第二章 思わぬ再会

第193話 思わぬ再会①

「「…………はあ」」


 時刻は昼の一時過ぎ。そこは市街区の一角。

 年明けにも拘わらず、多くの店舗が開いているそこそこ賑やかな場所――飲食店が立ち並ぶ大通りだった。

 そんな場所で、二人の少年は同時に溜息をついていた。

 年の頃は共に十代後半。ブラウンの髪を持つ小柄な少年は深い緑、そして若草色の髪を短く刈りそろえた大柄な少年は黒いコートを着込んでいる。

 アティス王国騎士学校の騎士候補生達。

 エドワード=オニキスとロック=ハルトのコンビである。

 二人は大通りをトボトボと当てもなく歩いていた。


「……ちくしょう。建国祭、最悪だったよな」


 その時、エドワードが肩を落としてそう呟く。

 対し、隣を歩くロックは、力なくかぶりを振り、


「まったくだ。結局、俺もお前もお目当ての人物とはペアになれなかったしな」


 エドワードはユーリィに。

 そしてロックの方はアリシアに思慕を寄せているのだが、建国祭ではそのペアは実現しなかった。六回に渡って組分けしたにも拘わらずに、だ。

 それどころか怖ろしいほどの確率でロックとエドワードはペアになる悪夢を見た。


「……ありゃあ一体何だったんだ? 六回中、四回もお前とペアになるってのは?」


 エドワードがうんざりした口調で語る。

 片や、ロックも渋面を浮かべて「分からん」と呟き、


「もはや呪われているのかと思ったぞ。師匠が俺達を哀れんで、二回もやり直しを勧めてくれたぐらいだからな」


 大柄な少年は深々と嘆息する。

 まさか、厳格な教官までいる生真面目な女性陣が、イカサマクジを使っていたなど夢にも思わないロックだった。


「……やれやれだな」


 エドワードが足を止め、大きく息を吐き出した。

 いずれにせよ、エドワードとロックは建国祭ではあまり楽しい思い出が作れず、それが今も尾を引いていた。だからこそ、今年最初の幸運が訪れることを期待して、ブラブラと二人で街中を徘徊していたのだった。

 ……まあ、今のところ幸運など影も形も見えなかったが。


「あのさロック」


 その時、エドワードが相棒の少年に声をかける。


「このまま街をブラブラしてもつまんねえし、闘技場でも行かねえか?」


「……闘技場か」


 エドワードの提案に、ロックは考え込んだ。

 闘技場は今日から再開される予定だった。

 確かにこのまま当てもなく街を徘徊するより実りがありそうである。


「そうだな」ロックはあごに手を当てつつ首肯した。


「今年最初の試合か。面白いかもしれんな。行ってみるか」


「おうよ。そんじゃあまず近くの停留所に行くか」


 エドワードもニカッと笑って頷いた。

 しかし、彼らがそれを行動に移すことはなかった。

 何故なら、彼らが進んでいた大通り。そのすぐ右横にあった飲食店のドアがカランと鳴って、知り合いの人物達が出て来たからだ。


「……へ? 師匠じゃねえっすか」


 エドワードが目を丸くして、ドアから出て来た人物の名を呼ぶ。

 一方、師匠――アッシュも二人に気付き、手を上げた。


「おう。エロ僧とロックか。こんな所で会うなんて奇偶だな」


 そう言って、アッシュはエドワード達に近付いてくる。

 対し、エドワードは「チースッ!」と仰々しく敬礼して応えて頭を下げるが、ロックの方は思わず固まってしまっていた。

 その理由は実に簡単だ。

 アッシュの後ろによく知る少女がいたからである。


「エ、エイシス……?」


 ロックが呆然と彼女の名を呼ぶと、


「こんにちは。年末以来ね。二人とも」


 アリシアは、仮面のような笑みを浮かべてそう答えた。

 内心では、この偶然の出会いを快く思っていないのは明らかだった。

 ロックの表情がますます強張ってくる。


「あれ? エイシスと二人だけなんすか? ユーリィさんは?」


 しかし、エドワードはどこまでもマイペースだ。

 アリシアの不機嫌加減には一切気付かず、アッシュにそう尋ねた。


「ユーリィは家だ。今日はメットさんが遊びに来ているしな」


 と、陽気に笑いながらアッシュが答えた。

 それからあごに手をやり、


「そうだな。今頃、オトも含めて三人で談笑でもしてんじゃねえか?」


「はあ、そうすっか」


 想い人がこの場にいないことを知って、エドワードが残念そうに相槌を打つ。

が、それも一瞬だけのこと。

 すぐに立ち直ると、今度は不思議そうに首を傾げて別の質問をした。


「けど、師匠はなんでエイシスと二人でここに?」


(………おい、エドよ。それを聞くか)


