第144話 それぞれのお仕事②

「……まったく。行動力があるのも善し悪しだな」


 と、オトハは呆れたように呟いた。

 教官用の椅子に座ったまま腕を組み、執務机の前に並んで立つ四人の教え子達――アリシア、サーシャ、ロック、エドワードを半眼で睨みつける。

 そこはアティス王国騎士学校の一室。オトハに割り当てられた教官室だ。


「すいません、オトハさん。あの程度なら問題ないと思っていたんですが……」


 と、アリシアが眉をハの字にしつつ頭を下げた。

 他の三人も、それぞれ謝罪の言葉をして頭を垂れた。

 対し、オトハは少し苦笑を浮かべて告げる。


「そう謝る必要もないさ。事前に相談して欲しかったのは確かだが、そこまで無謀なことをしようとした訳でもないしな」


 そこでオトハは眉を寄せる。


「しかし、その……アレイク=オシリスといったか? 対峙しただけで恐怖を感じるような男だったのか?」


 そう問われ、サーシャ達は互いの顔を見合わせた。

 そしてしばしの沈黙の後、ロックが代表して語り始める。


「正直な話、いきなり硬直してしまいました。外見も話し方も普通なのに、中身が尋常じゃない。直感でそう思ったんです。エイシス達にも言いましたが、まるで初めて《業蛇》と遭遇した時のような気分でした」


「…………」


 オトハは黙ってロックの話を聞いた。

 この若草色の髪の少年は、四人の中で一番客観的な意見を持っている。

 そんなロックが比較対象として、かの魔獣の名を持ち出すとは……。


(……アレイク=オシリス、か)


 オトハは記憶を辿るが、聞いたことのない名だ。

 もしかしたら偽名の可能性もある。

 特に黒服を着ていたという点においては、嫌な予感しかしない。


(ボーガン商会。やはり探ってみた方がいいのか……)


 オトハは机の上に肘を突き、思考に没頭した。

 そして瞳を閉じてしばらく考え込み、


(……とは言え、私単独で探りを入れるのは無理があるな)


 ゆっくりと瞼を上げて、アリシアを一瞥する。

 教え子を巻きこむのは不本意ではあるが、仕方がない。ここはアリシアの発案に乗るのが一番安全かつ確実そうだ。


「……エイシス。お前達が私のところに来たということは、ボーガン商会に探りを入れるのを諦めた訳ではないのだな」


 オトハにそう問われ、アリシアは躊躇いながらも頷いた。


「……はい。一時はやめようかと思ったんですけど、やっぱり気になってしまって。あの商会どうも胡散臭くて、アッシュさんがお金を用意したとしてもすんなりいく気がしないんです」


「…………そうか」


 アリシアの率直な意見に、オトハは小さく呻いた。

 その気持ちは分からなくもない。

 オトハにしろ、アッシュ本人にしろ胡散臭いとは思っていたのだ。

 ここは少しでも情報を手に入れた方がいいのかもしれない。


(……やはりこれはやむを得ないか。すまない、クライン)


