第340話 真なる《悪竜》③

 猛々しい炎が、上がった。

 まさに天を衝く業火だ。

 それは、悪竜の騎士の全身から溢れて出ていた。

 紅い炎は鎧装以外の部位を覆い、頭部においては角以外を包み込む。

 その姿は、まるで鎧を纏う炎の魔人である。


(へえ。やっぱその姿になれんのか)


 アッシュは双眸を細めた。

 あの夜に出会った、炎の魔竜の姿がそこにあった。

《万天図》を起動させると、敵機の恒力値は七万二千ジン。

 この値も、あの夜と変わらなかった。


(あのジジイが持ってた相界陣も侮れねえな)


 ここまで忠実に再現するとは――。

 別大陸の技術に舌を巻きつつも、アッシュは、ちらりとオトハの方に目をやった。

 一見だけならば、これは事故でも起きたようにしか見えない。

 事実、アリシア達は驚いて騒いでいるようだった。反面、シャルロットやミランシャ、エリーズ国から来た少年少女達は冷静だ。

 それは、これが敵機の能力である証明でもあった。

 しかし、そんなことはオトハが知る由もない――のだが、


(流石はオトだな)


 立会人は炎の魔竜に動揺することもなく、状況を見据えていた。

 戦士としての彼女は、本当に頼りになる。昨晩の、すぐにテンパって涙ぐむ彼女もとても愛らしかったが、惚れ直してしまいそうな凜々しさだ。

 閑話休題。いずれにせよ、オトハがこの仕合を止めることはないようだ。


『準備は出来たか?』


 アッシュは、冷静な声で尋ねる。


『はい』


 炎を纏う悪竜の騎士は応える。


『それでは――行きます!』


 そして、処刑刀を流れるような太刀筋で、すっと薙いだ。

 反射的に《朱天》は手刀を落とした。

 途端、腕に強い衝撃が走る。やはり不可視の刃――《飛刃》だったか。


(重いな。オトのとそんな遜色がねえぞ)


 ――《九妖星》と対峙したことがある。

 どうやら、それは伊達ではないようだ。


『――ふッ!』


 続けて、小さな呼気と共に、悪竜の騎士が間合いを詰めてきた。


(――速え!)


 全く音のしない高速移動。

 恒力による不可視のレールを敷き、その上を滑るように移動する。

 これもまた、オトハの得意とする闘技だ。

 彼女の二つ名の由来ともなった《天架》である。


『――チッ!』


 アッシュは《朱天》に身構えさせた。

 瞬時に間合いに入った悪竜の騎士の斬撃を、右の手甲で受け止める。

 直接受けた斬撃は、さらに重い。

 対し、《朱天》は剛力を以て処刑刀を弾いた。

 大きく仰け反る悪竜の騎士だったが、身に纏う炎を撒き散らしながら反転。横薙ぎの一撃を繰り出した。


(――マジで速え!)


 再び手甲で凌ぐ《朱天》。

 荒々しい姿の機体に反して、流水のように洗練された剣技。

 これまでアッシュが対峙した敵の中でも、間違いなく最強クラスの実力だ。

 これが、あの幼かった弟とは――。


(ここまで……)


 ここまで強くなるのに、一体どれだけの修練を積んできたのか。

 ここまで鋭く、速くなるのに、どれほどの修羅場を越えてきたのか。

 一太刀一太刀に、弟の想いが込められていた。


(本当に強くなったな)


 いつしか、斬撃を両腕だけでは凌げなくなっていた。

《朱天》は後方に大きく跳躍。

 追撃しようとする悪竜の騎士を、《朱天》は反転し、竜尾の一撃で牽制するが、


『――ッ!』


 それを読んでいたのか、悪竜の騎士は、処刑刀で竜尾を迎え撃とうとしていた。

 アッシュは双眸を鋭くした。

 竜尾は人工筋肉の塊だ。勢いの乗った時の威力は四肢の比ではない。

 斬撃程度で迎撃できるものではなかった。

 それでもなお、ここで剣を振るうのは……。

 ――ドンッ!

《朱天》は脇に手を差し込むように《穿風》を放ち、処刑刀を打ち払った。


『――クッ』


 小さく呻き、体勢を崩す悪竜の騎士。処刑刀の切っ先は竜尾の軌道から大きく外れ、代わりに地面に触れた。

 途端、すうっと。

 扇形で先端が丸い処刑刀の切っ先。

 刃がないはずの鉄塊は、恐ろしく静かに地面を切り裂いた。


『――クッ!』


 再び呻き、悪竜の騎士は間合いを取り直した。

 地面には両断された後だけが残っている。


『やっぱ、そういう闘技か』


 何らかの方法で、切断力を大幅に上げた斬撃。

 危うく、竜尾を両断されるところだった。


『初めて見る闘技だな。なんて言うんだ?』


『……《断罪刀》。ボクはそう名付けました。微細な恒力の刃を刀身上に走らせて、切断力を上げる構築系の闘技です』


『……名付けた?』


 アッシュは、目を丸くする。


『それって自分で創った闘技ってことか?』


『……はい。一応』


 少年の声は、少し気恥ずかしそうだった。


(……ははッ、そこまで)


 思わず破顔してしまう。

 本当に。

 本当に強くなった。

 あの泣いてばかりの幼かった少年が。


(けどよ)


 アッシュは優しい笑顔から一転。獰猛な笑みを見せた。

 だからといって、手を抜く気はない。

 主人の意志に従い、《朱天》が、再び両の拳を叩きつけた。

 号砲のような音が轟く。

 悪竜の騎士は警戒し、さらに間合いを外した。


『本当に大したもんだよ。だがな』


 そしてアッシュは、万感の想いを込めて、告げる。


『こっから先は、本気で行くぜ』

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