第四章 似て非なるモノ

第296話 似て非なるモノ①

「……アッシュ=クラインだ。傭兵をやっている」


「……シャルロット=スコラです。パドロにあるお屋敷でメイドを務めています」


 と、ぎこちなく挨拶を交わす二人の男女。

 部屋の中は、静寂に包まれていた。

 現在、室内にいるのは緊張気味のアッシュとシャルロット。そしてライク少年とユーリィの四人だった。何故か彼らは絨毯の敷かれた床の上に座っていた。男性陣は胡座を。女性陣は正座をしている。彼らは円を描いて顔を見合わせていた。


「あの、スコラさん」


 そんな中、アッシュが語る。


「その、事情はまあ、話した通りだ。出来ることならさっきの一連の流れは忘れてくれるとありがてえんだが……」


「……………」


 シャルロットは無言のまま、じいっとアッシュを見つめていた。

 綺麗だが無愛想。どこかユーリィに似た面持ちで圧力をかけてくる。

 アッシュの頬が引きつり始めた。

 事情はすでに話した。理解もしてくれた。

 しかし、どうも彼女はとても不機嫌なように見える。

 まあ、彼女がされたことを考えれば当然の反応かも知れないが。

 ちなみにユーリィもまだぶすっとした表情を見せていた。


「あ、あのさ、スコラさん」


 アッシュは再びシャルロットに話しかける。

 すると彼女は小さく嘆息し、「……善処いたします」とだけ答えた。

 そうしてまた部屋は静寂に包まれる。

 正直気まずいので、アッシュは別の話題を出すことにした。


「そういやスコラさん。それにライクもさ」


 アッシュは同じく気まずそうに座っていたライクにも声を掛けた。


「二人ってどういう関係なんだよ? 結局、ギルドでどんなトラブルがあったんだ?」


 アッシュはまだ二人の関係性を聞いていなかった。

 するとシャルロットとライクは、


「……関係と言えば赤の他人、ですよね?」


「うん。俺もその関係が一番正しいと思うよ」


 そんなことを言い出した。アッシュとユーリィは目を丸くする。

 そんな二人に対し、シャルロット達は初めてギルドでの騒動について語った。

 ライクの村の近くで魔獣の群れが確認されたこと。

 村長はすぐに騎士団に討伐を依頼したが、一週間経過しても音沙汰なし。身の危険を感じたライクは、なけなしの金を持って傭兵ギルドに赴いたこと。

 そこで出会った《猛虎団》に事情を話して依頼。最初は受けてくれたが討伐対象の魔獣の特徴を告げると状況が一変。断られた上に違約金まで要求された。《蜂鬼》の名が挙がった時、アッシュは微かに眉をひそめたが話は続く。

 その後、困り果てたライクを助けてくれたのが、たまたまギルドに立ち寄っていたシャルロットだった。後はなし崩し的に決闘に至ったのである。


「……はぁ、なるほどね。だけどスコラさん」


 一通り話を聞いた後、アッシュは呆れたような苦笑を浮かべた。


「あんたって結構なお人好しだよな」


「……む、それは……」


 シャルロットは思わず反論しようとするが、不意に口を噤んだ。

 アッシュをどう呼べばいいのか分からなかったからだ。

 するとそれを察したのか、アッシュは困ったように笑い、


「アッシュでいいよ。俺の方が年下だし」


 そう告げられてシャルロットは一瞬考え込むが、


「……クライン君だって同じじゃないですか」


 結局、名前を呼ぶのが気恥ずかしかったので、あえて家名で呼ぶ。


「あなただって見ず知らずの私を助けるために金貨を二十枚も賭けてくれたそうじゃないですか。充分お人好しです」


「いや、それでも俺の場合は自分から首を突っ込んだ訳じゃねえよ。なんかギルドに入った瞬間から強制的に巻き込まれたっていうか……」


「全く関係のないトラブルに巻き込まれるのは灰色さんの特技だから」


 と、告げるのはユーリィだ。

 身に覚えがありすぎる指摘にアッシュはげんなりした。


「まあ、何にせよだ」


 アッシュは無理やり落ち込む気持ちを奮い立たせた。


「誰にも怪我がなくて良かったな。結果オーライだ」


 思い返すとトラブルに次ぐトラブルだらけの状況だったが、それでも誰も怪我をすることもなく今はこうして話し合っている。円満解決と言えよう。

 アッシュは破顔すると、隣に座るユーリィの頭をポンポンと叩いた。


「俺らは三日ぐらいこの宿に滞在する予定だ。スコラさん達はどうすんだ?」


「私は後、二、三週間ほどこの街に滞在することになりそうです。傭兵に依頼していた食材がまだ入手できていないらしいので、それを待つつもりです」


 と、シャルロットが言う。彼女がこの待ちに来たのは主人のためらしいが、この機会に溜まっていた有給を消化するそうだ。

 互いの予定を語ったアッシュ達の視線はライクへと集まった。


「俺は傭兵団を探すつもりだったんだけど……」


 そこでライクは言葉を噤んだ。

 次いで、視線をアッシュへと向ける。


「多分、この街で傭兵団は見つからないと思う。あれだけ目立ったし、受けてくれる人達はいないと思う」


「……確かにな」


 アッシュは苦笑いを見せた。

 傭兵界隈は情報社会だ。噂はすぐに回る。あんな騒動を起こした直後で引き受けてくれる物好きな傭兵団はまずいないだろう。


「じゃあ、どうするんだ? 他の街に行ってみるのか?」


「いや。一番近いのは王都だけど移動だけで二日もかかるから無理だよ」


 ライクは嘆息して答えた。

 が、彼の表情に絶望している様子はない。

 アッシュにしろ、シャルロットにしろ、何となくライクの次の台詞を予想できた。

 そしてそれは的中する。


「なあ、アッシュの兄ちゃん」


 ライクは意を決し、元々考えていた本題を切り出した。

 予想した台詞、一言一句そのままに。


「断わられた魔獣の討伐。俺の依頼を兄ちゃんが受けてくれないか?」

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