第281話 夜宴④

 シン、とする空気の中。


(……惚れた女の心を取り戻す?)


 突然にも思える敵の叫びに、アッシュは困惑した。

 話の流れが全く見えない。いきなり何を言い出すのか。この敵は……。

 ただ、それでも何となくではあるが敵の事情だけは分かってきた。


(要するにこいつはガレックの野郎が嫌いなんだな)


 と、推測する。

 先程の宣言通りなら、眼前の機体を操る青年はガレックに惚れた女を奪われ、その彼女の心を取り戻すために戦っているらしい。

 アッシュに挑むのはガレックの代わりと言ったところか。

 意外なほどシンプルな理由だった。


(……惚れた女のために、格上相手に挑む、か)


 アッシュは黒い双眸を細めた。

 少しだけ。

 かつて《彼女》を求めて彷徨っていた自分の境遇に重ねる。

 だが、それも本当にほんの少しだけのことだった。自分からすべてを奪った組織に所属するような人間に共感する気はない。


『悪りいがお前の都合は知ったこっちゃねえ。さっさとケリをつけさせてもらうぜ』


 アッシュがそう言い放ち、《朱天》が右の拳を掲げた。

 対するカルロスは皮肉気な笑みを見せ、


『確かにそうだな。しかし《双金葬守》よ。今の貴様も似たような状況ではないか? ゴドーさまは貴様の女にご執心だとランドが言っていたぞ。このままでは貴様も女を奪われるのではないか?』


 そんなことを言い出した。


『…………はあ?』


 それに対し、アッシュはしかめっ面を浮かべた。


『何だよそれ。オトがあんなはっちゃけたおっさんに惚れる訳ねえだろ。オトの一番嫌いなタイプだしな。それにあいつは身持ちが固えことで有名なんだぞ。そもそもオトは俺の女じゃねえし』


 最後にそう締める。と、


『ふん。この期に及んでそんな間抜けな台詞が出てくるのか』


 月を背に《土妖星》の百足が蠢く。

 それを操るカルロスは、未だ皮肉気な笑みを浮かべていた。


『あの方を侮らないことだな。欲しいと思ったモノは必ず手に入れてきたお方だぞ。社内の噂ではあの方の奥方の中には大国の元姫君までいるというぞ。戦場で敵として出会い、将軍でもあった彼女を力でねじ伏せてそのまま連れ去ったそうだ。際限なく迫る王国の追っ手をすべて返り討ちにして四人目の妻にしたという有名な逸話だな。それに比べれば嫌われていることや身持ちが固いなどあの方にとっては障害にも入らんだろうな』


『………………』


 アッシュは無言になった。

 確かにあの男が途轍もなく強欲なのは肌で感じていた。

 オトハの性格上あり得ないとは思うのだが、手段を問わず何度も言い寄られれば、いつかは彼女とて心変わりするかも知れない。あの傲慢な男を前にすると、その可能性がどうしてもぬぐえなかった。


 オトハがあの男の妻になる。

 正直に言えば、不快ではある。だが、それは――。


『……だとしても最終的にはオトが決めることだ。俺が口出しすることじゃねえ』


『……本当に間抜けな台詞が出てくるな』


 カルロスは渋面のような表情を見せた。


『まるで昔の俺のようだ。俺にとって貴様は倒すべき敵だが、ここはあえて俺の経験から忠告してやろう』


 そう切り出して、敵である青年は自嘲の笑みを浮かべて告げた。


『欲しいモノは素直に欲しいと言うべきだぞ。こと女に関してはな。呑気に構えていてはいつ誰に奪われるのか分からんのが人生だ』


『………ご忠告どうも』


 そんな敵の忠告に対し、アッシュは吐き捨てるように返した。


『だが、そっちこそ随分と呑気じゃねえか。忘れてんのかよ? いま俺達は殺し合いをしてんだぜ』


『ああ、無論忘れてなどいないさ』


 言って、ようやく動き出す《土妖星》。

 アッシュの操る《朱天》も身構える――が、


(――なにッ!?)


 大きく目を瞠る。

 動き出した《土妖星》。その攻撃は百足の群れによる槍衾だった。

 これまでの戦いで何度も使われてきた戦法。今さら目新しさなどない。

 だが、それでもアッシュは驚いた。

 何故なら繰り出された攻撃の速度が今までの比ではなかったからだ。


『――チイ!』


 小さく舌打ちして《朱天》が《雷歩》を使って回避する。

 直後、無数の百足が石畳を貫いた。

 まるで黒い閃光だ。あとほんの少しでも回避行動が遅れていれば《朱天》は串刺しにされていたことだろう。

 しかも、《土妖星》の攻撃はまだ終わった訳ではなかった。

 ガリガリガリと地中を削り、今度は地面から百足の槍を突き出した!

