第129話 《星々》の乱舞④

『――ッ! 何事だ!』


 突如、響いた爆発音に《左盾》の操手は息を呑んだ。

 一方、相対するアルフレッドは四番地の方に目をやる。

 すると、その方向の空に黒煙が舞い上がるが見えた。


『黒煙か。しかもあの量だとお前の仲間が自爆でもしたんじゃないのか』


 《雷公》を通じてアルフレッドが告げる。あの黒煙の量は、普通の鎧機兵の自爆ではあり得ない量だ。恐らくブライの方で決着がついたのだろう。


(……ブライさん。また派手なことを……)


 大雑把過ぎる同胞に、アルフレッドは溜息をつく。

 せめて損害が少ないことを祈るばかりだ。


『……そうか、《右剣》なんだな。お前も逝ったのか』


 その時、《左盾》の操手がぼそりと呟いた。


『ならば……私も続くとするか』 


 そう告げるなり、《左盾》は再び《雷公》と対峙する。

 アルフレッドはすっと目を細めた。


『投降する気はないのかな?』


『愚問だな。我らは一兵残らずここで果てる覚悟でいるのだ』


『……何だよそれ。お前達は最初から皇国と心中する気だったのか』


 その問いに対して《左盾》の操手は何も答えない。

 アルフレッドは嘆息する。


『やれやれ。国が滅んだ時、別の生き方とかを考えたりしなかったの?』


『……ふん。ないな。一つ教えてやるよ小僧。一度でも栄光の道を歩けば、もはやそれより下の道などに意味はない。意味など見出せないのだ』


 そんなことを告げる男に、アルフレッドは呆れたような表情を見せた。


『……あのさ、それって「過去にすがる」って言うんじゃないの?』


『そうとも言うな。だがな小僧。それとは別にもう一つ教えてやろう』


 そう切り出した《左盾》の操手の声は、今までと少し様子が違っていた。

 そして、敵である男は訥々と語る。


『一度生まれた憎悪は決して消えたりはしない。たとえ憎き相手を殺し、復讐を遂げたとしてもだ。取り戻せないモノ。永遠に失ったモノがある限り、憎しみは何をしても消えないんだ。そもそも道なんてもう関係ないんだよ』


 どこか疲れ果てた声で呟き、男は嘆息した。


『もしこの場で皇女を殺せても、あの日死んだ私の息子は戻ってこない。精々一時的に溜飲が下がる程度だ。憎しみは再び私の胸を灼き、この苦しみは私が生きている限り続くのだろうな……』