 オトハは覚悟を決め、アリシアをはじめとする四人の教え子達に目をやった。


「……いいだろう。エイシス。お前の提案に私も協力しよう」


「ほ、本当ですか! オトハさん!」


 瞳を輝かせて確認するアリシア。

 オトハは「ああ」と言って頷くが、不意にあごに手をやった。


「……しかし……そうだな。よし」


 オトハはそう独白すると、アリシア達を見やり、こう告げた。


「ただし、レポートは本当に提出してもらうからな」


 一拍の間が空く。


「「「「……え?」」」」


 声を揃えて唖然とする教え子達に、オトハはニヤリと笑って言葉を続ける。


「ただの口実にはせん。後でウソだとバレてしまうと厄介だしな。まあ、正真正銘の社会見学だ。しっかり勉強しろよ、学生ども」


 どうだと言わんばかりの表情を浮かべて豊かな胸を大きく逸らすオトハに、アリシア達四人は思わず絶句する。が、すぐに青ざめていき、


「「「「ええええええええええええェええええェえええェ―――ッ!?」」」」


 かくして、四人の絶叫が教官室に響くのだった。




 ――そして、三日後。


「ここが鎧機兵の工房になります」


 にこやかな笑みを浮かべて、オトハ達を案内するボーガン商会の男性社員。

 交渉は思いのほか、すんなりといった。

 オトハが同行して見学を願い出ると、受付嬢は笑みを浮かべて上司に連絡。その日の内に応接室に通され、日程や見学する施設などが決まり、当日を迎えたのである。

 そして現在、オトハを先頭にアリシア達四人の学生が施設内を案内されていた。


「これはまた活気がありますね」


 教官の証である赤いサーコートを着たオトハが、男性社員にそう告げる。

 しかし、感嘆したような口調の割には視線が鋭い。オトハは当初の目的通り、さりげない仕種で施設内を警戒していた。 

 一方、四人の学生達は真剣な面持ちで見学していた。四人とも片手にメモ帳を持ち、本気の構えで施設内を見回っている。エドワードに至っては、かつてないほど切羽詰まった表情だ。なにしろ後でレポートを提出しなければならない。

