第130話 《星々》の乱舞⑤
(……《右剣》と《左盾》の反応が消失したか。二人とも逝ったのだな)
アサラスは横目で《万天図》を見やり、僚機の消失を確認した。
自分にとって、最も信頼する臣下の二人。
かつては祖国の宰相と騎士団長であった旧臣達。
その死には心が痛む。が、
「――ゴホッ、ゴホゴホッ」
喀血するアサラス。どちらにしろ、すぐに煉獄で再会することになるだろう。
すでに配下の兵力もない。全員が捕われたか、戦死している。
もはや動ける機体は《獅子帝》のみとなっていた。
『……お仲間は全員戦闘不能になったみたいだな。まだやるか。王様よ』
対峙するアッシュが、そう尋ねる。
アサラスは血を拭い、不敵な笑みを浮かべた。
『然り。余の望みはまだ果たされておらぬ』
『望みか。俺を倒して、ここにいる騎士も全員倒すってか? そんで未だ無傷で控えている他の《七星》も倒して皇女様を殺すってか?』
『然り。それが余の望みだ!』
と、アサラスは叫び、同時に《獅子帝》が咆哮を上げた!
そして両手を地につけると、渾身の力で巨体を宙に跳ね上げる。
アッシュは双眸を鋭くして、《朱天》を後退させる。と、
――ズズウウウウン……。
紫色の鎧機兵・《獅子帝》が先程まで《朱天》がいた場所を押し潰した!
と、今度は両手両足を激しく動かして突進してくる。
大通りの中央にいた《朱天》は《雷歩》を使うと、《獅子帝》の突進を軽々と飛び越えて躱した。そしてすかさず互いに反転し、二機は睨み合う。
すると、アッシュが不敵に笑った。
『ふん。小細工抜きの質量攻撃かよ。中々潔いじゃねえか』
『お主の助言があればこそよ。褒美をとらすぞ。受け取るがよい《クズ星》!』
そう叫んで、再び跳躍する《獅子帝》。単調な攻撃ではあるが、《朱天》であっても受け止められる衝撃ではない。
『――チッ』
アッシュは舌打ちすると、《朱天》を疾走させた。
宙を飛ぶ《獅子帝》の直下を《雷歩》を使ってすり抜け、進み過ぎないように両足で石畳を削って停止する。地響きが鳴ったのはその直後だった。
再び互いの位置を入れ替えた《朱天》と《獅子帝》。
『おい。てめえ、このまま俺を踏み潰すまで跳び回る気かよ?』
『……ふん。そうしてやりたいのはやまやまではあるが、今のではっきりした。これでお主を仕留められるなど思わぬ。今の攻撃は打ち止めよ』
機体を反転させ、そう答えるアサラス。
アッシュは眉根を寄せた。
『……どういう意味だ。てめえ』
『こういうことだ。《クズ星》』
言って、《獅子帝》は両手をつき、前傾に構えた。
『これより余は全霊をかけて進軍する。一切の敵兵に構わずただ皇女のみを目指す』
『……なるほど。そうきたか』
アッシュはチッと舌打ちする。
要するにアサラスは自機の重量と装甲にモノを言わせ、特攻すると宣言したのだ。
なにせあの大質量だ。一度加速すればそうそう止められない。
『元々走るのに向いてねえその機体じゃあ両手両足が衝撃で持たねえぞ。途中で腕か足がもげて転倒すんのがオチだな』
『確かに。だが、辿り着く可能性もある。余は我が臣下の為にも止まる訳にはいかぬ。やり遂げて見せようぞ』
そしてアサラスはニヤリと笑う。
『さあ、《クズ星》よ。どうする? 余の前に立ち塞がるもよし。主君を見捨て無様に逃げるもよし。好きにするがよい』
『…………』
アッシュは目を細めて沈黙した。
これは露骨なまでの挑発だった。ここで立ち塞がるのならば《朱天》を跳ね飛ばして先に進み、逃げるのならばそのまま進む。
アッシュに攻撃を避けさせないための戦術だ。
(ったく。頭使いやがって……)
恐らくここで逃げても、特に問題はないだろう。
一番地には団長に副団長。オトハもいる。ミランシャもすでに帰還している頃だ。
そもそも、この眼前のデカブツが一番地まで走破できるとも思えない。アッシュが無理せずとも、もはや勝利は揺るがない。
だが、それでもあそこには皇女と共にユーリィが居るのだ。
ボリボリと頭をかき、アッシュは覚悟を決めた。
――ズシン。
と石畳を踏みしめ、アッシュの愛機・《朱天》は《獅子帝》の前に立ち塞がった。
『ふん。忠義を選んだか。それもまたよし』
『今の俺は皇国騎士じゃねえよ。ただ、てめえは俺がぶち殺すって宣言したしな』
と、アッシュがふてぶてしく告げた時、
グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!
