第五章 それぞれのお仕事

第143話 それぞれのお仕事①

 チュンチュン、と雀の声を聞き、アッシュはむくりと起き上がった。

 それから、ボリボリと頭をかきながら辺りを見渡して――。


「……ん?」


 寝ぼけた顔で眉をしかめる。

 そこは見知らぬ部屋だった。自分が今乗っているベッドや、机などの最低限の家具しかないような簡素な部屋である。はて、ここは……。


「……ああ、そっか」


 ここは鉱山街グランゾ。

 そして自分がいる部屋は、その街の宿の一室だ。

 アッシュはおもむろに立ち上がると、窓辺に寄って窓を開ける。


「……うぅ、さむ」

 

 少し肌寒い冷気が部屋に入り込むが、おかげで完全に目が覚めた。

 澄み渡る青空には鳥達が羽ばたき、眼下にはまばらだが通行人の姿がある。すでに働き始めようとしているのか、業務用の鎧機兵を整備している者もいた。


「……頑張ってんな。俺も負けてらんねえか」


 言って、アッシュは大きく背伸びした。

 と、その時、コンコンとドアがノックされる。

 アッシュが振り向くと同時に、ドアの向こうから声が掛けられた。


「……アッシュ。起きてる?」


 ユーリィの声だ。

 アッシュはドアに向かうと、カチャリと開けた。


「おはようユーリィ」


「うん。おはようアッシュ」


 廊下に立っていたのは、やはりユーリィだった。

 今起きたばかりのアッシュと違い、彼女はすでに身支度している。この街に向かう時に着ていた私服ではなく、クライン工房の白いつなぎを着ていた。

 すぐにでも坑道に向かえる気構えだ。


「……悪りいな、ユーリィ。いま起きたところなんだ。すぐに準備するから、一階の食堂で少し待っていてくれ」


 言って、アッシュはユーリィの頭を撫でた。

 ユーリィはこくんと頷くと、「先に行く」と告げて一階に降りていった。

 それを見送ってから、アッシュはドアを閉じる。

 そして部屋の中央辺りまで移動すると、再び大きな伸びをして、


「さあ、いよいよ探索といくか!」


 と、自分自身を激励するのだった。

 鉱山街グランゾに到着して二日目。

 こうして、アッシュの本格的な坑道探索が幕を開けたのである。




 ――そして、およそ一時間後。

 食堂で朝食を済ませたアッシュとユーリィは、召喚器で喚び出した非武装状態の《朱天》に乗り、第一坑道内を進んでいた。


 ズシンズシン、と鎧機兵の足音が響く。

 《朱天》は今、この街の工房から借りた巨大な鉄製の箱を背負っていた。

 この中に発掘した《星導石》を乗せて運ぶための装備である。

 余談だが、この鉱山においては乱獲によるトラブルを避けるため、一人が一日に発掘する《星導石》は鉄箱一つ分までと定められていた。


「流石にしっかりとした造りの坑道だな」


 ふと、アッシュは周囲の岩壁に目をやった。

 一定間隔でランプが吊るされた坑道は鉄骨で補強されており、鎧機兵二機程度なら通れるほど広い。すでに鉄箱一杯まで発掘し終えた鉱員もいて時々すれ違った。

 そんな坑道をアッシュとユーリィを乗せた《朱天》は黙々と進み……。


「……凄い。これが《星導石》の鉱山……」


 と、ユーリィが感嘆の声をもらす。

 一本道だった坑道を抜け、大きな空洞に出たのだ。

 そこは筒状の大空洞であり、壁には螺旋状に道がある。現在アッシュ達は空洞の高さで言うと、およそ中間辺りにいた。


「凄くキラキラしている」


 操縦シートの後方に座っていたユーリィが、アッシュの肩を掴んで立ち上がる。

 眼下の大広場には、赤い水晶のような《星導石》が乱立しており、それらを多くの鎧機兵達が回収している。ユーリィは珍しい物を見たように目を丸くした。


「《星導石》って地面に埋まってるものじゃなかったの?」


「ん? ああ、ユーリィは原石の発掘現場を見んのは初めてか」


 と、ユーリィの質問に対し、アッシュが答える。


「《星導石》はこういう洞窟みたいな場所によく生えるんだよ。その根元に楔を打ち込んで折って回収するんだ。だから厳密に言うと発掘とは違うかもな」


 そう告げると同時に、アッシュは周囲を見渡した。

 この広場は第一坑道の一角だ。壁沿いの道にはまだ幾つかの坑道があり、他にも似たような広場へと続いているのだろう。


「さて、そんじゃあ俺達も作業にかかるか」


「うん。けど奥には行かないの? 奥の方が良質の《星導石》がありそうだけど」


「まあ、とりあえずここを見て回ってからだな。それに……」


 と、そこでアッシュはふっと笑う。


「あんまり奥に行くと『暗人』が出てくるかも知んねえしな」

 

