第155話 火のカーニバル②
漆黒の鬼と半人半蛇が戦い始めた傍らで――。
愛機に乗るライザーを後ろに従えたギル=ボーガンは、息子であるセド=ボーガンの前で杖をつき、静かに佇んでいた。
その瞳はどこか哀しげな様子であった。
対するセドの方は、未だ尻持ちをついたまま視線を逸らしている。
言うまでもなく、穏やかとは呼べない雰囲気である。
『……ボーガン殿』
と、機体の
『お急ぎを。ここはすでに戦場です』
実の息子を犯罪者として拘束しなければないらない。
その複雑な気持ちは分からなくもないが、今は状況が状況だ。
急ぎこの場から脱出しなければ、怪物達の戦いに巻き込まれてしまう。
「……ああ、承知している」
ギルはそう返すと、小さく嘆息した。
そして一歩前に踏み出し、セドに告げる。
「……セド。とりあえず立て。この場から離れなければならない」
「…………」
しかし、セドの方は無言で父を睨みつけるだけだった。
ギルは表情を変えず、淡々と言葉を続ける。
「セド。急げ、もう時間が――」
「……何故だ」
と、その時、初めてセドが口を開いた。
「何故、邪魔をしたんだ父さん! この計画が上手くいけば、ボーガン商会は世界にだって進出できたというのに!」
そしてセドは立ち上がり、一気に感情を爆発させた。
「順調だったんだ! 《黒陽社》の関係も良好だった! いずれ私はこの国の市場を支配できたんだ! そして世界に出て父さんにも出来なかったことを――」
セドは腕を横に振り、幼い子供のように叫び続ける――が、その時。
「このたわけがッ!!」
大空洞に響くほどの一喝がギルの口から放たれた。
その気迫は、セドはもちろん、ライザーさえも身を竦めるほどのものだった。
「……馬鹿息子が」
ギルは鬼のような形相でセドを睨みつけ、語り始める。
「お前は自分がやろうとしたことが、どれほど愚かなことなのか分かっているのか! 犯罪組織に加担するということは、自らも犯罪者に成り下がるということなのだぞ。我が商会の社員達は日々を真っ当に生きる者達だ。そんな社員達をお前は世間から後ろ指さされるような人間にしようとしたのだぞ!」
「そ、それは……」
父の気迫に圧され、セドは数歩後ずさる。
それに対し、ギルは杖をつき、息子の元へ近付いて行く。
「世界に打って出る。私を――父親を越える。その意気は認めよう。しかし、このような手段を用いて本懐を遂げたところで一体何の意味があるのだ!」
「わ、私は……」
セドは呆然とそう呟き、両膝をついた。
その瞳は、ただ父の姿だけを見つめている。
「……セドよ」
今までの怒気を押さえ、ギルは息子に告げる。
「今回、私にお前のことを伝えてくれたのはロアンなのだ」
「ロ、ロアン……? ロアン叔父さんが……」
セドが呆然と呟く。ロアンとはボーガン商会の重役でセドの母方の叔父だった。
セドにとっては幼い頃からの親しい人物でもある。
「ロアンは本当にお前のことを心配していたぞ。このままでは、お前はもう後戻りできなくなる。だからこそ悩んだ末にロアンは私に相談したのだ」
「…………」
セドは何も答えない。ただ、苦悩に満ちた表情を浮かべていた。
「ロアンも今のお前と同じような顔をしていたよ。セド。私は忙しさのあまり父親らしいことはしてこなかった。ここで父親面しても説得力もないだろう。だがな……」
ギルはそこで一拍置き、杖を持っていない左手をセドに差し伸べた。
「お前よりも経験を積んでいる者として言うぞ。たとえ道を間違え、失敗してもやり直す覚悟さえあるのなら、何度でも立ち上がる事は可能だ。かつての私のようにな」
「…………父さん」
セドは呆然と父の手を見つめていた。
体調を壊しているためか、最後に見た時より随分と痩せてしまった手だ。
その手を見ただけで、父は本当に無理を押してこの場に来たのだと理解する。
「…………すまない、父さん」
セドはグッと唇をかみしめ、そう謝罪した。
すると、ギルはふっと目を細めて――。
「馬鹿息子が。お前が謝るべき相手はロアンと社員達だろう。まずはそこからだ。そしてこれからは私も厳しく指導していくからな。覚悟しておけ」
そう言って、老紳士は優しげに笑った。
セドはただ沈黙する。そして恐る恐る右手を動かすと、
「……分かったよ。父さん」
と呟き、およそ二年ぶりに、セドは父親の手を掴んだのだった。
◆
『――ふっ!』
アッシュの小さな呼気と共に、《朱天》が掌底を繰り出した。
その手からは不可視のエネルギーである恒力が噴き出されて《火妖星》へと襲い掛かる。《黄道法》の放出系闘技――《穿風》だ。
しかし――。
『かかっ、モーションがデカすぎるぞ。アッシュ=クライン!』
明らかに高揚しているガレックの声が響き、不可視の衝撃波は蛇体を唸らせる《火妖星》に容易く回避され、岩壁に掌の形を残すだけだった。
『かかっ! 今度はこっちの番だな!』
蛇体はさらに疾走する。そして《火妖星》の上半身がまるで鎌首をもたげる竜のような動きを見せて、上空から《朱天》に襲い掛かった!
