第八章 火のカーニバル
第154話 火のカーニバル①
「――ライガス隊長! 先程第三坑道から出て来た作業員らしき二十八名。全員の捕縛が完了しました!」
と、緑色の騎士服を纏った青年が、敬礼して報告する。
そこは、第三坑道の付近。坑道の裏口と呼ばれる場所の一つだ。
少し街から離れたこの場所は、グランゾの周辺では珍しく少しばかり林が見える。
「そうか。では引き続き警戒すること」
と、親方こと、シン=ライガスは部下にそう指示した。
隻眼の職人は、今は緑色の騎士服を纏っている。
これは、アティス王国第二騎士団の制服だった。
「了解しました! 失礼いたします!」
指示を受けた騎士は敬礼すると、そのまま近くの持ち場に戻って行った。
現在、シンの周囲には三名程しか人がいない。
坑道の裏口は多数あるため、ほぼ総員を見張りに配置してあるからだ。
「……ふむ」
おもむろにシンはあごに手をやった。
「二十八名というのは、ライザーの報告にあった作業員の人数と一致するな。ということは現在坑道内にいるのは……」
ライザーとボーガン親子。
国外の犯罪組織に所属する四名。
そして《金色聖女》と《双金葬守》ということになる。
「今のところガハルドさんの計画通りだな。しかし……」
どうにも嫌な予感がする。
今回の捕縛計画。実のところ、シンはあまり乗り気ではなかった。
もちろん捕縛に異論はない。しかし、ガハルドの一般人を巻き込むような計画が、どうにも納得できなかったのだ。
どれほど異名を持とうが、今は一般人だ。荒事に巻き込むべきではない。
生真面目なシンはそう考えていた。
だが、それでも計画に協力したのは、ガハルドとは旧友だからだった。
しかも命の恩人と言っても過言ではない相手だ。
「ガハルドさんは強引なところもあるからな。だが、どうも嫌な予感がする」
シンは自分達が担当する坑道の裏口に目をやった。
ほとんどの人間を捕縛できたのは僥倖だが、何故作業員達だけが出て来たのか。
確認時の報告では作業員達は、全員かなりの恐慌状態だったらしい。
「……中で何かがあったのか?」
シンは眉根を寄せた。
隻眼を手で押さえながら考える。ここは偵察を出すべきか。
「いや、肝心の人間を捕えていない。下手に包囲を解くべきではないか」
しばし熟考した後、シンはそう結論付ける。
そして再度、坑道の裏口を見やり、
「頼むぞライザー。上手く立ち回ってくれよ」
と、願うように呟くシンだった。
◆
――その頃、大空洞は緊迫で包まれていた。
それも当然だ。
煉獄の鬼を思わせる漆黒の鎧機兵と、半人半蛇の真紅の鎧機兵。
異形としか言い表せない二機が、一触即発の状態で対峙しているのだから。
『かかかっ、お前とやり合うのもいつ以来だ? アッシュ=クライン』
『そうだな。確か俺が《七星》に成り立ての頃だったか?』
しかし、その鎧機兵の操手達はどこか気軽にそう語り合う。
と、その時だった。
「……支部長」
ガレックの部下。黒服の一人が長に尋ねる。
「我々はどう致しましょうか」
『おう。そうだな』
ガレック=オージスの操る《火妖星》が部下達に目をやった。
『とりあえず、ここにいてもやることねえしな。お前らはもう撤退していいぞ。この国からの脱出手段は各自に任せる。他の連中にもそう伝えな』
と、ガレックが指示を出す。黒服達はそれぞれが「了解しました」と告げ、素早い動きで坑道の一つに走り出した。
それを見て焦ったのはライザーだ。
慌てて黒服達の後を追おうと、愛機の操縦棍を握りしめた。
「待て! 貴様ら! 逃げられると――」
と、言いかけた時、
『待てライザー。迂闊に追うな。ここにはボーガン親子がいんだぞ。お前はまず二人の安全を確保してくれ』
《朱天》に乗るアッシュにそう止められた。
「――確かに……」
ライザーは愛機の足を止めた。アッシュの指摘通り、そちらの方が優先だろう。
現状、ここはいつ戦場になってもおかしくない場所なのだ。
『ライザー。黒服の連中は一旦無視しろ。お前はボーガン親子を連れて早くここから離れてくれ。出来れば坑道の外までだ』
アッシュが続けてライザーに指示を出す。
愛機の中でライザーはこくんと頷いた。
「分かりました。正直、私が加勢しても足手まといにしかならない怪物のようですし、ボーガン親子の安全を最優先にします。それと……妹さんもお連れしましょう」
『……そうして欲しいのはやまやまなんだが』
と、前置きして、アッシュは眼前の《火妖星》を睨みつける。
『流石にそれは見逃してくれねえよ。ユーリィはこいつら《黒陽社》の拉致リストの第一位に載っているからな』
そう吐き捨てるアッシュ。すると、獲物を前にした大蛇の如くゆらゆらと動いていた《火妖星》から、ガレックの声が響く。
