第七章 真なる《悪竜》

第338話 真なる《悪竜》①

「――来い。《朱天》」


 最初に愛機を喚び出したのは、アッシュの方だった。

 前方に転移陣が輝く。

 そして出てきたのは、漆黒の鎧と、四本の紅き角。鬼の風貌を持つ鎧機兵だ。

 アッシュの愛機、《朱天》である。

 アッシュは、流れるような動きで《朱天》に搭乗した。

 操縦シートに座り、操縦棍を握る。心なしかいつもより強く握った。


(流石に俺も緊張してんのか)


 苦笑する。

 続けて前を見やった。

 すでに《朱天》の胸部装甲は下ろしている。胸部装甲の内側に映されたモニターには、少年と少女の姿があった。

 少年は、短剣に手を触れているところだった。


(……来るか)


 表情を改める。

 光り輝く転移陣。そして出て来たのは――。


(やっぱり、お前か)


 アッシュは、笑った。

 多関節の天を衝く二本の角。竜頭を思わせる頭部と両腕の籠手。機体に纏うのは、漆黒を基調にした、鋭利な甲鱗を思わせる鎧装。手に持つのはツバのない黒の処刑刀だ。

 それは、三つ首の魔竜を象った鎧機兵であった。

 あまりの禍々しさに、アリシア達が少し騒いでいるのが、目に映る。

 かつて、偽りの世界の中で対峙した《悪竜》。

 それが今、現実世界に顕現していた。


(また会いたいとは思っていたが)


 流石に、こんな再会は想定外だった。

 だが、思い返せば、すべて納得できる。

 何故、あの夜、アッシュの失った故郷を見て《悪竜》が哭いたのか。

 ――何てことはない。

 あれは《悪竜》にとっても、失われた故郷の憧憬だったからだ。

 あの炎の日を《悪竜》も経験していたに他ならない。


(悪いな。気付いてやれなくて)


 胸が、とても痛む。

 しかし、後悔は後だ。

 今はただ、弟の望みを叶えてやるべき時だった。

 弟と彼の――恐らくは一番大切な少女は、《悪竜》を象った鎧機兵に乗り込んだ。

 魔竜の眼光が、赤く輝く。

 そして、ズシンと。

 処刑刀を携えた魔竜は、ゆっくりと《朱天》に近付いてきた。

 アッシュは動くことなく、魔竜の来訪を待った。


『お待たせしました』


 剣の間合いで、魔竜は足を止める。


『これがボクの愛機、《ディノ=バロウス》です』


『おう。知ってるさ』


 本当によく知っている。

 偽りとはいえ、一度対峙したのだから。


『……え?』


 しかし、弟にしてみれば疑問だろう。


『ルカから聞いてたんですか?』


『まあ、それと似たようなモンだな』


 アッシュは、皮肉げに笑う。

 いずれせよ知っているのは、外見と機体名だけだ。

 恐らくその実力は、また別物に違いない。


『さて、と』


 アッシュは操縦棍を強く握り直した。

 同時に、《朱天》が胸部装甲の前で両の拳を叩きつけた。


『《七星》が第三座、《朱天》――《双金葬守》アッシュ=クラインだ』


 改めて名乗りを上げる。


『色々とダメな俺だが、それでも今のお前の気持ちぐらいは分かっている。だが、今の俺は極星の名も背負っているんだ。言っとくが手加減はしねえぞ』


『分かっています』


 悪竜の騎士は、頷いた。


『手加減は一切無用です。それでは、ここで挑む意味がない。もちろん、ボクと――メルも全力を尽くします』


 言って、処刑刀を横に薙ぐ。

 立会人であるオトハが、小さな声で「……ほう」と呟いた。

 たった一振りで技量の高さが窺える太刀筋だった。


『改めて名乗ります。エリーズ国騎士学校二回生、コウタ=ヒラサカです。愛機の名は《ディノ=バロウス》。そして……』


 一瞬の沈黙。


『……あの日から』


 少年は、想いを込めて言葉を続けた。


『あの炎の日から、ボクも色々な人に出会い、色々なモノを背負いました。その中にはボクに二つ名を贈った人間もいました』


「……ほう。二つ名か」


 と、これはオトハの声。

 肘に手を当て静かに腕を組んでいた彼女は、軽く驚いていた。

 少年は未だ十代半ばだ。そんな歳で二つ名を持つ者など極めて稀なことだった。

 軽く記憶を探っても、アルフレッド=ハウルしか思い浮かばないぐらいだ。


『……そうなのか』


 当然、アッシュの方も、少々驚いていた。

 あの偽りの世界で、悪竜の騎士の力の一端は知っていたが、まさか、二つ名まで持っていようとは。誇らしくもあるが、少し気にもなってくる。

 果たして、どんな二つ名が、どんな人物から贈られたのか。


『一体どんな二つ名なんだ? 誰から贈られたんだ?』


 アッシュは、率直に訊いた。

 すると、少年は少しだけ困ったような様子で。


『贈られた名は《悪竜顕人》。意味は《悪竜》を現世に顕現させた者。重々しくて気恥ずかしいんですけどね。そして、ボクにその名を贈ったのは――』


 緊張を抱きつつ、その人物の名を告げる。


『ボクが初めて戦った《九妖星》。《金妖星》ラゴウ=ホオヅキです』


 思いがけない相手に、オトハは、大きく目を剥いた。

 一方、アッシュは、双眸を細める。


『……そうか』


 アッシュは、ポツリと呟いた。


『……あのクソジジイとは、すでに遭っているって、シャルから聞いていたが、まさか他の《妖星》とも遭遇してたのか?』


『ボクとしては、あまり遭いたくないんですけど』


『ははっ、そいつは同意見だ』


 アッシュは笑った。

 悪竜の騎士の中で、少年も笑っていた。

 とても、よく似た笑顔で。


『けど、ボクはこの名を受け取りました。この名は最強を目指すボクの覚悟です』


 少年は、告げる。


『ボクの名は《悪竜顕人》コウタ=ヒラサカ。たとえ、あなたであっても、容易くあしらえるなんて思わないでください』


『……おう。そうだな』


 少年の気迫の前に、アッシュは面持ちを改める。

 そして――。


『そんじゃあ、始めようとすっか。《悪竜顕人》』

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