幕間二 《星》の想い

第203話 《星》の想い

 計画は、早速実行に移された。

 時刻は四時すぎ。場所は《獅子の胃袋亭》。

 そこには今、丸いテーブルを囲んで三人の人間がいた。

 騎士候補生姿のサーシャとアリシア。

 そして、クライン工房の白いつなぎを着たミランシャの三人である。


「お待たせしました」


 その時、ウエイトレスが三つの紅茶をテーブルに置いた。

 三人は軽く感謝を述べてから、


「けど、珍しいわね。サーシャちゃん達からお茶を誘うなんて」


 ふと、そう尋ねるミランシャに、


「い、いえ、ミランシャさんとはまだあまり話す機会もなかったですし」


「そ、そう。折角だし親睦を深めようと思いまして」


 と、サーシャとアリシアが作り笑顔を浮かべて答える。

 対し、ミランシャは紅茶を手に取り「そうなんだ」と言って微笑んだ。

 その笑顔はとても穏やかなため、彼女がサーシャ達の真意を見抜いているのかどうかは判断がつかない。サーシャは警戒しつつ小声で親友に語りかけた。


「(アリシア……お願いできる?)」


「(うん。分かっているわ)」


 弁の立つアリシアがこくんと頷く。

 そして真直ぐミランシャを見つめて、口を開こうとした時だった。


「ふふ、サーシャちゃんとアリシアちゃんは、仲がいいよね」


 ミランシャが紅茶をソーサーの上に置き、そう切り出して来た。

 出鼻を挫かれ、アリシアは「え」と言葉を詰まらせる。

 それに対し、サーシャが慌ててフォローを入れた。


「ま、まあ、幼馴染ですし」


 サーシャとアリシアは物心ついた時からの付き合いだ。

 仲がいいのは自他ともに認めている。なにせ、大抵の場合は一緒に行動していたし、今や好きな男性まで同じなのだから、相性がいいのは間違いないだろう。

 すると、何故かミランシャは少し寂しそうに目を細めた。


「アタシにもね。幼馴染の親友がいたの」


 と、語り始める。

 サーシャ達は「え」と呟いて軽く目を剥いた。


「うちのメイドだった人の娘でね。アタシと同い年だったの。あの子は一応使用人の立場だったんだけど、竹を割ったような性格をしててさ。子供の頃はアルフと一緒に三人でいたずらとかしていたわ」


 ミランシャは、昔を懐かしみながら語り続ける。

 そして不意にサーシャを――正確には彼女の銀の髪を見やり、


「彼女はね――《星神》だったの」


「……え?」


 サーシャが大きく目を見開く。

 アリシアも息を呑んだ。

 ミランシャはふっと笑って言葉を続ける。


「知ってる? 《星神》って別に家系から生まれる訳でもないのよ。勿論、両親共に《星神》なら《星神》として生まれる可能性は高いわ。けど、普通の家系から生まれる場合もあるの。あの子がそうだったわ」


 そこで赤毛の美女は小さく嘆息した。


「あの子の《願い》を叶える時の銀の髪はとても綺麗だったわ。サーシャちゃんにも劣らないぐらいね。だけど、アタシが十七の頃だった」


 ミランシャの声はより重くなる。


「あの子はいきなり攫われたの。《神隠し》の連中にね」


「「――ッ!」」


 サーシャ達は言葉を失う。

 思ってもいなかった重苦しい話に、サーシャ達は完全に呑まれていた。

 ミランシャの話はさらに続く。


「その組織自体は《黒陽社》とかに比べればとても小さなものよ。けど、それがかえってまずかった。ロクな施設も知識もない、何もかもが中途半端だったその組織は、あの子を雑に扱い、そして――」


 グッと唇を噛みしめて、彼女は告げる。


「ようやくアタシが彼女の居場所を見つけ出した時、組織は壊滅していたわ。《聖骸主》になったあの子に壊滅させられたのよ」


 サーシャ達は、何も言えない。

 言葉をかけるには、あまりにも重すぎる内容だった。


「アタシはあの子を救う方法を考えた。たとえ聖骸化してもまだどうにか救えるんじゃないかって必死に考えたわ」


「………あ」


 ミランシャの台詞に、サーシャがわずかに声を零す。

 ハーフである彼女の母親もまた《星神》。それもミランシャの親友同様、《聖骸主》と成り果てた末に亡くなっている。


 どうにかして《聖骸主》を救いたい。

 それはサーシャの夢であり、願いだった。


(そっか、以前先生が言ってた、私と同じ夢を持つ友達って……)