『…………』


 男の独白をアルフレッドは静かに聞いていた。

 そして、少し躊躇いがちに尋ねてみる。


『……そこまで悟っているのに、どうしてこんなことをするのさ』


 話からしてこの敵機の操手は、今回の襲撃が無意味なものだと悟っている。

 何故、無意味と悟っていることを命懸けで行うのか。それが分からなかった。

 すると、《左盾》の操手はふっと笑った。


『憎悪が私を掻き立てる。せめて怨敵に一太刀を……と言いたいところだが、本音としてはただ苦しいからだな。こうしている間だけは胸の痛みが和らぐんだよ』


 そこで一拍置いて、男は告げる。


『皇国の子よ。若き《星》の騎士よ。敵ではなく先達として心から忠告しよう』


 男は真剣な眼差しで《雷公》を、その中にいる少年を見据えた。


『大切なモノは何としても守り抜け。憎悪とは自身にかける呪いのようなものだ。こんな痛みは背負うもんじゃないぞ』


『…………』


 その言葉に、アルフレッドは沈黙した。

 そうして数秒が経ち、


『……御忠告痛み入る』


 そう言葉を返してから、アルフレッドは《雷公》に突撃槍を身構えさせた。

 左手は前方に突き出し、槍の柄を逆手に持った投擲の構えだ。

 そして、アルフレッドは静かな声で語る。


『……僕にはね。好きな人がいるんだ』


『……ほう』


 少年の声に、《左盾》の操手は耳を傾けた。


『決して恵まれていたとは言えない人だ。不幸な生い立ちを持つ人だよ。だからこそ僕は彼女を幸せにしてあげたいと思ったんだ』


 アルフレッドは思い出す。出会った頃の彼女は滅多に笑わない少女だった。

 彼女の父親代わりである人の前以外では表情を変えることも少なかった。

 そんな彼女を笑顔にしてあげたい。二度と不幸にならないよう守ってあげたい。

 アルフレッドは少年心にそう思った。

 そのために、彼は《星》に名を連ねるほど強くなったのだ。

 すべては彼女を守り通すために。

 それこそが、アルフレッドの原点だった。


『――貴方の言葉はしかと受け取った』


 と、厳かに告げる少年は、眼前に立ち塞がる『敵』を静かに見据えた。


『僕は皇国を守るよ。家族や仲間を守る。そして――「彼女」を守ってみせる。そのために敵である貴方を討つよ』


 決意を込めてそう宣言した直後、《雷公》の持つ槍に変化が起きる。

 円錐形の突撃槍からいくつもの刃が飛び出し、恒力を噴出しながら、高速で回転し始めたのだ。柄を持つ手からは盛大な火花が散った。

 アルフレッドは淡々と言葉を続ける。


『――僕の最高の闘技にて貴方を葬ろう』


『……そうか。ならば、私もそれ相応の力で挑むとするか』


 言って、《左盾》は左の前腕部を右手で支えた。途端、左手首がズズンと地面に落ちて代わりに長大な砲身が二段階スライドして延びてくる。

 そして最後に機体内で、ガコンッと何かが組み込まれる音がした。


『……大砲まで備えた機体か。まさに要塞だね』


 恐らく先程の音は、機体内で砲弾が装填された音なのだろう。

 アルフレッドは油断なく目を細めた。


『いざという時に宮殿を狙うため内蔵していた城砦砲だ。しかし、静止しなければ狙いもつけられない欠陥品でもある。射線から逃げれば簡単に対処できるぞ』


 と、自分の愛機の弱点を告げる《左盾》の操手。

 明らかな挑発に、アルフレッドはふっと苦笑をこぼした。


『今更そんな挑発をしなくても逃げはしないよ。僕は真っ向勝負で貴方を倒す』


 と、堂々と語る少年に対し、《左盾》の操手はかぶりを振って反省した。

 この期に及んでつい駆け引きをしてしまうとは何とも情けない。


『それは失礼したな。《星》の騎士よ。では、いざ尋常に……』


『……うん。勝負といこう』


 そして沈黙する二人。

 《雷公》の持つ突撃槍はますます回転速度を上げ、さらに火花を散らす。

 対する《左盾》の砲身は、ゆっくりと狙いを定める。

 まさに一触即発。ただならぬ緊迫感が大通りを包み込んだ。

 そして、

 

 ――ズドンッッ!

 

 轟音と共に、城砦砲から鋭利な砲弾が螺旋を描いて撃ち出された!

 反動で全身が大きく震える《左盾》。

 が、その直前に《雷公》はすでに動いていた。


『――穿て! 《穿輝神槍》ッ!!』


 自身の二つ名でもある闘技――《黄道法》の操作系と放出系の複合技の名を叫びつつ、高速回転する長大な槍は投擲される!

 撃ち出された巨大な砲弾と回転する槍は射線上で交差した――が、一瞬後には槍が纏う恒力の渦に砲弾は容赦なく呑み込まれ、瞬く間に切り刻まれ分解された。

 さらに《穿輝神槍》は勢いをそのままに突き進む。

 そして白金の閃光は《左盾》の砲身を打ち砕き、甲高い轟音を立てて重装甲を一気に削り取り、上半身の左半分を消失させて空の彼方へ消えていった――。


『……ふ、ふふ、砲弾さえ、モノともせん、のか』


 左上半身を失った巨体は体勢を崩し、ズズンと両膝を石畳につく。


『見事な、ものだ。《星》の騎士よ……』


 操縦席の大半を抉られた《左盾》の操手が、掠れた声でそう賞賛した。

 それに対し、アルフレッドは神妙な面持ちで《左盾》を見据えて。


『……最後に貴方の名を聞かせてもらえますか』


 しかし、その願いに男はふっと笑い、


『……ははっ、亡、霊には、名前、なんて、ないもんさ……』


 嘯くようにそう答えると大量の血を吐き、青ざめた顔を上げた。

 操縦席への直撃こそ避けたが、男もまた愛機同様左半身のほとんど失っている。

 まだ生きているのが不思議なほどの重傷だった。


『――ガハッ!』


 男は一際大きい喀血をした。

 そして息を荒くしつつ、虚ろな眼差しで雲が流れる空を見やる。


(……ここまでだな)


 男は自分の死に場所を悟った。

 右手で失った左腕の肩に触れてみるが、すでに何も感じない。

 恐らく血を流しすぎて感覚を失ったのだろう。

 ただ、痛みもないおかげか、心はどこか晴れやかな気分だった。

 ――そう。まるでこの蒼い空のように。


『……綺麗な、空、だ。なあ、ジョン……』


 そう呟いて、男は震える右手を空へと伸ばした。

 そして一拍の間を空けてから、すうっと双眸を細めて……。


『ああ、そうさ。やっと、終わった、よ……。ジョン、いま、父、さんも……』


 そう言い残して、亡霊の男は静かに息を引き取った。

 同時に半身を失った《左盾》も完全に停止する。

 これで、この地区の戦闘は終了した。


『…………』


 アルフレッドは一人静かに佇んでいた。

 眼前のもう動かない鎧機兵をじっと見据えている。

 ……この機体の操手はテロリストの一味だ。

 今回の襲撃。市民に犠牲者はいないとしても、騎士達の中からは少なくからず死傷者が出ているだろう。実際にここにも倒れ伏す仲間達の姿がある。


 この男は決して許してはいけない敵だった。

 だが、それでも――。


(どうか、安らかに)


 赤髪の少年は、心の中だけで黙祷を捧げるのだった。

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