 その攻撃も《朱天》は後方に跳んで回避するが、地面から突き出た百足達の動きは生きているかのように実に滑らかだ。

 アッシュは百足とその後ろに構える《土妖星》を見据える。


(いきなり速く、巧くなりやがった。これまでは様子見だったのか?)


 思わずそう考えるが、その割には眼前の《土妖星》は傷だらけだ。ここまで損耗して様子見だったとは考えにくい。

 ならば、何かしらの変革が敵の操手に起きたと考えるべきか。

 いずれにせよ、油断できる相手ではなくなったようだ。

 ガガガガッ、と石畳を盛り上げて百足達が地中から全身を浮き上げた。

 次いで八方向にて収束し始め、巨大な腕と化す。

 これも見慣れた戦法だ。しかし――。


「――くッ!」


 やはり攻撃速度が違う。

 八つの巨大な腕は一斉に《朱天》に襲い掛かった。これも生きた巨人の腕のような滑らかさだ。アッシュは回避だけでも手一杯になった。

 ――ズガンッ、ズガンッ!

 次々と振り下ろされる巨大な掌。

 それらを《朱天》は回避し続けていたが、不意に一本の腕がただの百足の群れにバラけて《朱天》の足下に這い寄った。

 アッシュは「チッ!」と舌打ちするもその攻撃も回避した――が、

 ――ズオオオオ……。

 驚愕から、大きく目を瞠る。

 残り七つの腕が一つへと収束し、途轍もなく巨大な腕となって《朱天》の頭上へと覆い被さったのだ。

 アッシュは無言で歯を軋ませた。

 攻撃範囲が広すぎる! これでは回避が間に合わない!


 ――ズズウウウウウウゥゥゥン……。


 巨大な腕は地響きを立てて《朱天》を押し潰した。

 数瞬の沈黙。

 一見決着がついたようにも思えるが、


『――なんだと!』


 カルロスはすぐに顔色を変えた。

 唐突に、巨大な掌の甲の部位が赤く染まってきたからだ。


(そうか! これは!)


 カルロスは瞬時に悟った。きっとこれが噂に聞く――。

 と、その直後、真っ赤に染まった部位の百足達が噴火のように粉砕された。

 そして大穴を空けられた腕の中から這い出てきたのは四本の角に鬼火を灯し、全身を赤く発光させる《朱天》だった。


 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!


 真紅に染まった四本角の鬼は、雄々しい咆哮を上げた。


『……ここまでやるとは思わなかったぞ。代理野郎』


 アッシュが言う。


『楽して《九妖星》の一機を墜とせるなんて甘えた考えはもうなしだ。てめえは本物の《九妖星》にも匹敵する。本気で潰させてもらうぜ』


 そう宣言して《朱天》は真紅の拳を固めた。

 格上である敵の切り札を前にして、カルロスが喉を鳴らした――その刹那、


『な、なに!』


 本気で愕然とした。

 突如、《朱天》の姿がかき消えたと思った直後、敵は《土妖星》本体の懐に潜り込んでいたのだ。すでに拳も上方に向けて撃ち出している。

 そして――。


『ぐうッ! ぐあああああああああああああああ―――ッ!』


 カルロスが苦悶の絶叫を上げた。

 ビキリッと《土妖星》の装甲に深い亀裂を刻み、通常の鎧機兵の二倍はある巨体が軽々と上空へと飛んだ。途轍もない膂力だった。

 ――が、そこでさらにカルロスは絶句する。

 地上にて《土妖星》を打ち上げたはずの《朱天》が吹き飛ぶ《土妖星》よりも先に上空にて待ち構えていたからだ。掌を爪のように構え、《土妖星》を見据えている。

 そうして次の瞬間には強い衝撃が《土妖星》の装甲に直撃した。

 先程の意趣返しか、《大穿風》による叩き落としを喰らわされたのである。

 強い衝撃波が周囲の大気を弾き、崩れた体勢を整えるような余裕もなく《土妖星》は地面へと墜落した。

 石畳の破片が宙に飛び、《土妖星》は剥き出しの土塊の中に半ば以上埋もれた。落下の衝撃で額が割れ、一筋の血を流すカルロスは「……ぐうゥ」と呻く。《土妖星》を中心に地表には巨大な掌底の痕が刻まれた。


(つ、強い……。これが噂に名高い《真紅の鬼》の実力か)


 まるで格が違う。

 強化されたカルロスの動体視力を以てしても動きを追うことさえ困難だった。

 ――しかし、それでもこのまま朽ちる気はない!