皇都ディノスに《朱天》の咆哮が轟く。
同時に《朱天》の四本角がすべて輝き始めた。漆黒の機体からわずかに発光する真紅が滲み出てくる。瞬く間に《朱天》は真紅一色に変貌した。
『……ほう。それが噂に聞く《双金葬守》の《真紅の鬼》か』
『ああ、そんな風にも呼ばれてんな。ともあれ、これが俺と《朱天》の全力だ』
アッシュがそう呟くと、《朱天》は尾を揺らして石畳を叩いた。
続けて、左手を前に突き出し、右の拳を腰だめに構える。
そして真紅の拳は、景色を歪めるほどの高温を放ち始めた。
『ふん。それも知っているぞ。確か……《虚空》とかいう闘技だな。全恒力の七割を拳一つに集束させる闘技だったか』
と、独白しつつ、アサラスは嘲るような笑みを浮かべる。
『くくッ、拳一つで《獅子帝》の突進を止めるつもりか。随分と豪気なものよ』
『うっせえな。おら、さっさとかかって来いよ。デカブツが』
と、口調こそうんざりした様子の挑発だったが、アッシュは不敵な顔を崩さない。
自身の勝利を疑わない。絶対の自信を持っていた。
アサラスもその気配に気付いたのだろう。表情を改めて《朱天》を見やる。
『……ふん。その傲慢。死して悔やむがよい』
そしてアサラスの愛機・《獅子帝》はより前傾に身構えた。
対する《朱天》は全身を赤く燃え上がらせ、微動ださせずに待ち構えている。
一瞬の沈黙。大通りに風が吹いた。
そして――地響きを立て、《獅子帝》が駆け抜ける!
『砕け散るがよい! 皇国の《クズ星》よ!』
アサラスが雄々しく吠える!
対し、白髪の青年は――静かに呟いた。
『……あのな、拳で突進を止められるはずもねえだろ?』
アッシュがそう言い放った直後、《朱天》が動き出す。
『……なにッ!』
アサラスが目を瞠る。
突如、構えを崩した《朱天》が石畳に向けて強力な震脚を叩きつけたのだ!
ビシビシビシ――と石畳に大きな亀裂が走り抜ける。
『――何の真似だ小僧! まさか、その程度の亀裂に余の《獅子帝》が足をとられるとでも思うてか!』
アサラスは苛立ちを隠さず、《朱天》に向かってさらに加速した。
――完全に拍子抜けだが、こうなれば奴を弾き飛ばすのみだ!
しかし、その一瞬後、アサラスは唖然とする。
『な、なん、だと……ッ!』
《朱天》に向かって一歩踏み出した途端、いきなり大地が陥没したのだ。
巨体を支えていた石畳が砕け、《獅子帝》の両腕が沈んでいく。ただでさえ重心の悪い機体は前のめりになって体勢を崩した。
『――クッ!』
突然の異常事態にアサラスは困惑したが、すぐさま両腕を引き抜き、体勢を整えようとするが、今度は両足がガクンッと沈み込んだ。
そして、巨大すぎる質量を持つ鎧機兵はバランスを大きく崩し、そのまま轟音と共に背中から大地に倒れ込んだ――。
『な、何だこれは!? 街中に罠でも仕込んでいたのか!?』
『そんな訳あるか。てめえ自身がさっき自分で地盤を脆くしたんだろうが』
『――ッ!』
間近で聞こえてきた声に、アサラスは息を呑む。
見ると、《獅子帝》の胸板を足場にして真紅の鬼が立っていた。
その右の拳は、燃え盛る太陽のように輝いている。
『そもそもいま皇都の下は穴だらけなんだろ? てめえらのおかげでな』
その台詞にもアサラスは息を呑んだ。
確かにそうだ。皇都ディノスの地下はアサラス達の手によって空洞化している。
『まさに文字通りの墓穴って訳さ』
そう言い捨て、アッシュは亡霊の王に問う。
『王様よ。誰かに伝えるべきことはあるか?』
これから殺す相手の最後の言葉を聞く。それは戦士としての礼儀だった。
老王はわずかに沈黙した後、静かな声で明朗と告げる。
『――皇国よ。汝らに災いあれ』
『……そうか』
この状況で泣き言や命乞いではなく、呪いの言葉を吐くとはある意味大した男だ。
『けどな。皇国の人間は結構逞しいんだぜ。きっと、その呪いは意味がねえよ』
アッシュは静かにそう告げる。
老王はもう何も語らない。語る言葉などない。
紅く輝く鎧機兵は拳を握りしめた。
『あばよ。レイディアの王』
そして真紅の拳が振り下ろされる――。
かくして、亡霊の王は地中深くで眠りにつく。
これが、後に『レイディアの乱』と呼ばれる事件が終結した瞬間だった。
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