第145話 それぞれのお仕事③

 ――ギイイイィィィン……。

 と、響き続ける金属音。

 そこは、鉱山街グランゾにある工房の一つ。

 数人の職人が工具を使い、あちこちで火花を散らしているような場所にて。


「……おし」


 そう呟き、アッシュは恒力で動く工業カッターを止めた。

 目の前には人の拳の三倍ほどの大きさの、丸い《星導石》がある。器具で固定されたそれはアッシュの手により、たった今、加工されたばかりの品だった。


「そんじゃあ、品質チェックといくか」


 アッシュはそう言って、《星導石》を押さえる器具を外して手に取った。

 ズシ、と伝わる重み。しかし、成人男性の腕力ならば運べないほどでもない。

 アッシュは《星導石》を両手で持ち品質チェックが出来る機具の元へと向かった。

 加工した《星導石》を設置し、恒力値を確認できる機具は高価で、この工房の奥に一台だけある。アッシュは他の職人の作業を邪魔しないように進む。

 そうして到着すると、そこには先客がいた。


「お~い、親方。品質チェックしたいんだけど、次いいか?」


「ん? ああ、いま終わる。少し待ってくれ」


 と、返答する親方。

 彼の前には、まるで溶鉱炉のような機具があった。

 中央部に加工したばかりの《星導石》が設置され、輝いている。

 親方はその下にあるカウンターに目をやった。


「……恒力値四百三十か。C級未満だな」


 親方はふうっと力なく肩を落とすと、機具を停め、《星導石》を取り外した。

 そして、鉄箱型の台車にゴトンと置く。


「やれやれ、また『外れ』か」


 そう呟き、親方はしかめっ面を浮かべながら、鉄箱の中を覗いた。

 そこには四つの加工された《星導石》が入っている。全部C級未満の品である。

 C級未満は『外れ』扱いだ。《星導石》としては使えず装飾品の材料として安値で叩かれる。折角手間をかけて加工したのに『外れ』ばかりでは気も重くなるものだ。

 とは言え、こんなことは日常茶飯事でもある。

 親方はすぐに気を持ち直すと、アッシュの方へと振り向いた。


「待たせたな、師匠。使ってくれ」


「おう。サンキュ」


 アッシュは親方と入れ替わり、自分の《星導石》を機具に設置した。

 そしてスイッチを押し、機具を起動させる。

 炉の中の《星導石》が赤く輝き始めた。

 親方はその工程を興味深そうに眺めていた。


「ほう。こいつは……」


 軽く驚嘆しつつ腕を組む親方。


「恒力値……二千八百ジンか。凄いな。またC級を引き当てたのか師匠」


「まあな。うちの子の目利きのおかげだよ。……けどB級以上は中々ねえもんだな」


 アッシュは苦笑してそう答える。

 ちなみにB級は四千ジン以上、A級は八千ジン以上。

 最高位であるS級は二万ジン以上になる。


「そりゃあ欲張りってもんだろ。普通はC級でさえ結構レアなんだぞ」


 と、呆れたように親方が言う。

 アッシュは機具を停止させてから頬をかいた。


「色々切羽詰まった事情があんだよ。まあ、それはともかく」


 ガコンッと《星導石》を取り出して両手で抱える。

 それから、工房のさらに奥の方へと目をやり、


「早速換金しとくか」


 この工房では作業場の貸出しのみならず《星導石》の買い取りも行っている。

 アッシュは加工するなり、すぐに換金していた。

 今この手に持つ《星導石》は、本日最後の品である。


「さて、今日の収入はどれぐらいかな。親方、お先に。また明日な」


「おう。じゃあな師匠」


 まだ仕事が残っている親方に一言挨拶して。

 アッシュは、工房の奥に向かって歩いていった。



       ◆



 ――そして、その日の夜。

 鉱山街グランゾの宿屋の一室にて。


「…………おおー……」


 と、目を瞬かせてユーリィは感嘆の声を上げる。

 彼女の指先には、一枚のビラル金貨が握られていた。

 キラキラと輝く金貨を、ユーリィは天井のランプにかざしてみる。


「B級はなかったのに中々の収入」


 そして、カチャリと音を立てて、金貨を手元の袋の中に入れた。

 その袋の中には他にも金貨が大量に入っており、それと同じ袋が五つ、机の上に並んでいた。一袋につきおよそ五十枚。相当な大金だ。

 このグランゾに来て、今日で十二日目。

 その期間に稼いだ収入である。


「まあ、一応順調なんだろうな。このペースだったらどうにか目標額には届くだろうし。ただ、流石に全額とまでにはいかねえか……」


 と、ベッドに腰をかけるアッシュが溜息混じりに呟く。

 ユーリィは机から離れると、アッシュの隣にポスンと座った。

 そしてアッシュの顔をじっと見つめて告げる。


「アリシアさんのお父さんは、半分は貸してくれるって言ってた。今回は無理をしてまで全額用意しなくてもいいと思う」


「確かにそうなんだが……どうもあのおっさんに借りを作るのはなあ……」


 アッシュはボリボリと頭をかき、


「あのおっさんって確かに真っ当な人なんだが……多分相当腹黒いぞ」


 今回の恩人相手に、思わずそんな酷評をしてしまう。

 ガハルドとは、ほとんど接点のないユーリィが小首を傾げる。


「そうなの……? 確かに皇国の副団長に似ているような気はするけど」


「ああ、あのおっさんに似てんだよ。なんつうか油断したらヤベえ気がする」


 と、アッシュは腕を組んで深々と溜息をつく。

 それからユーリィの方へと顔を向けて。


「と言う訳でユーリィ。今回は出来るだけ稼ぐつもりだが、多分残り半分を稼ぎにまたここに戻って来ることになる。だから、そう思っといてくれ」


「うん。分かった」


 こくんと頷くユーリィ。

 アッシュはユーリィの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「悪いな。今回は本当にお前に頼りっぱなしだ」