『――チッ!』
アッシュは舌打ちし、愛機を後方に跳躍させた。
その直後、《火妖星》の左右の爪が寸前まで《朱天》がいた場所を切りつける。八本の傷跡が地面に刻みつけられた。
『おっと、逃がさねえよ!』
ガレックはすぐに目測を《朱天》に向け直すが、次の行動はアッシュの方が早かった。間髪いれず突進し《火妖星》の頭部を狙って拳を繰り出した――が、
――ブワッ。
と、突如、《火妖星》の上半身が宙に浮かぶ。
蛇体を起点にして飛翔するように上空へと退避したのだ。
『くそッ! 相変わらずやりづらい機体だな』
《朱天》の中でアッシュは苛立ちを吐く。
対するガレックは、ニヤニヤと笑っていた。
『かかかっ! 俺は兵器開発部門の長なんだぜ。真っ当な機体な訳ねぇだろ』
揺るぎない自負を込めて、第2支部・支部長はそう嘯く。
その間も蛇体は蠢き、《火妖星》の上半身はゆらりゆらりと上空で漂っていた。
――常に敵の頭上に陣どり、攻撃時は死角から仕掛け、防御時は上空に逃げる。
蛇体を利用した、この予測不能な動きこそが《火妖星》の真骨頂だった。
その姿は、まるで宙を彷徨う亡霊のようで捉えるのは容易ではない。
『そうだな。全くもってデタラメな機体だ』
が、それに対し、アッシュはふっと笑い、
『だが、弱点もあんだろ!』
――ズガンッ!
と、《朱天》の足元から雷音が轟く。
恒力を足裏から噴出して高速移動する《雷歩》と呼ばれる闘技だ。
そして一歩で間合いを詰めた《朱天》は眼前の蛇体めがけて拳を振り上げる!
上半身を捉えるのは困難でも、その起点となる蛇体は別だ。
漆黒の剛拳が唸りを上げる。
しかし、ガレックは余裕の笑みを崩さなかった。
『かかっ! 甘いんだよ! アッシュ=クライン!』
『――なに!?』
アッシュは大きく目を瞠った。
何故なら、直撃した《朱天》の拳が何の抵抗もなく蛇体の中へ埋もれたからだ。
驚くべきことに全く拳に反動が来ない。しかも蛇体は大きく後方へ揺れ、完全に衝撃を逃がしてしまった。かつて戦った時にはなかった防御機構だ。
『ガレック=オージス! てめえこんな細工を――』
『かかかっ、お前も職人なら分かんだろ? 欠点がありゃあ改善ぐらいするさ!』
ガレックが自慢げにそう語ると同時に、《火妖星》が襲い掛かる!
アッシュは舌打ちし、《朱天》に手甲を身構えさせる。
そして火花が散った。
『――くッ!』
とりあえず凌いだアッシュは、《朱天》を後方へ跳躍させ間合いを取り直した。
アッシュは険しい表情で《火妖星》を睨みつける。
『やってくれるな。だが、もう一つの弱点は改善しようがねえだろ!』
言って、アッシュは愛機の重心を沈めた。
そうしてゆらゆらと動く《火妖星》の上半身を見据えて――。
――ズガンッ!
