第五章 レディース・サミット
第266話 レディース・サミット①
「うむ。ということで、旅行に行くことになったのだ」
そこは第三騎士団の詰め所。執務室にてゴドーが意気揚々とそう語った。
今、その場には三人の人物がいた。
一人はゴドー。そして後の二人は騎士服姿のガハルドとアランだ。
大理石の机の上には十数本のワインボトルがあり、三人はソファーに座って二十七年来の親睦を深めていたのだが、不意にゴドーが語り出したのだ。
――彼らの愛娘を連れて旅行に行く、と。
それも、娘達が想いを寄せる青年と一緒にだ。
「ちょっと待て!」「なんでそんな流れになったんだよ!」
と、当然とばかりにガハルドとアランが騒ぎ出した。
特にアランの方は蒼白だ。勢いよくソファーから立ち上がると、
「おい! ふざけるなよゴドー」
ガッとゴドーの胸倉を両手で掴む。
「俺は絶対に認めないからな! なんでサーシャをそんなどこの馬の骨かも分からんような男と旅行に行かせなきゃならないんだよ!」
「いや、そうは言ってもな」
ゴドーは大仰に肩を竦めて返す。
「もう決めたことだ」
「いやいや、なんでお前に決定権があるんだよ。俺達の娘のことだぞ」
と、呆れた口調でツッコむのはガハルドだった。旧友と再会したため、アランもガハルドもかなり学生だった頃の口調に戻っていた。
「なんだ? 二人とも反対なのか?」
ゴドーはキョトンとした顔で告げる。
「だから俺はずっと反対だって言ってるだろ!」
と、アランがブンブンとゴドーの頭を揺さぶった。
「サーシャはな! エレナが残してくれた俺の宝物なんだよ! 本当に大切に大切に育ててきたんだ! ガチで嫁になんて出したくねえんだよ!」
かなり酒が入っているためか、本音をダダ漏れにするアラン。
「おい。アラン。あまりキモいことを言うな。サーシャが聞けばドン引きするぞ」
グイッとグラスに入ったワインを飲み干し、ガハルドが窘める。
だが、それはただ矛先が変わるだけの行為だった。
「――なんだとっ!」アランは顔だけをガハルドに向けた。「ガハルド! 何お前だけ話が分かる父親顔してんだよ! あれか? さてはお前はさっさとアリシアちゃんを嫁に出して自分はシノーラちゃんとイチャつく気なのか? シノーラちゃん、俺達と同い年とは思えないぐらい若々しいし綺麗だもんな!」
「……いや、お前は何を言っているんだ?」
と、呆れた口調で否定しようとするガハルドだったが、
「うむ。まあ、その、なんだ。シノーラが今でも若々しくて綺麗なのは事実だし、陛下の話を聞いて俺もあと一人ぐらいは欲しいかなと内心で思わなくもなかったが……」
彼も何だかんだでかなり酒が入っている上、若い頃に馬鹿ばかりをやった旧友達だけの場でもあったので徐々に本音が漏れ始めた。
「ほほう!」
それに対し、ゴドーが瞳を輝かせる。
「やはりシノーラちゃんは今でも美人なのか! まあ、彼女は全校生徒の中でも随一の美少女だったしな! 羨ましいぞガハルドよ!」
「いやいや待てよゴドー」
ヒック、としゃっくりをし始めたアランが赤い顔で尋ねる。
「ガハルドから聞いたがお前って十一人も嫁さんもらってんだろ? こう言っちゃなんだが、中にはシノーラちゃんよりもずっと若い子もいるんじゃないか?」
「うむ。確かに若い者もいるな」
その質問に対し、一人でワインを三本も空け、三人の中では誰よりも飲んでいるはずなのに未だ平然とした顔をするゴドーが答える。
「一番下は今年で二十四だ。だが、今はさらに若い十二人目を狙っているぞ! 歳は十代後半にも見えたが、恐らく二十歳を少し越えたぐらいだな」
そこで一拍おいて、ムフフと顎髭に手をやり、
「その美貌は勿論、特にプロポーションが抜群でな! 女豹のポーズが凄まじく似合いそうな美女なんだ! まあ、相当手強そうな相手ではあるが、それだけ落としがいもあるというものだ。ムフフ、必ず手に入れてみせようぞ! 実に楽しみだ! あの手の娘は一度デレさせればきっともの凄く甘えてくるに違いないぞ!」