 《朱天》を歩かせながら、アッシュがそんなことを嘯いた。

 ユーリィは訝しげな表情で眉根を寄せる。


「……『暗人』? なにそれ?」


 対し、アッシュは少し意地悪そうに笑った。


「ああ、昨日出会った奴に聞いたんだが、なんでも『お化け』らしいぞ」


「……え?」


 アッシュの台詞に、小さく肩を震わせ硬直するユーリィ。

 アッシュはさらに続ける。


「全身が真っ黒な奴ららしくてな。夜間の坑道内で何度も確認され、噂によると偶然遭遇して威嚇された人間もいるそうだ」


「こ、この坑道ってお化けが出るの……?」


 ユーリィが愕然とした表情で呟く。

 アッシュの肩を掴む手も心なしか震えていた。

 それに対し、アッシュが陽気な声で尋ねる。


「ははっ、何だ、怖いのか? ユーリィ」


 すると、ユーリィは少しムッとした表情を見せて、


「……別に怖くなんて……」


 と、言いかけたところでやめた。

 そして一瞬だけ考えてから、か細い声で呟く。


「やっぱり怖い」


 それからささやかな胸を精一杯押し当てて、アッシュの首に抱きついた。


「だから今日の夜はアッシュと一緒に寝る」


「いや、ユーリィ。頼むからそういう冗談はやめてくれ。本当にやめてくれ」


 アッシュは顔を引きつらせてそう告げる。

 恥ずかしがっているのではなく、心底困り果てた表情だった。


「……むう」


 何気に勇気を振り絞った台詞だったのに一蹴され、ユーリィは不貞腐れた。

 そして、ドスンと操縦シートに座り直した。


「まあ、冗談はさておき、そろそろ仕事といくか」


「…………うん」


 それからしばらくは、二人は《朱天》に乗って広場のあちこちへと赴いた。

 《星導石》に近付くと《朱天》から降り、ユーリィが原石を鑑定する。しかし、いきなり都合よく良質のものは見つからず、それを繰り返してばかりだった。


「う~ん、この広場は外れかあ……」


「うん。C級ぐらいなら稀にあったけど、出来ればB級以上の方がいいんでしょう?」


「まあな。稼がなきゃいけねえ額が額だからな」


 《朱天》に乗ったままそう会話するアッシュとユーリィは、しばし相談した後、この広場に見切りをつけることにした。

 発掘場は他にもあるし、一旦外に出れば、この第一坑道以外の坑道もある。

 大物がなさそうなこの広場にこだわる必要もないだろう。


「とりあえず奥に向かうか」


「うん」


 アッシュは操縦棍を通じて《朱天》に意志を送ろうとした。

 と、その時。


(……ん?)


 ふと、視界の端に知り合いの姿が映る。

 業務用の鎧機兵に乗って、《星導石》を回収している青年。

 昨日知り合い、この街のことを色々と教えてくれたライザーの姿だ。


(……ライザーか)


 一瞬、アッシュは声をかけようかと思ったが……。


「どうしたの? アッシュ」


「……いや、何でもねえよ。行くか」


 ユーリィにそう問われてやめた。

 見る限りライザーの表情は真剣そのものだ。邪魔するのも悪いだろう。


(……それにしても『暗人』か)


 ライザー繋がりで昨日の話題を思い出すアッシュ。

 ライザーは「ただの都市伝説さ」と鼻で笑い、一方親方は大陸方面に集落を持つという獣人族の一種か、もしくは人型の魔獣ではないかと語っていたのだが……。

 アッシュはふっと口角を緩めた。


(……仮にいたとして、獣人や魔獣なのか)


 《朱天》を動かしながら無言になる青年に、ユーリィは眉根を寄せた。


「……本当にどうしたのアッシュ?」


「ん? ああ、少し考えごとをな」


 アッシュは一度振り向き、笑みを見せる。

 そしてキョトンとするユーリィの頭をポンと叩き、


「さて、時間もあんまねえことだし……」


 と、前置きしてから、アッシュは前を見据えて声を上げた。


「そんじゃあ、次の広場に行くか!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る