒殺ってのは、流石にないわよね」


「そうですね。ましてや、メルティアお嬢さままで同乗されていますから」


 と、シャルロットも同意する。


「え? アッシュさんでも秒殺できないって……コウタ君って、まだ学生なのに、そこまで強いんですか?」


 アリシアは、少し驚いた。

 正直なところ、四人の中では一番強いアリシアでも、アッシュやオトハ相手だと一分持たない。どう足掻いても秒殺されるのが現時点の実力差だ。

 流石に学生の身で、アッシュ相手に一分も耐えられる者は想像できなかった。

 仮に、アッシュと一分以上戦える同世代と言えば、それこそ《七星》の一人であるアルフレッドぐらいだ。

 しかし、ミランシャは、はっきりと断言する。


「うん。あの子の実力はすでに学生レベルじゃないわ。アシュ君でも秒殺は無理。あまりコウタ君を侮らない方がいいわよ」


 そこで、微笑む。


「あの子は――誰よりも、アシュ君に近い子だから」


 そう告げると、彼女は指差した。

 アリシア達は、つられるように視線をミランシャの指先が差す方に向けた。

 そして――。


「「「………え?」」」


 その光景に、アリシア達は目を丸くした。

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