 もはやボーガン商会の探りに関しては、オトハに一任していた。


「……けど、意外と小じんまりしているんですね」


 と、アリシアが筆を止め、正直な感想を告げる。

 ここはボーガン商会の一階にある一フロア。一機の鎧機兵を数人の職人達が囲い、何やら作業している。そんな光景が数ヵ所で見られる場所だ。

 普通の工房よりは広いが、鎧機兵の数があまりにも少なく感じる。

 すると、案内人の男性社員が「ははは」と笑った。


「ここはいわゆる開発部門です。工場は市街区の別の場所にあるんですよ。そこはここの十倍以上はありますよ」


「ああ、なるほど。ここで技術を開発して工場で生産するということですか。と言うことはあそこにある鎧機兵は開発用の実験機なんですか?」


 と、尋ねるロックに、男性社員は「ええ、そうですよ」と笑みを崩さず答える。


「もう少し近付いて見学しますか?」


「あっ、お願いします」


 必死にメモを取っていたサーシャがそう答える。

 アリシア達も真剣な顔で頷いた。


「では、あちらの機体から見学しましょうか」


 そう告げて、男性社員が案内を再開しようとした時、


「ああ、その前にお聞きしたいことがあるのですが」


 不意にオトハが皆を止めた。

 男性社員、それとサーシャ達も眉根を寄せる。


「……? どうかされましたか。タチバナさん」


 と、尋ねる男性社員に、


「いえ、大したことではないんですが、あちらのスーツ姿の男性。どうやら職人の方ではなさそうなのですが……」


 そう言って、オトハは視線を、鎧機兵を囲む一グループに向けた。

 男性社員もオトハの視線の先に目をやる。

 そこにはつなぎ姿の職人に混じって緑系統のスーツを着た、場違いな男性がいた。


「ああ、あの方ですか。あの方はうちの社員ではなく、外国の企業の方です。最近出入りされているんですよ」


「……なるほど。外国の方だったのですか。……ふむ。外国の方のご意見を聞くのも、よい経験になるかもしれませんね」


 そう呟くオトハ。しかし、すぐにかぶりを振って。


「いや、いきなり話しかけるのもご迷惑ですか……」


 そんなことを言う美貌の教官に、男性社員は笑みを浮かべた。


「いえいえ、今日の見学はこの部門全体に通達しています。あの方にもその点はお伝えしていますから簡単な話なら答えて下さいますよ。少し確認してきましょう」


 言って、男性社員は緑のスーツの男性グループに早足で駆け寄った。

 そしてスーツの男性と何やら話しこんでいる。恐らく交渉しているのだろう。


「…………」


 その様子をオトハは黙って見つめていた。

 すると、アリシアが小さな声で話しかけてくる。


「オトハさん。もしかしてあの人が怪しいんですか?」


 夢中でメモをとり続けていたエドワードも一旦手を止めて、四人の騎士候補生達全員の視線が、オトハへと向けられる。

 それに対し、オトハは、


「……分からん」


 と、前置きしてから、


「ただ、あの男、さっき私と視線が重なった時に、一瞬だけ硬直したんだ」


「それは……単純に姐さんが美人だったからじゃねえっすか? 姐さんといきなり目が合うと結構硬直する男はいると思うっすよ」


 と、エドワードが言う。本人に自覚はないが、まるでお世辞のような言葉だ。

 それに対し、オトハは少し気恥ずかしそうに苦笑を浮かべてから、


「……まあ、私が美人かどうかは置いとくとして。あの男の硬直はそういったものとは違う気がする。わずかにだが、警戒のようなものを感じた気がするんだ」


 一流の傭兵でもある教官の台詞に全員が沈黙する。と、


「タチバナさん。OKだそうです。皆さんこちらへ」


 戻って来た男性社員が、そう促した。

 オトハ達は互いに頷くと、男性社員の案内で歩き出した。

 すると、職人達の輪の中からスーツ姿の男性が歩み出て来た。


「初めまして。私はアティス王国騎士学校で教官を務めるタチバナと申します。後ろにいる者達は私の教え子で、今回勉強させて頂いている騎士候補生の四名です」


 言って、オトハはスーツの男性に握手を求めた。

 対するスーツの男性は、にこやかな笑顔で右手を差し出し、


「こちらこそ初めまして。私はマウセルと申します。普段は海外にて鎧機兵の輸入及び輸出を行う企業に勤めています」


 そう返して、二人は握手を交わした。

 そしてそのままの状態で数秒後、


(……どうやら外れでもなさそうだな)


 オトハは内心で確信する。

 この一瞬で二つの事が分かった。

 まずはこの男の手。明らかに企業人の手ではない。鎧機兵の操縦棍を長期間握り続けた結果か、剣術などの修練で出来る剣ダコがある。

 そしてもう一つ。オトハは握った手を起点に、少しだけ重心を崩そうとしたが、この男は無意識にそれを防ごうとした。


(……少なくとも戦闘訓練は受けているな)


 内心の警戒は面に出さず。

 とりあえず、オトハは手を離して笑みを浮かべた。


「今日はよろしくお願いします」


「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 そうしてオトハ達――正確に言えば、アリシア達四人の学生――は開発中の鎧機兵の説明を受けることになった。

 その間もオトハはさりげない自然な様子でマウセルと名乗った男を観察していた。


(さて……どうしたものか)


 オトハは少し考える。彼女はあまり話術が得意ではない。マウセルと会話してもこれと言った情報は引き出せないだろう。


(なら、ここは一つ布石を打っておくか)