 その問いに対し、ロックが思わず眉をしかめてしまった。

 友人に悪意はない。それが分かっていても流石に嫌な気分になる。

 アリシアの気合いの入った着飾った装いを見れば、これがデート――アッシュ自身がどう思っているかは置いとくとして――なのは疑うまでもない。

 中々の策略家であるアリシアのことだ。

 きっと、何かしらの理由をつけて二人だけの時間を確保したのだろう。

 彼女に想いを寄せるロックとしては、気落ちせずにはいられない事実だった。


「ん? ああ、それはだな」しかし、そもそもこれがデートだと認識していないアッシュが、気軽に答えようとした時だった。


「別にいいじゃない」


 不意に、アリシアが会話に割り込んできた。

 その声は先程よりも不機嫌そうだった。


「ただの年明けの散策よ。それよりあなた達、どこかに用があるんじゃないの?」


 と、続けて尋ねる。

 それは言外に「お前ら早くどっかに行け」という意志が込められていた。

 だが、哀れにもほとんど事情を察しているロックの方はともかく、あらゆる意味で空気が読めないエドワードには通じない。


「あン? 何だよ。別に用なんてねえよ」


 と、少し不快そうに返しつつ、


「それより師匠。当てのない散策なら俺らと一緒に闘技場に行かねえっすか? 闘技場は今日から再開なんすよ」


 いきなりそんな提案をしてきた。

 アリシアの頬が引きつる。最悪の展開だった。

 折角の二人だけのデートなのに、このままではお邪魔虫が二人もついてくることが容易に想像できる。事実、アッシュは「そうだな~」と考え始めていた。


「(ちょっと、ハルト!)」


 アリシアはすぐさま、まだ話が通じるロックの傍に寄って言い放つ。


「(この馬鹿、どうにかしてよ! あなたなら、私にとってこの状況がどういうものなのか大体分かっているんでしょう!)」


「(い、いや、ううむ……)」


 ある意味、ムゴすぎる言い分に、ロックは即答も出来ず思わず呻いた。

 と、その時だった。

 いきなり大通りの端にて、ガヤガヤと通行人が騒ぎ始めたのだ。

 アッシュ達は揃ってその一角に目をやった。


「おいおい、聞いたか!」


「おう。さっき聞いた。ちょっと見に行ってみようぜ」


「けど、それマジなのか? そんなの聞いたこともねえぞ」


 と、そんな言葉が耳に入って来る。

 そして四、五人の男達が、興奮気味に走り去っていった。

 向かった先は方向からして、船が停泊している港湾区だろうか。


「……何だ?」アッシュは眉根を寄せる。「港湾区で何かあったのか?」


「う~ん、そうみたいっすね」


 と、エドワードも興味深けに港湾区の方を見やる。

 よく見れば、去っていったグループ以外も何人かが港湾区に向かっていた。


「……もしかすると、何か変わった船でも入港してきたかもしれませんね」


 と、呟いたのはロックだ。

 年明けのこの時期は、あまり港湾区は使用されない。しかし、それでも常に入国の門戸は開かれている。入港してくる船は毎年、少なからずあるものだ。


「ふ~ん、そうなのか」


 アッシュが港湾区を見つめたまま、興味津々にそう呟く。

 そんな青年の横顔を見やり、アリシアは深々と嘆息した。


(……これはまずいわ)

 

 思わず渋面を浮かべるアリシア。

 アッシュと知り合って、すでに半年以上。

 彼の性格も概ね把握しているため、この先の展開が簡単に予想できるのだ。


(この展開だと、多分、アッシュさんは……)


 そして事実、それはすぐに現実と成った。

「……おし」数秒後、アッシュはおもむろに首肯する。

 かくして白い髪の青年は、がっくりしたアリシアの様子には全く気付かず、陽気な声でこう告げるのだった。


「何か面白そうだし、俺達もちょっと見物に行ってみるか」


「おっ、いいっすね!」と、ニカッと笑って親指を立てるエドワード。ロックの方も少しばかり躊躇していたようだが、「そうですね」と言って同意した。

 一方、アリシアは――。


(うわあ、やっぱりこうなった……)


 完全に予想通りの展開。

 彼女が、再び深々と嘆息するのも仕方がないことだ。

 まだ年明け早々。本当に彼女の運は前借り制なのかは分からないが、普段通りの強運とはいかないアリシアであった。

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