「おいおい」ガハルドが呆れた様子で口を挟む。「お前、まだ嫁を増やす気なのか。お前ももう四十代だろ。いい加減少しは落ち着けよ」
と、ここまでは良識人のような台詞を吐くガハルドだったが、彼も徐々にテンションがおかしくなってきていた。おもむろにワインのボトルを手に取ると、グラスにつがずそのままグビグビと飲み干した。そしてぷわあっと息を吐き出して、
「ふん。だが、どんな嫁であってもシノーラには到底敵わんがな」
実に自慢げに愛妻のことを語り出した。
「あいつは若々しいだけじゃなく歳を重ねるごとにどんどん美しくなっているんだ。ヒック、さっきの話ではないが、アリシアに弟か妹が生まれる可能性は……ヒック、極めて高いと断言しよう!」
「ほほう! そうなのか! これはまた気合い充分だな! ふはははははっ! お前もまだまだ若いではないかガハルド!」
「いいなあっ! 嫁さんがいる奴はいいなあっ! ううゥ……エレナぁ、エレナあぁ、逢いたいよぉ、エレナああぁ……」
と、言ってゴドーの胸倉を離したアランが号泣し始めた。彼は泣き上戸だった。
するとゴドーがバンバンとアランの背中を叩き、
「そう泣くなアラン。そうだな、この際そろそろ再婚でもしてみてはどうだ? 亡き奥方もお前の幸せを願っていよう」
「――イヤだッ! エレナじゃなきゃイヤなんだッ!」
「むう。好きな子の話をする童貞みたいな台詞だな」
「シノーラ! 待っていてくれ! 今宵はお前を力一杯愛してやるからな!」
「いや、お前も待て。それは明日以降にしろ。今日は別の話がある」
そう言って、立ち上がって空になったワインのボトル片手に帰宅しようとするガハルドの首根っこを右腕で捕らえるゴドー。次いで空いた左腕でアランの首も抑えると酔っ払いどもを並べてソファーに座らせた。
それからゴドーはどしっと向かいのソファーに座り、膝に手をついて語り出した。
「お前達の娘に対する気持ちは分かった」
途中から嫁の話しかしていないようなトチ狂った流れの中で一体何が分かったのかは分からないが、ゴドーはそう言い切った。
「俺同様にお前達もまた娘を愛しているようだな。だが、だからこそ俺はこの旅行を利用しようと考えたのだ」
「ど、どういうことだゴドー?」
アランが息を呑んで尋ねる。
ガハルドも少し酒が抜けたのか、真剣な顔つきだ。
「あの男がお前達の娘に本当に相応しいのか。それはまだ俺にも分からん。あの男に尋ねたところで所詮は自己申告にすぎんからな。やはりここは当事者であるサーシャちゃん達の様子も見たいのだ」
と、ゴドーは神妙な眼差しで旧友達を見つめた。
「結局、幸せとは当人達の主観だしな。たとえそれが試練の道であったとしても当人達が幸せならば何の問題もない。認めるのはしゃくだが、あの男にも素質があるのは確かなようだからな。あとは誰にも渡さないという貪欲な愛があればよいのだ。それだけでアリシアちゃんもサーシャちゃんも幸せになれる。だからこそ――そう! 俺は『先を征く者』としてこの旅路で見極める!」
そしてゴドーは遠くを見据えて決意を語る。
「奴が俺と同じくハーレムを築くに相応しい男かをな!」
「「おい。それは趣旨が違うだろ」」
この時だけは完全に素面に戻ってツッコミを入れるガハルド達だった。
かくして。
おっさん達の宴は夜通し続くのであった。
なお、結論としては、完全に酔い潰れたガハルドとアランの傍らでゴドーが即興で本件を一任するという委任状を作成し、こっそり二人の承諾の拇印を押させることで旅行は成立する流れとなった。ゴドーはちゃっかり目的だけは果たしていたのだ。
――そう。どこまでも抜け目ない男。
それが、
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