 オトハは目を細めると、腕を組んで方針を立てる。

 見ると、鎧機兵の職人達と教え子達の会話もかなり白熱している。この状況なら仕込みやすい。レポート提出の一件は思いのほか良い方向に転がっているようだ。


「……少し失礼」


 オトハは皆に声をかけた。


「……オトハさん?」


 キョトンとした表情を見せるサーシャ。他の三人の候補生達、さらには職人達や案内の男性社員、マウセルも不思議そうな顔をしていた。

 そうして注目を浴びた後、オトハは右目の眼帯を外した。

 その下から現れたのは、銀色の瞳だった。

 全員がいきなり晒された神秘的な瞳に息を呑む中、オトハは何故かその瞳で数秒間ほどマウセルの顔を静かに見据えた。

 彼女の美貌も合わさって、言葉も出せないマウセル。

 すると、男性社員がおずおずと声をかける。


「あ、あの、タチバナさん?」


「ああ、これは申し訳ない」


 そう返してオトハは視線を男性社員に向けた。


「私のこの右目は『銀嶺の瞳』といって、本来不可視の恒力を視ることが出来るのです。折角の機会ですので、恒力の流れもこの目で見学したいと思いまして」


 男性社員と職人達は軽く目を剥いた。初めて聞く能力だったからだ。


「……ほう。そんな能力があるとは。世界は広いですね」


 と、マウセルが少し緊張した面持ちで語る。

 隠そうとしているが、わずかに動揺しているのは明白だ。


「ええ。まあ、非常に稀な体質ですので」


 と、オトハは笑みを浮かべつつ、マウセルにそう答えてから、


「ところで、この目で見学してもよろしいでしょうか。正直、不気味がられることも多い能力です。ご迷惑でしたらやめますが……」


 男性社員を始め、職人達にそう尋ねる。

 彼らはしばし顔を見合わせるが、すぐに意見が一致したようだ。


「別に構いませんよタチバナさん。ご自由にお使い下さい。我々も不躾ながら、その瞳には興味がありますし」


「ありがとうございます」


 そうやり取りし、オトハ達は見学を再開した。

 色々な質問が飛び交って白熱する中、瞬く間に時間は過ぎ去っていく。

 こうして社会見学は、つつがなく終了したのである。



       ◆



「ふふ、中々有意義な時間だったじゃないか」


 そしてその帰り道。

 実に満足げな顔でオトハはそう宣った。


「いや、確かに有意義でしたけど、目的が変わっていませんか?」


 と、アリシアが言う。彼女――オトハと四人の騎士候補生――達は今、市街区の一角である闘技場に近い大通りを歩いていた。


「う~ん、結局、今回のことで分かったのって、ボーガン商会が意外なほど真っ当な企業だったってことだよね」


 ヘルムのズレを直しつつ、サーシャがそう告げる。

 今日一日で色々の施設を見学させてもらったが特に怪しいところなどなかった。

 それどころか出会う社員全員が丁寧かつ親切であり、好感さえ持てる企業であった。


「……全部、芝居なんじゃねえの?」


 と、エドワードが猜疑心に満ちた目で呟く。

 隣を歩くロックも眉根を寄せた。


「確かにそうかもしれんが、疑い始めたらキリがないしな」


 と、呟いてから、アリシア達と並んで歩くオトハの背中を見つめて。


「教官。そういえば、あのマウセルという男はどう思われますか?」


 そう問われ、オトハは足を止めて振り向いた。

 アリシア、サーシャも足を止める。

 オトハはロックを静かに見据えると、あごに手をやり、


「……ふむ。怪しいとは思うがまだ確証はないな」

 

 と、そこで苦笑を浮かべて、教官としての言葉を続ける。


「まあ、それよりもレポートの提出期限は一週間だ。今はそっちに集中した方がいいぞ。今日は早く帰って情報をまとめるんだな」


「「「「……うええェ……」」」」


 教え子達全員が情けない声を上げた。

 そんな彼らに、オトハは微笑を浮かべて腕を組み、


「ともあれ今日の研修はここまでだ。解散するぞ。各自レポートを忘れるなよ」

 

 近くまで来た乗合馬車の停留所を一瞥してそう告げる。

 対し、アリシア達四人はそれぞれ了解の返事をすると、重い足取りで歩いて行く。

 と、その時、タイミングよく乗合馬車がやってきた。

 四人はオトハに一礼してから、王城区に向かうその馬車に乗り込んだ。

 そして二頭の馬が嘶きを上げ、馬車は走り出した。


「……ちゃんとレポートを書くんだぞ、お前達」


 どんどん小さくなっていく馬車。

 その光景を見届けてから、オトハは一人歩き出す。


「さてと。ここから先は大人の仕事だ。あの男、どう出るかな」

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