再び雷音が響く。《朱天》は漆黒の砲弾となって《火妖星》に体当たりした。
『――グオッ!?』
流石に目を瞠るガレック。
直後、《火妖星》は《朱天》に肩を抑えられた状態で岩壁に叩きつけられた。
『てめえの機体は根本的に瞬発力が足んねえのさ! 間合いを広く取れば上半身を掴むぐらい訳ねえよ!』
岩壁にめり込む《火妖星》に、アッシュが不敵な笑みを見せて告げる。
すると、ガレックは「フン」と笑い、
『はン。それは確かに《火妖星》の弱点だな。だがよアッシュ=クライン。瞬発力がなくても馬力がないとは限らないんだぜ!』
そう言い返して、ガレックは愛機を動かした。
グググと蛇体が動き、《朱天》を掴んだまま岩壁から機体が離れていく。
現在、《朱天》の両足は宙に浮いている。《七星》随一の剛力を誇る《朱天》でも地に足がつかなければ全力は発揮できない。
次の展開を予測し、アッシュは険しい顔で後ろにいるユーリィへと叫ぶ。
「くそッ! ユーリィ! 歯を喰いしばれ!」
「――ん!」
と、短い返事をするユーリィ。
『かかかっ! お返しだ! 受け取りな!』
ガレックの哄笑が大空洞に響く。
そしてその数秒後、直前の攻防を巻き戻すように《朱天》は《火妖星》に掴まれた状態で地面に叩きつけられた!
『かかかかか――ッ!』
大地に亀裂が走り、岩土が舞う中、ガレックの哄笑がさらに響いた。
『どうよ! 少しは効いたかアッシュ=クライン!』
そして不敵な笑みを浮かべるが――すぐに表情が一変する。
――ズドンッ!
大空洞に驚く衝撃音。同時に《朱天》を地に抑えつけていた《火妖星》の上半身が勢いよく真上に跳ね上がった。
そこで初めてガレックは苛立ちの表情を浮かべた。
『……てめえ、《穿風》をッ!』
『モーションがデカいと指摘されたからな。工夫してみたんだよ』
と、ふてぶてしく言い放つアッシュ。
蛇体を伸ばして上空で警戒する《火妖星》の装甲――人間でいう脇腹辺りには、大きな亀裂が刻まれていた。
ほんの一瞬前のことだ。《朱天》は地面に横たわったまま敵機の脇腹に手を添え、密着状態から《穿風》を撃ち出したのだ。
その衝撃で《火妖星》は宙に吹き飛ばされたのである。
ガレックは小さく舌打ちした。
『けッ、やってくれるぜ』
だが、本来そんな不安定な状態の《穿風》に、そこまでの威力はない。
《火妖星》の外装に亀裂を刻むほどの威力となると、考えられるのは一つだ。
ガレックは《火妖星》の中ですっと目を細める。
『……《朱焔》か。早速使ってきやがったな』
いつしか《朱天》の前二本の角が紅い鬼火に包まれていた。
A級の《星導石》から加工された外部動力炉――《朱焔》。
これにより今の《朱天》の恒力値は、五万六千ジンまで増大していた。
不安定な状態でありながら《穿風》の威力が格段に上がったのはこのためだ。
『てめえに手加減してやる義理もねえしな』
『かかかっ! いいねえ。背筋がゾクゾクしてきたぞ』
ガレックのその呟きに合わせ、《火妖星》がゆらりと動き始める。
対するアッシュは、やれやれと笑い、
『おい、おっさんよ。それって年齢からくるヤバい兆候じゃないのか?』
『……嫌なこと言うなよ小僧。結構ナイーブな年代なんだぞ』
何気に本気で眉をしかめるガレック。
『知らねえよ。敵に気遣いを求めんな。おっさん』
と、くだらない冗談を飛ばしつつ――。
『さて、と』
鬼火を揺らして《朱天》は静かに身構えた。
『そんじゃあ続きと行こうぜ。ガレックのおっさんよ』
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