 カルロスは歯を食いしばり、《土妖星》を立ち上がらせた。


『やっぱてめえはしぶといな』


 すると、前方から声が聞こえてきた。

《朱天》を操るアッシュの声だ。


『だが、俺にも時間がねえ。ここらで決めさせてもらうぜ』


 言って、アッシュの愛機・《朱天》が右の拳を強く固めた。

 同時に竜尾を大きく振り上げて地面を叩く。

 そして固めた拳は徐々に輝きを増していった。


 ――《黄道法》の操作系闘技・《虚空》。


 言わずと知れた《朱天》の切り札。あらゆるモノを塵へと還す破壊の剛拳だ。


『――――……』


 カルロスは無言で《朱天》を睨みつけた。

 あの一撃を喰らえば《土妖星》であっても大破する。まさに最後の一撃だ。

 だが、それに対しカルロスに打てる手は――。


(――くそッ! 俺には迎撃できる切り札がない……)


 あの一撃を防ぐ術もなければ、これぞという一撃もない。

 本物の《九妖星》ならば切り札の一つや二つも持っているものだが、カルロスは才覚こそあっても本来はただの若手幹部。この極限の局面で地力の差が露呈した。


(……一体どうすればいいんだ……)


 カルロスは悩む。と、


【我が『契約者』よ】


 ランドネフィアが語り出した。


【お前に俺の切り札の一つを授けよう】


「………なに?」


 カルロスは眉根を寄せた。


「どういうつもりだ? 新たな『契約』か?」


『悪魔』にそう問うと、ランドネフィアはくつくつと笑う。


【そう身構えるな。すでに『契約』は済んでいる。今さら妙な真似はせん。これは俺なりのサービスだ】


 と、前置きしてから、


【それに切り札と言っても異能の類を授ける訳ではない。これは『悪魔』としてではなく、俺の切り札だからな。今のお前ならば充分使えるはずだ】


「……操手としての切り札? 《黄道法》の闘技ということか」


 カルロスは一瞬悩むが、すぐに決断した。

 今は藁にも縋りたい時だ。使えるモノは『悪魔』でも使うべきだった。


「分かった。教えてくれ」


【いいだろう。お前の脳裏に直接伝える。受け取れ】


 そう言ってランドネフィアは沈黙する。

 イメージはすぐに伝わってきたが、その闘技の全容にカルロスは眉をひそめた。


「……随分とエグい技だな」


【俺を何だと思っているんだ。これでも『悪魔』だぞ。エグいのは当然だろう】


 ランドネフィアは自嘲じみた口調で答える。

「確かにそうだったな」と言ってカルロスも苦笑を浮かべた。


「だが感謝するぞ。ランド。これは使えそうだ」


【礼は不要だ。勝利しろ。我が『契約者』よ】


 ランドネフィアの返答は素っ気ない。

 カルロスは相棒の態度に困ったような笑みを浮かべつつも、早速切り札の体勢に移行することにした。

 ゆっくりと《土妖星》の上体を高く上げる。そしてその位置でバシュッと火花と音を立てて百足達を上体から切り離した。

 だが、機体を支えていた百足を失っても《土妖星》が地面に落ちる様子はない。上半身から膨大な恒力を噴出し、巨体を宙空に維持しているのだ。長時間の滞空は流石に無理だが《土妖星》の出力ならば、数分間は持続できる。


 次いでカルロスは切り離した百足達を遠隔操作した。百足達は蠢き、《土妖星》の上体を中央にして輪の軌道を描き始める。それは、最初はゆっくりであったが徐々に加速して瞬く間に黒い円環と化した。さらに円環は縦にも回転をし始めて《土妖星》の姿を完全に覆った。高速回転する円環が地に触れて石畳を粉々に粉砕する。


