第173話 潜む者たち③

「……――以上が現時点で分かっていることだ」


 アティス王国騎士学校の応接室。

 二人の騎士を部屋の外に待機させ、一人ソファーに座るガハルド=エイシスは、淡々とした声色で事態を語り終えた。

 対し、彼の話を聞いたのは、向かい側のソファーに座るのは二人の女性。

 当事者であるサーシャ=フラムと、教官として立ち合ったオトハ=タチバナだ。

 サーシャは少し緊張した面持ちで両手を重ねて膝の上に置き、隣のオトハは渋面を浮かべて腕を組んでいた。


「エイシス団長」


 オトハが尋ねる。


「そのジラールという男の行方は見当もつかないのか?」


「………それは」


 ガハルドは苦々しい口調で答えた。


「正直分かりません。この王都は広大です。老朽化のため現在使われていない区間もありますし、何の手がかりもなく見つけ出すのは困難です。せめて手引きした者の素性が分かれば見当もつけられるのですが……」


 最有力だった黒幕候補――ゴードン=ジラールが、シロなのは痛かった。

 現時点の情報量では、怪しげな場所を片っ端から捜索するぐらいしか手がない。


「……そうか」


 オトハは小さく嘆息し、そのまま沈黙する。

 部屋が静寂に包まれる中、ガハルドは視線をサーシャの方へと向けた。


「サーシャ」


 指をグッと組み、ガハルドは娘同然の少女に告げる。


「あの男がお前を狙う可能性は高い。お前には護衛の騎士をつけるつもりだ。私の部下の中でも特に優秀な騎士達をつけよう」


「……ガハルド叔父さま」


 サーシャは微かに笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。でも、本当にいいんですか。建国祭も近いのに、私なんかに貴重な人手を使って……」


 そんなことを言うサーシャに、ガハルドは苦笑を浮かべた。


「お前は騎士候補生といってもまだ一般市民だ。市民を守るのは騎士の当然の務め。それに今回は我々騎士団の失態が招いたことだしな」


「……叔父さま」


 サーシャはキュッと重ねた両手に力を込め、再び微笑んだ。

 すると、その時、沈黙していたオトハがおもむろに口を開いた。


「そうだな。ならば私も護衛を手伝おう」


「……え?」「なんですと?」


 サーシャとガハルドが、キョトンとした顔でオトハを見つめた。

 オトハは腹部に両手を回して姿勢を変えると、平然とした口調で語り出した。


「私の本業は傭兵だ。護衛任務の経験もある。そのジラールとやらが捕まるまでフラムの護衛をしよう。まあ、その期間、フラムの家で世話になることになるが……」


 そこでオトハはサーシャを見つめて微笑む。


「きっとクラインもそう頼むだろうしな」


「け、けど、ユーリィちゃんの護衛は……」


 サーシャはポツリと呟いた。

 今回の事件。オトハはユーリィの護衛に回ると思っていたのだ。

 アッシュの実力は疑うまでもないが、やはり彼は男性。女性であるオトハの方がユーリィの護衛に向いていると思っていたのである。

 しかし、そんなサーシャの考えに、オトハは苦笑を浮かべて。


「エマリアにはクラインがいる。本気で警戒している時のクラインを小僧ごときが出し抜けるものか。エマリアの心配はいらないさ」


 それに、と続け、


「そのジラールという男。話を聞く限り、間違いなくお前を狙ってくる。そう思うからこそあなたも護衛をつけようと考えたのだろう?」


 最後の台詞は、ガハルドに向けられたものだった。

 ガハルドは静かに頷く。


「間違いないでしょうな。普通ならば国外逃亡を優先するはずですが、恐らくあの男は状況を省みずサーシャに復讐しようと考える。それが私の推測です」


 そう告げてから、ガハルドはサーシャの方へ目をやった。


「すまないサーシャ。守るなど言っておきながら、ある意味お前は囮なのだ。タイミングは分からんが、恐らく近い内にあの男は確実にお前の前に現れるはず。我々はそこを押さえるつもりだ」


 そこでガハルドは小さく息をつき、


「だが、安心してくれ。我々騎士団の誇りに賭けて、お前は絶対に守り通してみせる。怯える必要なんてないぞ」


 そう宣言して、サーシャを励ますように自信に満ちた笑みを見せた。

 それにつられるようにオトハもふっと笑い、


「まあ、そうだな。所詮は大した実力もない小僧だ。気に病むのも馬鹿馬鹿しいぞ」


 と、アドバイスをかけ、サーシャの肩を叩いた。

 サーシャは二人に笑みを見せると、こくんと頷き、


「はい。私は怯えるつもりはありません。それにあんな奴に負けもしません」


 一拍置いて、銀の髪の少女は言う。


「だって私は騎士なのだから」



       ◆



 ――その頃。市街区の一角にて。

 件の男。アンディ=ジラールは眉をしかめていた。


「……こんな所に父上がいるのか?」


 そこは薄汚れた屋敷の中。市街区の中でも老朽化が進んでいるため、来年には取り壊しが決定している区間にある木造家屋の一つだ。

 廊下を歩く度に、ギシギシと不快な音を奏でる。


「はい。この奥でアンディさまをお待ちしておられます」


 アンディを先導する男がそう告げた。

 風貌は三十代後半。一般市民という言葉が実によく似合う特徴のない男だ。

 今回の脱獄を計画、実行した襲撃者の一人であり、アンディの父親であるゴードンの部下を名乗る人物だった。


「けど、なんでこんな薄汚い場所にいるんだ? もっと別の場所でもいいだろ」


 ゴミの散乱が気になるのか、アンディは苛立ちを吐き捨てた。

 すると、先導する男は一旦足を止め、


「この場所が最適でした。現在、王都中を騎士団が捜索しています。しかし、この場所なら似たような建造物が多数あり、容易には特定できないでしょう」


 どうかご容赦を。

 最後にそう告げて男は再び歩き出した。

 アンディは不満顔だ。囚人服よりはマシになったとは言え、いま自分が着ている質の悪い服といい、自分には相応しくない環境ばかりだ。


「……着きました。アンディさま」


 と、そうこうしている内に、アンディ達は目的の部屋の前に辿り着いた。

 比較的に大きなドア。この屋敷の応接室だ。

 ガチャリ、とドアを開けると、室内は意外と整理されていた。

 数人用の二つの大きなソファーに、その間に置かれた大理石の机。調度品はないが、ゴミもない。少なくとも掃除だけは済ましてある部屋だ。

 アンディは室内を一瞥した後、ソファーに目をやった。

 そこには、彼のよく知る人物が座っていた。

 赤い髪が特徴的な四十代の男性だ。

 アンディは、ポツリと呟く。


「……父上」


 そう呼ばれた男は、ソファーからおもむろに立ち上がり、


「元気そうだな、アンディ。安心したぞ」


 と言って男――ゴードン=ジラールは、笑顔でアンディ達を迎えた。

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