「別に構わない。お家がなくなると困る」


 ユーリィはそう返した後、ふと何かを思いついたのか、口角を緩めた。


「だけど、少しご褒美が欲しい」


「へえ。お前がおねだりなんて珍しいな。いいぞ、何が欲しいんだ?」


 アッシュは笑みを浮かべて、愛娘にそう告げる。

 それに対しユーリィはベッドから立ち上がると、アッシュの前へ移動した。

 そしてベッドに腰掛ける青年をじいっと見つめて――。


「……別に欲しい物がある訳じゃない」


 と、前置きしてから、


「……ん」


 わずかに頬を染めて瞳を閉じ、顔を上げる。

 どうやら緊張しているのか、少しばかり肩も震えていた。


「……この際、額でも妥協する」


 そんなことを告げてくる少女。

 アッシュは眉根を寄せた。ユーリィの意図が分からない。

 そもそも額でも妥協とは何のことなのだろうか?

 アッシュはしばし考え込み、


(あっ、もしかして)


 最近の傾向から、ふと一つの推測が成り立った。

 そしてアッシュはその推測を実行する。


「……え?」


 ぱちくりと瞳を開け、唖然とするユーリィ。

 彼女は今、立ち上がったアッシュに腰を持たれ、抱きあげられていた。

 簡潔に言えば『高い高い』をされているのだ。


「はははっ、楽しいかユーリィ」


 アッシュは呑気な笑顔でそう宣った。

 そのあまりの朴念仁っぷりに、ユーリィは額に青筋を浮かべる。

 かなり露骨にキスをねだったというのに、どうしてこんな結果になるのか。

 そもそも幼く見えても彼女は十四歳。『高い高い』などされて楽しいはずもない。


「…………」


 ただただ沈黙するユーリィ。

 そして、彼女の顔からみるみる表情が消えていき――。


「……降ろして」


 冷たい声でユーリィが言う。

 対し、アッシュは未だのほほんとした表情で首を傾げた。


「ん? 嫌だったか?」


「……いいから降ろせ。塵にするぞ」


 冷酷極まる表情でユーリィがそう告げる。

 かつて見たことのない顔をする愛娘に、流石にアッシュも自分が何かしらの失態をしたことに気付いた。そして恐る恐るユーリィを床に降ろす。


「……あなたの頭カラッポなの? ギュッとするのならまだ許せる。なのにどうしてそういう判断になるの? 天罰いる?」


 凍りつくような冷たい眼差しを向けるユーリィ。

 それに対し、アッシュの顔が強張った。

 思わず冷たい汗が頬を伝う。


(……こ、こいつはかなりまずいな)


 これは本気で怒っている。

 しかし、何となく自分が失敗したのは分かるが、アッシュには何故ユーリィが怒っているのかまでは分からない。だからこそ彼は率直に訊いた。


「なあ、ユーリィ。なんで怒ってんだ?」


 すると、ユーリィは一瞬目を見開き、


「…………むう」


 と、呻いてますます不機嫌な表情になった。

 そしてしばしアッシュを睨みつけてから、ぷいっとそっぽを向き、


「……知らない。今日はもう寝る」


 そう言い捨て、空色の髪の少女は部屋を出ていってしまった。

 わずかな間を空けて、隣の部屋――ユーリィ用に借りた部屋――のドアが、バタンと乱暴に締められるのが聞こえた。


「……なんでいきなり怒り出したんだ? 流石に『高い高い』は子供すぎたのか?」


 眉根を寄せて、そんなことを呟くアッシュ。

 最近ユーリィは不機嫌な時は子供のように『抱っこ』をおねだりするので、ご機嫌な時なら『高い高い』だろうと推測したのだが、どうやら外れだったようだ。


「う~ん、明日、何かプレゼントでもして機嫌を取るか」


 と、苦笑を浮かべてアッシュは呟くが、


「……しかし、まあ……」


 そこで不意に、すっと目を細めた。

 そしておもむろに窓辺に寄って、夜の空を見上げる。

 澄んだ空気におかげで星々は見事なまでに輝いていた。

 だが、そんな美しい景色を目にしても、彼の表情はどこか険しかった。


「……このまますんなり終わるはずがないんだよな」


 そう嘯いて、皮肉気に笑うアッシュ。

 昔から自分はやたらと騒動に巻き込まれる体質である。

 気付けば騒動の中心に放り込まれていることなど珍しくもない。

 しかし、今回、その体質とはまた別にして――。


「やれやれ。一体いつ動きやがるのか……」


 揺るぎない確信を以て、アッシュはそう呟くのだった。

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