【よし。巧いぞカルロス】


「まぁ初めてにしてはイメージ通りに出来たか」


 カルロスは苦笑を零す。

 今や《土妖星》は回転する黒い球体となっていた。

 これこそが《土妖星》の切り札。


 ――《黄道法》の放出系と操作系の複合闘技・《死円環しえんかん》。


 進む先にある存在を触れるだけで削り落としていく死の円環だ。


『へえ。随分と悪趣味な闘技を持ってんじゃねえか』


 と、アッシュが親しげさえ覚えるような軽い口調で言う。

 だが、そんな気安さはあくまで口調だけだ。左掌を前方にかざし、真紅の拳を腰だめに構える《朱天》に油断している様子は一切ない。

 この不気味な闘技の危険性は一目見れば充分感じ取れたからだ。

 そうして夜の遺跡に数瞬の沈黙が降りる――と、


『行くぞ! 《双金葬守》!』


 カルロスが吠える。そして主人の気迫に呼応した《土妖星》の円環が石畳を削り、粉塵を巻き上げて荒ぶる竜巻と起こした。

 轟音と暴風。

 人間なら立つことさえも困難な嵐が夜の遺跡を覆う。


(……何だ? 何の真似だ?)


 アッシュは微かに眉根を寄せた。

 この暴風は、対人ならば充分な殺傷力を持つ闘技だ。だが、《朱天》に対しては意味のない攻撃である。この程度の暴風で揺らぐ相棒ではなかった。そして事実、嵐は《朱天》の装甲を損傷させることもなく数十秒後には勢いを失い、消え去っていた。


 ――ただし。

 消えたのは砂嵐だけではない。

 暴風の中心にいたはずの《土妖星》の姿も消えていたのだ。


(――――ッ!)


 アッシュは息を呑み、瞬時に上、左右を確認する。

 しかし、どこにも《土妖星》の姿は視認できなかった。


(なら下か!)


 即座に残された可能性に辿り着く。

 砂嵐が起きた場所には、大きな穴が開けられていた。

 やはり《土妖星》は砂塵に紛れて地中に潜ったようだ。ならば次の攻撃は――。

 ゴゴゴゴゴゴゴッ……。

 わずかに震える地面に、アッシュは双眸を細めた。

 そして、次の瞬間にはアッシュの愛機――《朱天》は地面を陥没させて飛翔した。

 およそ五十セージルもの上空にまで、一瞬で間合いを取ったのだ。

 その直後、亡者の門が開くように黒い球体が地表から浮き出た。完全に必殺のタイミングを逃した攻撃だが、これもカルロスには想定内だった。


『ここからが本番だ! 翔べ! 《土妖星》!』


 そう叫び、《土妖星》の巨体を砲弾のように打ち上げたのである。

 螺旋状に粉塵を巻き上げて迫り来る《土妖星》。


 対する《朱天》は、ギシリと鋼の拳を固めた。

 次いで竜尾を大きく揺らして空中で反転し、迫る死の円環に全く臆することもなく――真紅の拳を叩きつける!


 月光に照らされた夜空にて、異形の二機は激突した。

 そしてそのまま、怪物達は漆黒と真紅の領域を削り合うのだが、結果はあまりにも一方的なものだった。


(――くそ! 化け物め!)


 激突の最中、カルロスは舌打ちする。

 死の円環は、はぎ取られていくかのように真紅の拳に競り負けていた。

 力場内に存在するあらゆるものを塵へと還す理不尽な拳に、死の円環が為す術なく呑み込まれていく。それはまるで溶鉱炉にでも剣を突き立てたような光景だった。

 圧縮された力の桁の違いに、怖気さえ走る。

 すでに円環の一部が剥がされ、黒い球体から《土妖星》の姿が見え始めていた。このままでは円環がすべて呑み込まれるのも時間の問題だった。

 攻勢は明らかに傾いていた。


(クッ!)


 カルロスの頬に、冷たい汗が伝う。


(にわか仕込みの闘技とは言え、ここまで差があるのか!)


 仮にも『悪魔』から授かった闘技が、完全に圧し負けている事実に驚愕を抱く。

 だが――。


【カルロス! 諦めるな!】


「ああ! 分かっているさ! ランド!」


 この結果はある程度は予想していた。カルロスの狙いは次にあるのだ。


(奴の切り札は全恒力の七割を使うと聞く! 長期間の持続は出来ないはずだ!)


 そしてその推測通り、《朱天》の《虚空》の輝きは徐々に薄れていった。

 円環の大半を失った時、すでに拳の輝きは淡いモノになっていた。


(――勝機!)


 カルロスは赤い双眸を光らせた。

 死の円環は《虚空》の威力を削り落とすための囮。言わば捨て駒だ。

 真の狙いはその後にあった。


『――喰らえ! 《双金葬守》!』


 カルロスがそう叫び、長い腕で手刀を繰り出す!