 と、サーシャが回想にふけかけた時、


「けどね、結局……」


 そう呟き、ミランシャは再びカップを手に取って、揺れる紅茶に視線を落とす。

 その眼差しは、どこか陽炎のような雰囲気を宿していた。

 そして一拍置いて、彼女は告げる。


「あの子は殺されてしまった……。《七星》の第三座の手によって」


「………え?」「え、だ、弟三座、って」


 サーシャ達は困惑する。

 確か《七星》の弟三座とは……。


「アシュ君のことよ」


 ミランシャは一瞬だけ、すっと瞳を閉じる。


「アタシの親友は彼に殺された。まあ、しばらくは割り切れなかったものよ。救うことを考えもせず、あの子を殺した彼が憎かった」


「ミ、ミランシャさん……」


 アリシアは喉を鳴らして年上の女性の名を呼んだ。

 その傍ら、サーシャの方は両手で口元を押さえて言葉もない。


「け、けど、ミランシャさんは、アッシュさんのことを……」


 と、おずおずと尋ねるアリシアに、


「うん。今は大好きよ。愛していると胸を張って言えるわ。けど、昔は嫌いだったのよ。彼の《聖骸主》への非情すぎる対応が納得いかなくてね」


 紅茶で喉を潤した後、ミランシャは答える。

 少女達は沈黙する。と、赤毛の女性は「けどね」と続けた。


「知ってしまったから。《黄金死姫》のことを」


「お、《黄金、死姫》……?」


 サーシャはミランシャの台詞を反芻し、眉根を寄せた。

 アリシアの方も眉をしかめている。

 二人とも、その名前には聞き覚えがあった。

 確かアッシュの二つ名に関わるという《聖骸主》の名前だ。


「あの、それって、どういう事なんですか?」


 と、アリシアが少し身を乗り出して単刀直入に尋ねるが、


「ごめん。その辺のくだりはアタシの過去ってよりも、アシュ君の過去に関することだからアタシの一存であまり話す訳にはいかないの」


 ミランシャはかぶりを振ってこれ以上の説明を拒否した。

 続けて、空になったカップをソーサーに置き、


「その話はあなた達がもっとアシュ君と親しくなれば、きっと彼から教えてくれるわ。それまで待ちなさい」


 そう言ってから、ミランシャは「いずれにせよね」と言葉を続ける。


「アタシはそのことが切っ掛けで、アシュ君に対する感情が大分変わったの。勿論、わだかまりもまだ多少はあったけど、彼の力になりたいと思って色々と《聖骸主》について調べたりしたわ。まあ、それで結構一緒に行動することが多くなってね」


 ミランシャはふふっと笑う。


「いつの間にか大好きになっていたの」


 炎のごとき赤い髪を持つ女性の、まるで太陽のような微笑みに、サーシャとアリシアは一瞬見惚れてしまった。彼女の言葉に一切偽りがないのは疑うまでもない。

 少女達は声も出せず圧倒されてしまう。


「うふふっ」


 そして、ミランシャは再び笑った。


「これでよかったかな? わざわざ呼び出したのは、アタシとアシュ君の事を聞きたかったんでしょう?」


「え、あ」「そ、その……」


 サーシャとアリシアは、顔色を変えてわたわたとしてしまう。

 仮にも年長者。彼女達の思惑など最初からお見通しだったようだ。


「ふふふ、紅茶、とてもおいしかったわ。また誘ってね。うん。今度はオトハちゃんやユーリィちゃんも一緒にね!」


 そう言って、ミランシャは伝票を持って立ち上がる。

 それから、にぱっと笑い、


「それじゃあアタシ、まだ仕事あるから戻るね!」


 と陽気な声をかけて、彼女は忙しい様子で立ち去って行った。

 サーシャ達はその後ろ姿を、静かに見送った。

 そしてしばらくしてから、二人揃って溜息をつく。

 結局、『昔』の話は聞けたが、『今』の情報は引き出せていない。

 完全に見透かされていた。今回の任務は言い訳もない大失敗だった。


「失敗したわね。けど……」


 アリシアが肩を落としてサーシャに目をやる。

 対し、サーシャも苦笑を浮かべた。


「うん。一つだけ分かったね」


 本作戦の唯一の戦果。今回のおかげで改めて理解した事がある。

 どうやら、ミランシャの想いは揺るぎないものらしい。


「オトハさんと双璧をなす人かぁ。確かに強敵よねぇ」


「……うん、そうだね」


 そう呟いて丸テーブルに頬をつき、嘆息する二人の少女だった。

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