『ああ、そうだな。俺にとっちゃあ担当業務と違うんだが、かと言って立場的に見逃すのも何だしな。けど安心しな。その小娘がいても俺はあんま気にしねえ。まあ、お前を殺した時、まだその小娘が生きてりゃあ回収でもするさ』
と言い放つガレックに、アッシュの腰を掴むユーリィの力が少し強くなった。
アッシュは片手でユーリィの手に触れ、力強い声で少女に告げる。
「大丈夫だ。お前が《黒陽社》に行くことはない」
「うん。分かってる」
ユーリィが頷いたのを何となく感じ取りつつ、アッシュは《火妖星》を見据える。
『相変わらずてめえ勝手なことばっか言う奴だな。ガレック=オージス』
『かかかっ。だから俺は《黒陽社》の支部長やってんだよ』
アッシュとガレックの会話は一旦そこで終わった。
そして、アッシュは後方にいるであろうライザーに告げる。
『とにかく、そういうことだ。ライザー。早くボーガン親子を連れて行ってくれ。ああ、それと……えっと、ギル=ボーガンさん』
「……? 何かねクライン氏」
不意に名を呼ばれ、今まで息子であるセドをじっと見据えていたギルが尋ね返す。
アッシュは、少々真剣な顔つきで口を開いた。
『はっきり言ってこの状況、洒落にもならねえんだよ。だからせめて言質を取るぞ。あんた、俺の工房を絶対返してくれんだよな?』
と、そんなことを言うアッシュに、ギルは苦笑を零した。
ギル達のせいでこんな状況に陥ったのだ。アッシュの気持ちはよく分かる。
「ああ、それについては今この場で約束しよう。あの工房は必ず君に返還する。それに、あの土地についても無償で君に譲渡することを約束しよう」
せめてもの誠意を込めてギルはそう約束した。
想像以上の言質を得て《朱天》の中でアッシュが笑みを浮かべる。
『おお! それマジか! 俄然やる気が出てきたぞ! ユーリィ、こいつをぶちのめしたらまた忙しくなるから覚悟しとけよ!』
『うん。まずはお客さんへの挨拶回りをしないと』
と、ユーリィまではしゃいだ声を上げる。
「ははっ、その時は俺とライガスさんも師匠の工房に寄らせてもらいますよ」
嬉しそうな二人の様子に、ライザーも笑みを零してそう告げる。
が、すぐに真剣な表情をして――。
「……では師匠。俺はボーガン親子を連れて撤退します。どうかご武運を」
『おうサンキュ。頑張るさ。あっ、けどなライザー。親方もだが、今回の一件まだ許してねえからな。お前ら後でちゃんと飯でも奢れよ』
冗談めいた口調でそう告げるアッシュに、ライザーは頬をかき、
「はははっ、分かりました。けど、あんまり高いのは勘弁して下さいよ」
そう返答した。そしてライザーは自機の操縦席の中から一礼すると、ギル=ボーガンを連れて、セド=ボーガンの元へと愛機を急がせた。
アッシュはそれを視線の端で確認してから、改めて《火妖星》を見やる。
『さて、と』
すうっと目を細め、白髪の青年は告げる。
『そうだな。とりあえず名乗りでも上げとくか』
対し、《火妖星》の操縦席でガレックもまた嬉しそうに目を細めた。
『名乗り上げか。そりゃあ面白そうだな』
職業柄、彼は名乗りを上げた経験がない。普段はしない行動に興味が注がれた。
そしてガレックはニヤリと笑い、
『実は一度そういうのやってみたかったんだよ。俺も付き合うぜ!』
そう告げるなり、《火妖星》が蛇体を唸らせ、円を描くように疾走した。
ガリガリと地面を削りながら《火妖星》は《朱天》の周囲を回る。
そして――豪快に両手の爪を交互に叩きつける!
『我が名はガレック=オージス! 《九妖星》が一人――《火妖星》なり! かかかっ! 強者も良い女も全部喰らい尽くしやるぜ!』
ガレックのその名乗り上げは、まるで咆哮のように大空洞に響いた。
アッシュは「フン」と鼻を鳴らす。
『声がでけえよ。いい歳してはしゃぎすぎだ』
『うん。確かにうるさい』
と、ユーリィも同意見のようだ。
アッシュは苦笑を浮かべる。が、気迫で負ける訳にはいかない。
白髪の青年はすうっと目を細めて――。
『《七星》が第三座、《朱天》――《双金葬守》アッシュ=クライン……』
と、静かな声で名乗りを上げ、
『――覚悟しな! 一片残らず塵にしてやるぜ!』
ガレックにも決して劣らぬ気迫を込めて雄々しく吠えた!
そして主人の雄たけびに《朱天》は両の拳を叩きつけることで応えるのだった。
片や漆黒の鬼――《朱天》。その恒力値は三万八千ジン。
片や半人半蛇――《火妖星》。その恒力値は三万七千五百ジン。
互いに最強と呼ばれし二機の鎧機兵は睨み合う。
半人半蛇はゆらゆらと蠢き、漆黒の鬼はじりじりと間合いを測る。
『そんじゃあ行くぜ! ガレック=オージス!』
『おう! 来いや! アッシュ=クライン!』
同時に動き出す二機。
かくして、大空洞は戦場と化したのだった。
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