 これこそが本当の最後の一撃。

 全力を吐き出させた《朱天》の無防備な操縦席へとめがけた攻撃だった。

 手刀は真っ直ぐ胸部装甲へと向かう。カルロスは勝利を確信した――が、

 ――ギィンッ!


「な、なにッ!?」


 一瞬後、大きく目を瞠った。

 何故なら、突き出した《土妖星》の手刀がいきなり宙空で止められたからだ。

 カルロスが止めたのではない。ハッとしてカルロスは前方に目をやった。

 見ると《朱天》が左の掌を《土妖星》へと向けていた。


『ま、まさか構築系の盾か!』 


 カルロスは瞬時に状況を察した。

 恐らく《朱天》は《黄道法》によって不可視の盾を創り出したのだ。この国にいるもう一人の《七星》である《天架麗人》の得意技とも聞く。こうも都合よく防御されたということは《双金葬守》はカルロスの策を完全に読んでいたということだった。

 しかし、腑に落ちないこともある。


『貴様は構築系が不得手ではなかったのか! どうやってこの一瞬で!?』


『俺だって毎日戦闘訓練してんだぞ。苦手だった技も習得するさ。街の職人を舐めてんじゃねえよ。犯罪者』


 と、街の職人とは思えない台詞を吐くアッシュ。

 そして二カッと笑みを見せて、


『てめえが切り札を囮にすることは読めていたからな。悪りいが俺も同じ手を使わせてもらったぞ。さっきの《虚空》は囮。四割程度のもんだ』


 そう嘯くなり、愛機である《朱天》が左腕を腰だめに引いて身構えた。


『そんでこれが今回の俺の切り札だ。身構えな。代理野郎』


『――クッ!』


 淡々とした声で言われ、カルロスの血の気が引いた。

 そして徐々に落下する《土妖星》に防御の構えを取らせた――が、


『まっ、何をしても無駄とは思うけどな』


 と、アッシュが告げた。

《朱天》が左の掌底を繰り出したのは、その直後だった。

 全身を打ちつける凄まじい衝撃に《土妖星》の巨体は地上へと吹き飛んだ。


 しかも、それだけでは終わらない。

 さらに一瞬の間も開けずに続く第二の衝撃。その後、第三撃。衝撃のたびに《土妖星》の装甲から金属片が飛び散った。

 衝撃はなお続く。第七、第八と続き、最終的には十連撃にも至った。

 そして片腕がもがれ、装甲を大きく損壊させた《土妖星》は、最後のトドメとばかりに地面に激突した。石畳が粉々に砕け、粉塵が立ち上る中、カルロスは《土妖星》の操縦席で「カハッ!」と息を吐き出した。




『――《十盾裂破じゅうじんれっぱ》』




 その時、アッシュが闘技の名を告げた。

 わずかに遅れて、ズズンッという轟音と共に《朱天》が着地する。


『まあ、簡潔に言えば十枚の盾を連続で叩きつける闘技だ。元々はただの思いつきの技なんだが以前これで騙した奴がいてな。その後、えらい剣幕で「ちゃんとした技にしろ」と言われたんだよ。そんで昇華させたんだが、結構強烈だっただろ?』


 そう説明する白い髪の青年の声は、どこか皮肉めいた響きがあった。


『あ、ああ……。本当に強烈だったよ』


 カルロスは呻く。

 確かに身体の芯まで砕くような闘技だった。

 しかし、まだ《土妖星》は大破した訳ではない。

 カルロスは操縦棍を握り直し、《土妖星》を再起動させた。

 バチバチッと各関節部から火花を散らす。が、それでも右腕を地面につけ、身体の半分をわずかに残った百足の群れを再接続して支えた。

 まさしく満身創痍。だが、《土妖星》は立ち上がった。

 その姿をアッシュは一瞥し、


『マジでしぶとい野郎だな』


 そう言って四本の《朱焰》の鬼火を解除し、《朱天》の全身から冷却剤を噴出した。

 瞬く間に冷却される真紅の鎧機兵。機体の色は漆黒へと戻っていった。

 これであと少しだけは戦えるはずだった。


『まだやる気かよ』


『当然だ。お前を倒さねば、俺はガレックを超えることができんのだからな』


 一切衰えない闘志を胸にカルロスが宣言する。

 強敵の気迫を感じ取り、アッシュ――《朱天》は身構えた。

 そして二機は全力を尽くしてなお対峙するのだが……。


「タイムアップだ」


 その声は朗々と響いた。

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